第40話 謁見
「圭、お前からも話してくれないか?」
急にアルベルト抜きで1人で来るようにと、執務室に呼ばれた僕は、ユリートの言葉にキョトンとする。
「どうしたんですか?」
僕の問いかけにユリートは大きなため息を吐く。
「アルベルトの事だ。ここへ戻ってから一度も実家に顔を出してないようでな。騎士団に戻った日から、ずっと侯爵から謁見を希望する書面が届いている。だが、アルベルトは一度、家を捨てた者が顔を合わせる事はできないと頑なに拒否している」
「アルベルトの実家・・・ですか?」
「あぁ。アルベルトの実家・・・ウォルマー侯爵家は、代々有能な騎士や魔法師を選出している家系なんだ。それもあって王宮への誓いも深く、貢献も多い。このまま侯爵家を避け続ける事は、いずれ侯爵家との間に亀裂が入り、政務にも支障が出る。だから、すまないが圭から一度で良いから侯爵と会ってくれと説得してくれないか?」
「・・・わかりました」
僕の返事に安堵するユリートの表情を見ると、かなり困窮しているのだとわかる。
僕は執務室を出て、部屋に戻るまでの間、アルベルトの家族の事を考えていた。
アルベルトも人の子だ。
当たり前のように親や兄弟がいる。
自分の意思だったとはいえ、それを切り捨てさせたのは紛れもなく僕だ。
家族に会えない寂しさは僕は十分知っている。
なのに、今ある幸せにアルベルトを心配する家族の存在を思い出せずにいた自分が、あさましく思えた。
騎士団への復帰を促したあの日、ユリートは確かに言っていた。
(お前は縁を切ったつもりだろうが、侯爵家は籍を抜いていない)
その言葉の意味は、考えなくてもわかる事だった。
なのに、僕は自分の事ばかりで、アルベルトの気持ちも、彼の安否を心配する家族の気持ちも考えられなかった。
ぎゅっと締め付けられる胸元を掴みながら、僕はトボトボと部屋へと足を進めた。
「アル、入ってもいい?」
自分の部屋の隣にあるアルベルトの部屋をノックしながら、僕はそう問いかける。
するとすぐさま部屋のドアが開かれ、アルベルトは何も言わずに僕を部屋へ招き入れた。
互いに無言のままソファに腰を下ろすと、アルベルトの表情が曇っているのに気付く。
「アル、もしかしてどこか具合が悪いの?」
「・・・・」
返事を返さない事に、僕は心配になってアルベルトの額に手を当てる。
熱がない事に安堵して、手を退けようと離れた瞬間、アルベルトが僕の手を掴む。
「アル・・・本当にどうしたの?」
「・・・・どうして、圭だけ執務室に呼ばれたのだ?」
ほんの少し怒りが混ざっているアルベルトの言葉に、僕はびっくりして動きを止める。
「最近の陛下はあからさま過ぎる。私と圭を必死に引き離そうとしてるではないか!」
怒っているようで、悲しそうな表情を浮かべるアルベルトをポカンと見つめていた僕は、その言葉の意味を理解してクスリと笑った。
「陛下はそう思ってないと思うよ」
「何故、そう思うのだ?陛下の圭に対する気持ちは仕えていた私がよく知っている。だから・・・・」
辛そうに話すアルベルトの言葉を、僕は手で遮る。
「アル、君が心から忠誠を誓った君主を非難してはいけない。それが、どれほど辛いのか、僕は知ってる。それに、まだ話してなかったけど、僕と陛下はちゃんと話あったんだ。もちろん陛下の本音が本当はどうなのかはわからないけど、陛下はアルの事も大事に思っている。ただ今は・・・ほんの少し意地悪して揶揄っているだけなんだ」
「どういう事だ?」
「流行病が落ち着いた頃、陛下が診療所を訪問したのは知っているよね?」
「・・・・あぁ」
「その時に僕達、話し合ったんだ。これまでの事、この先の事・・・。そして、僕の気持ちは戻る事はない事も・・・・」
「・・・・・・」
「だから、少し時間はかかるかもしれないけど、僕と陛下はきっといい友人になれると思う。それに、アルの事も大事だから、僕を思ってると言うより、アルを思ってるからできるはずなのに、強引に僕を引き込まなかった。そうでしょ?」
「・・・・」
「なんだかんだ言っても、部屋を隣同士にしてくれたし、僕の護衛にする事で僕の側にいる事を許してくれた。きっと、アルベルトの僕への気持ちを昔も知っていたんじゃないかな?」
「そんなはずは・・・」
「ううん。きっと知っていたんだよ。だから、アルが幽閉された僕の元へ行くことも、僕の後を追った事も理解できたんだ。いくら忠誠を誓っていたとしても、その人の後を追って命を絶つなんて出来ないでしょ?」
僕はいつの間にか俯いてしまったアルベルトの頬を撫でる。
「アル、僕は君が好き。だから、安心して。僕はまたアルが陛下と信頼し合える関係に戻れる事を願ってる。それに、家族の事も・・・」
僕の言葉にアルベルトは勢いよく顔を上げて、僕を見つめる。
「ごめんね。今まで気付いてやれなくて・・・本当にごめん」
そう言いながら、僕は力強くアルベルトを抱きしめた。
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