第39話 願い

王城へ着くと、ユリートが臣下を引き連れて出迎えてくた。

笑顔で僕の方へと歩み寄ってきたかと思っていたら、急にピタリと動きを止め、次第に険しい表情をする。

「アルベルト、お前は護衛騎士であろう?その騎士が事もあろうに圭と並んで歩くとは何事だ?その手も離せ」

その言葉に僕は慌ててアルベルトの手を解こうとするが、アルベルトはぎゅっと更に強く僕の手を握る。

「今日は休みを頂いていますので、何も問題はないかと・・・」

「私の意向を知っていながら、そのような姿を見せるなと言っている」

「意向を知っているからこそです」

「私に歯向かう気か?臣下もいる前で、事を荒立てると圭の立場が悪くなるぞ?」

ユリートの言葉に、アルベルトはようやく手を離す。

すると一変してにこやかな表情に変わったユリートは足を進め、僕へと近づいて僕を抱きしめた。

隣でワナワナと肩を震わせているアルベルトを尻目に、ユリートはおかえりと囁いた。僕は戸惑いながらも、ただいまと小さく答えた。

それからゆっくりと体を離すと、今度は僕の手を握る。

「疲れているだろうから、ゆっくりと休め。明日は朝食を共にしよう。あぁ、ライアと咲も一緒に連れてくるがいい」

「陛下、私もご一緒して良いですか?」

声を震わせながら、精一杯の押さえた声でユリート嘆願するも、お前は仕事だろうと一蹴りされる。

僕は苦笑いしながらも、どこかユリートがただアルベルトを揶揄っているような気がして、小さなため息を吐く。

それから、アルベルトには一切視線を向けずに、早く休めと僕へ声をかけるとユリートは執務へと向かった。

その後ろ姿を見て、アルベルトはすぐさま僕の手を取りぎゅっと握った。

その様子がおかしくて僕は小さく笑った。



「まったく・・・私を振ったばかりだと言うのに、あのような姿を見せるとは・・・あのくらいしてやらんと腹の虫が治らぬ。いや、しばらくはやり返さなくては・・」

ユリートは執務室へ着くなり、ブツブツと小言を言い始めた。

そしてふと自分の手に目をやる。

まだ、圭の手の感触が残っている事に気付き、そっともう片方の手でその温もりを摩った。


過去の私は暴君の父親に蔑まされて育った。

母親は私を産んですぐに亡くなったから、味方になってくれる人は誰もいず、孤独に生きていた。

だが、その後に籍を入れた王妃に子が産まれると、すぐに派閥ができた。

ただ甘い蜜を吸いたいだけの第二王子派と、切実に国や民を守りたい第一王子派だ。

私はやっとできた自分の味方の為に、勉学も剣術も必死に学んだ。

そんな中、圭と出会った。

初めて見た時は天使が舞い降りてきたのでは無いかと思った。

不安と怯えた表情ではあったが、漆黒の髪に、大きな目、色白の肌、小柄な体型、何もかもが私を魅了した。

最初はアルベルトの提案に乗っただけだったが、一緒に過ごす内にどんどん圭に惹かれて行った。切実に圭を伴侶にしたいと思う程・・・彼を愛した。

愛の言葉を囁き、手に触れ、軽いキスを何度も交わした。

その裏で圭が苦しんでるとも知らずに、圭に夢中になり、ただ甘い時に酔いしれた。

だが、その一方で王の暴虐ぶりも悪化し、第二王子の悪事も目立って行った。

それにつれて私の臣下達の間で、自然に奪還という言葉が出てくるようになった。

そんな中で臣下達が杞憂したのは私と圭の間柄だった。

私は、圭を伴侶にするつもりだった。だが、当然の様に反発が起きた。

奪還して王位につく・・・多くの波乱を産むその奪還の後、その権力を強く確固たる物にするためには、女性の正妃を迎え、一日でも早く後継を産む事が必要だった。

頭ではわかってはいるものの、心は圭だけを求めていた。

そんな揺れる気持ちを見透かすようにあの事件が起きた。結局私は、圭より王に就くことを選んだ。

それが永遠に後悔に苛まされると知っていながら、私を支えてきた臣下達を裏切る事も、国や民を救いたいという気持ちも捨てきれなかった。

それでも記憶を戻した後、私の燻り続けた後悔が欲を持ち始めた。

すでに妃候補は上がっていたが、今世こそは圭を手に入れられるのでは無いかと思い上がった考えを持ってしまった。

あれほど圭を傷付けたと言うのに、自分の強欲さが恐ろしくなる程だった。

だが、圭は戻ってこない・・・思い出すのが遅すぎたと言え、当然の結果だった。

自ら傷付け、手放した心が戻るはずはなかったのだ。


アルベルトが圭に想いを寄せている事は昔から察していた。

それでも昔の圭は私に一心に心を寄せてくれていたから、さほど気にも留めていなかった。だが、圭の亡骸のそばで息を絶えたと聞いて、私はアルベルトの愛の深さを知った。

私が出来ずにいた事を、躊躇う事もせず、全てを投げ打ってまで、その深さで圭を求めた。そして、今世も・・・・

圭の私に幸せになって欲しいという願いを聞いた時、圭なしでどうやって幸せになるのだと嘆いたが、圭のアルベルトへ注ぐ眼差しが、本当に圭は幸せなんだと悟る。

かつて、その眼差しを受けた私だからこそ、圭の愛が本物なんだと知っている。

そして、過去で苦しませてしまった罰を受けているのだと悟った。

その罰が圭の幸せを願う事ならば、甘んじて受け入れよう。

他の誰でもない、昔も今も生涯をかけて心から愛した人なのだから・・・。

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