21-3-2 第240話 玉突き、始めます

弘治二年 1556年 十一月下旬 午後 場所:甲斐国  旅館『甲富屋』 

視点:京四郎Position


京四郎「ふ~、こんなものか」


 オレは普段の業務の合間に、さっそく新たな娯楽品の試作を開始していた。

材料は、甲斐善光寺建設の際に発生する端材である。


 これを細く長い棒状に加工してヤスリをかける。

こうしていくことで、段々と理想の形へと近づけていくのだ。


……もっとも、オレ自身は遊んだことはあるものの、

作ったことなんて無いので上手くできるかは心配ではあるが……。


律「まーた、何か怪しげな物作ってるワケ?」


 律は入ってくるなり、もう一本の棒を手に取り不思議そうに眺める。


京四郎「怪しげな物とは失礼な」

律「でも、こういう中国の武器あるよね」


 そう言って律は、クルクルと棒をブラスバンドのバトンの様に回し始める。

さながら、香港映画のアクションシーンみたいに軽々と使いこなす。


京四郎「それはこん[1]だな。でも今回は残念ながら違う。それはキューだ」

律「九?一本しかないけど……」

京四郎「……わかっていてボケてるのか、本気でわかってないのかわからないボケはやめてくれ……」


 ……言わずもがな、ビリヤードで使う方のキューである。


律「ごめん、ごめん。わかってる、わかってる」

京四郎「本当か~?」

律「いやだって、ウチにあったし。……遊んだことは、ほとんど無いけど」


 ……こやつ、家にビリヤード台まであるのに出来ないんかい!

せっかく律の綺麗なブレイクショットを期待していたのに、

どうやらお預けになりそうだ。


律「ビリヤードって、この時代には出来てたんだっけ?長崎の出島の絵に描かれてたのはおぼえてるんだけど……」

京四郎「スコットランドの統治者、メアリー・スチュアート[2]が自身が囚われた際に没収されたことに対して恨み言を言ってるから、少なくとも存在はしてるね」


 ……牢獄にビリヤード台を持ち込む方が大変そうけど。


律「へぇ~、そうなんだ」

京四郎「よし、こんなもんかな」


 キューにつやが出てきたので、ひとまず作業を終えることにした。


京四郎「あとはビリヤード台の方だな……」

律「作ってないの!?」

京四郎「今、知り合いの家具屋に作ってもらってるとこなんよ。完成待ち」


 さすがにあれだけ大きなものは自作しようがない。

ビリヤード台を作れる学生なんて、普通じゃないでしょ。


京四郎「あとは呼び名だな」

律「呼び名?」

京四郎「いくら何でも、舶来語のビリヤードをそのままって言うのはね。お客がピンとこないならば意味無いし」


律「そうね……テニスとかって庭に球って書くじゃない?」

京四郎「ああ、テニス部のヤツがそんなシャツ着てたな」

律「ビリヤードも同じ感じで、良いんじゃないの?」


京四郎「名案だな、それでいこう。……それでビリヤードは何球って言うんだ?」

律「アタシに聞いて?」

京四郎「知らないのか?」

律「知らないわよ!」


 こうして他の案が求められた。

ネット検索できれば、こうした手間も無いんだが……。


 漢字だけに嫌な感じ~。

い、いかん!つい癖で……危ない、危ない。


京四郎「だ、打球とか……?」

律「なんだか、脱臼みたいでイヤね」

京四郎「じゃあ、後は……

律「後は……?」


京四郎「……思いつかない」

律「はぁ~アンタ、意外と発想力が無いのね」

京四郎「そういう律は、どうなんだ?」


律「…………」


京四郎「ダメじゃん!」

律「もういっそ、玉突きくらいで手を打つしかなさそうね」

京四郎「しょうがない、それでいこう」


 こうして「お盆飛ばさないでください」の謎ポスターの隣に、

「玉突き始めます」の新たな謎の予告ポスターが追加されたのである。


▼▼▼▼

十二月上旬 夜 場所:甲斐国 甲府 料理屋「富士」


さっそく新たな娯楽の登場ということで、利用客の間で話題になった。

内藤様や勘助さんと言った、遊び事、勝負事の特異な人達は興味津々で、

いつ導入されるのかと店に来る度に尋ねてくる。


 その日は、珍しく信繫様が来店した。

武田一門衆の人が店に来ることは普通ではない。


信繫「富士屋さん、少しいいですか?」


 食事を終えた信繫様に呼び出される。

何事だろう?恐る恐る、その理由を聞いてみる。


京四郎「もしかして、口に合わなかったりしましたか?」

信繫「いや、この鴨うどんは美味ですよ。週五度は食べたいくらいです」


 ……良かった、どうやら味の問題ではなかったようだ。


京四郎「ところで、ご用向きは……いったい?新たな侵攻計画だったりします?」

信繫「確かにそういった話はありますが……そのことではありません」

京四郎「じゃあ何を……?」


信繫「……」


 信繫様は、こちらに体も向けずに目線だけでオレを追っている。

そしてどうやら、例のポスターに気が付いたらしい。


信繫「ふ~む。玉突きですか」

京四郎「え、ええ……。今度導入する遊戯品です。ご興味がおありで?」

信繫「いや、ただ……

京四郎「ただ?」


 言葉が止まった信繫様に、つい言葉を続けてしまう。


信繫「玉突きならば、事故は気をつけなければなりませんね」

京四郎「は、はい……」


 確かに最近の甲府では馬車が増えてきて事故を起こすこともある。

だが、今回の信繫様のトーンは明らかに尋常ではない。


 ……ちなみに事故が事後に聞こえたのは内緒だ。



信繫「明日の午前、誰にも漏らすことなく、内密に館まで来い。話すことがあります」

京四郎「あ、明日の午前ですか!?」

信繫「そうです。無理だとは言わせませんよ」


 信繫様は、刺すような鋭い剣幕でこちらを睨んでくる。


京四郎「内緒にということは律にもですか?」

信繫「そうです」

京四郎「愛犬のアドミラルにも?」

信繫「そ う で す !」


 それだけ言うと、信繫様は店を去って行ってしまった。


京四郎「……夜型生活人間には、午前中は厳しいのよね~」


 だが、この時のオレは知らなかった。

これから今までで一番の試練が待ち構えているということを……。



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[1]棍:中国の武術で使われる棍棒。槍などの武術と共通点が多く、少林寺などで学ばれた。ヌンチャクや三節棍は、この武器の派生形。

[2]メアリー・スチュアート:スコットランドの統治者。1542年生まれ。後のイギリス国王であるジェームス一世の母。政争から逃れるためにフランスに渡り、庶子であるエリザベス一世を認めないとして対立した。

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