終演レリンクエア

靴屋

終演レリンクエア


六子:【N】もうこの世界に一つの希望もないと、私はこの焼け切った町を彷徨さまよ

   う。すすけた肌に涙を伝わせても兄も両親も帰ってこないし、でもだからと

   言ってその源泉が渇くわけでもない。涙は延々と流れる。

六子:【N】辺り一面をおおう黒煙の跡。文字通りの戦争がすぐ目の前を通り過ぎ

   て行った。まるで、硝子ガラスの破片を巻き上げた旋風つむじかぜのように、手当り次第に

   傷付けて行った。そして、私の宝物はもう何もない。


六子:きっと、パパも死んだだろうな。


六子:【N】遠くから聞こえる空襲と地響き。ひゅうっと鳴る風切かざきり音が脳裏の

   炎を呼び覚まして、私は目を閉じる。それが疲弊ひへいだとは分からず、ゆっく

   りと身体を崩した。焦げた地面は温かくて、少し安心した。気の遠くなる

   気持ちよさに、溶けるように沈んだ。



網木:終演

六子:レリンクエア



網木:【N】このくにももう敗北を認めるべきだ。一方的な空襲を受けていなが

   ら、何故まだ占領宙域せんりょうちゅういきこだわるのか、俺は理解しねる。この國が想定して

   いた以上の戦力がこの作戦に浪費ろうひされ、各地で多大なる犠牲者を出してい

   るというのに。「この子」もそうだ。

網木:【N】偶然、調査の途中に発見し、息があったから経過観察をしている

   が、一向に目覚める気配がない。こういう時、やはり「人間」はもろい生き

   物だと実感する。もし、この子が死んだら、この町は全滅だ。それは俺の

   任務が終わることを意味する。

網木:【N】このノートも残りわずか。最後に楽しい話が書けなかったことを少し

   後悔している。花が咲いていたことも町の子供たちの笑顔も遠い星空を眺

   めたことも、もう過去のページとなって、まさに記録されている。俺が最

   後の光を(遮られて)


六子:(遮って)あの。

網木:ん?

六子:水はありませんか?


( 大きな間 )


網木:お、お前。

六子:(首をかしげて)?

網木:い、いい、いつからだ!? いつからそこに?! いつからそこにいたんだ、

   お前は?!


網木:【N】俺は反射的にノートをたたみ、机に立てかけた。そして、この子の視

   線をらすように顔を指さした。すると、この子は少しまゆひそめて話し始

   めた。


六子:えっと、少し前です。仕事に集中しておられたようなので、声を掛けない

   方が良いかとも思ったのですが、その、のどかわきがひどくて、つい。

網木:ぐ、具合はどうだ?! 大丈夫なのか?!

六子:大丈夫です。実に健康です。喉が渇いているだけで、その他、心当たる障

   害は何も。

網木:本当か?

六子:はい。

網木:ほ、本当にか?

六子:はい。なので、水を(遮られて)

網木:(遮って)心っっ配させんじゃねぇよ!! 二日も寝込みやがって!! 

   偶然、俺が軍隊用の栄養補給機を持っていたから良かったものの! そう

   じゃなかったら、死んでたんだからな!


網木:【N】俺が大声を上げると、少し身体からだをビクつかせるも、迷わずに声をしぼ

   り出している。小さくてあまりよくは聞こえないが。


六子:えっと、だからあの、水。

網木:よし。お前、名前は何て言うんだ? メモしておくから教えろ。

六子:水を。

網木:ほう、水尾って言うのか。なるほど、よろしくな。

六子:いえ。ではなくて、水を(遮られて)

網木:(遮って)水尾、下の名前は?


   ( 大きな間 )


六子:(め息)あの、私の名前は紀藤六子きどうろっこです。ロッコと呼んでください。

網木:なんだ、ロッコか。ふむ、呼びやすい名前だな。

六子:そうですか。あの、ところで水を少し頂けませんか? 喉が渇いていて。

網木:水? ああ、ここにはお前の飲めるようなものはねぇな。珈琲コーヒーならあるけ

   ど?

六子:珈琲でも大丈夫です。頂きます。

網木:え? なんだ、お前。珈琲飲めるのか?

六子:はい。父がよくたしなんでいて、横から二口ほど飲んだことがありますので。

網木:二口。

六子:なので、大丈夫です。飲めます。

網木:ブラックだぞ? 本当に大丈夫なのか?

六子:ブルーやイエローの方が好きですが、大丈夫です。問題ありません。

網木:いや、容器の色の話じゃなくてな。まあ、そこまで言うんなら飲んでみれ

   ばいい。でも、無理だけはするな。ほらよ。


網木:【N】俺は近くの机に山積みにしていた珈琲缶を一つ取って、ロッコの手

   元に投げた。そして、放物線を描いた珈琲缶はすっぽりとロッコの小さな

   手の平に収まった。太陽熱で少しだけ温められているせいか、ロッコはし

   ばらくそれを両手でかかえていた。

六子:【N】この男の人は他人ひとの話を全く聞かないし、私の名前を聞く割に自分

   の名前は教えないし、雑把ざっぱな性格だなあと思っていたけれど、珈琲缶の投

   げ方はとても優しかった。私のことを心配してくれてはいるらしい。そう

   思いながら、私は飲み口のタブを倒して、父の味を喉と心に一気に流し込

   んだ。


網木:どうだ? 美味いか?

六子:ばび、ぼびびいべぶ。(はい、美味しいです)ばびびぼんばびばびばべ

   ん。(味に問題ありません)

網木:おい、吐くな! 吐くな! 吐くな! 床が汚れるだろうが!!

六子:ばああああ、ぶびばべん。(あー、すみません)



六子:【N】数分後



網木:ったく。不味くて飲めねぇんなら、一気にガブガブ流し込むじゃねぇよ。

   床が腐ったらどうしてくれるんだ。ここは一拠点なんだぞ?

六子:すみません。不覚でした。

網木:ロッコにはまだ早ぇんだな、珈琲は。あとで水は探して持ってきてやるか

   ら、とりあえずそこの簡易ベッドで寝てな。折角、身体も洗ってやったん

   だし、これ以上汚されたら迷惑だ。大人しくしてろ。

六子:ありがとうございます。そうします。


   ( 大きな間 )


六子:え? 今、何と言いました?

網木:今度はどうした?

六子:え? いや、その。


六子:【N】私は灰にかぶれて真っ黒になっているはずの頬をこすったが、指にその

   黒い粉は付かなかった。思えば、手の黒ずみもないし、服も新しくなって

   いるような気がする。

網木:【N】ロッコは自分の手や服、さらには服の中を襟口えりくちからのぞき込んで、

   げんな顔をしている。衣服の材質が合わなかったのか、洗剤の匂いの変化

   が気になる年頃か、俺はロッコの口が開くのを待った。すると、少しをほお

   を赤らめ、細い目で俺をにらみながら言った。


六子:えっと、どこまで見ましたか?

網木:何がだ?

六子:見ましたよね、私の、その、身体。

網木:ああ、見たね。全身をくまなく洗わなきゃいけなかったんだから、当然だ

   ろ。隅々すみずみまで見たさ。

六子:と、当然? 隅々?

網木:怪我けが有無うむも見たかったし。それに、真っ黒じゃあ不潔だしな。ただ、お

   前、意識がなかっただろ?

六子:は、はい。そのようですね。

網木:だから、大変だったんだよ。いやまあ、洗う表面積が少ない、ってのはす

   ごく助かったんだけど。力仕事にも程があってだな。

六子:表面積が、少な、い。

網木:(首を傾げながら)ああ。まだ未熟だからか知らねぇけど、楽に洗えた

   な。

六子:最低な人だとは思っていましたが、ここまでとは思っても見ませんでし

   た。

網木:え?

六子:年頃の女の子に「表面積が少ない」だなんて、無神経にも程があります。

   その上、「未熟」だなんて。

網木:お、おい。急にどうしたんだよ。

六子:大人しく寝るんです! おやすみなさい!


網木:【N】ロッコは簡易ベッドに寝転がると俺に背を向けて布団を被った。も

   ぞもぞと小さくくるまり、それ以降しばらく俺に口を利いて来なかった。時

   折、鼻をすする音が聞こえてくる程度。

網木:【N】俺はロッコの後ろ姿を見つつ、眉を顰める。恩をあだで返されたよう

   で、あまりいい気がしなかった。みんな綺麗きれいにするのが好きだから、って

   教わったのに。俺は無気力に溜め息をついた。

網木:【N】そして、俺は寝転がって動かないロッコをまたぎ、小屋の勝手口を開

   けて外に出た。外は相変わらずの惨状だったが、ロッコのために水を取り

   に行かないと。俺は方位磁針を片手に北東を目指した。この先に、壊れた

   自販機がある。



六子:【N】数時間後



六子:【N】目を覚ますと、辺りはとても暗くなっていた。外は空襲警報の遠鳴

   りと薄赤い空。小屋の中に手製の洋燈ランプが吊るされ、一帯に影を作ってい

   る。

六子:【N】机の方を見ると、そこには突っして眠っている軍人さんの姿があ

   った。余っ程疲れているようで深い呼吸の波が聞こえる。その時、ふと自

   分の服を見下ろした。変化はない。手は出してないらしい。

六子:【N】私はこっそり立ち上がり、小屋を出ようと扉の方へ足を踏み出し

   た。勿論もちろん、軍人さんには気取られないように。しかし、一歩目の右足が何

   かをり、それがバタンと大きな音を立てた。


六子:(小声)しまった。何これ、水?


六子:【N】ペットボトルに入った水。ラベルはない。私はすぐに軍人さんの方

   を振り返った。すると、軍人さんはすぐ真横に立っていた。


網木:何してんだよ。

六子:(大声)うわあ!!

網木:うわああ! なんだよ! 何?!

六子:いや、すみません。あの、えっと。


網木:【N】俺は洋燈の光量を調節して、部屋全体に光をともした。すると浮かび

   上がるロゥコの腰を抜かしたあわれな姿。その片手にはペットボトルの水が

   握られていた。


六子:あの、何か飲み物を貰おうと思って。そしたら、ペットボトルがあること

   に気が付かず、その。

網木:ああ、いいよ。ロッコに何かあったのかと思ってびっくりしただけだか

   ら。こっちこそごめん、急に近づいて。あと、年頃の女の子? に失礼な

   ことも言ってごめん。


六子:【N】軍人さんは頭をいて、天井の隅に視線を逃がしながら言った。こ

   の人もこの人なりに困っていたのかもしれないと、この時少し自分を恥じ

   た。子供の扱いに慣れていないのかも、と。軍人だし。


網木:そのおびと言ってはなんなんだが、ちょっといい水を近くの源泉まで行

   ってんできた。それがそれだ。健康にもいいはずだから、飲んでみると

   いい。

六子:ということは、あの山の? ラベルがないのはそういうことだったんです

   ね。有難ありがたく頂きます。

網木:おう。そうだ、俺も珈琲を頂こうかな。酷く喉渇いているみたいだし。


網木:【N】俺は机の上の珈琲を取りに戻り、ほこりの被っていない下の方のものを

   手に取る。そして、賞味期限切れを確認すると、まあ大丈夫だろうと一人

   合点がてんでタブを倒した。

六子:【N】その音を聞いて、私もキャップを回して山の水とやらに目を通す。

   飲み口から覗いた水はき通っていて、向こうの景色が望遠鏡のように見

   えた。すると、軍人さんがこんなことを言い出した。


網木:そうだ。外で飲まないか?

六子:え? なぜ、外で? わざわざ危険をおかさなくても、室内でも。

網木:いや、もしかすると、星が綺麗に見えるかもしれないから。こっちにおい

   で?

六子:星空なんて煙に覆われていて、きっと見えませんよ。

網木:じゃあ、本当にそうか、それを確かめてみようよ。二人で。


六子:【N】私は軍人さんに背中を押されて部屋の外に出た。またあの惨状を

   の当たりにするのではと少し気乗りはしなかったが、軍人さんの力には

   抵抗もむなしく、私は外の土を踏んだ。そして、まばたきをして空をあおいだ。


網木:これをロッコに見せたかったんだ。これで許してくれるか? さっきの俺

   の無礼も。


六子:【N】目の前には見たこともない星の絨毯じゅうたん天球てんきゅうを丸々覆い尽くした光の

   欠片かけらに私の目は釘付けになっていた。確かにこの町は星が綺麗だと言われ

   ていて、私もそれをほこっていたけれど、ここまでとは。

六子:【N】昔こうして、兄と星を見ようとしたことがあったっけ。その日は雨

   が降ったから街灯の光しか見えないで。それでも兄は「一等星だ」って、

   笑って指さしてて。そんな兄ももう。


網木:ほら、ロッコ。煙なんてあったか?

六子:ないですね。どこにも。

網木:宇宙はどこまでも綺麗なんだ、本当はな。でも、それを汚すものがいるん

   だ。こんな戦争に何の意味があるって言うんだろう

六子:意味なんてないですよ。壊し合うのが私たちの本質なだけです。

網木:壊し合う、か。じゃあ、壊し合わなかった俺たちは奇跡ってことか?

六子:どうでしょう。

六子:いや、奇跡だ。だって、俺は。いや、なんでもない。奇跡に悲観は必要

   ないな。

六子:(少し笑って)それじゃあ、この出会いに乾杯でもしますか? 僅かなこ

   の奇跡に。

網木:へぇ。なかなか粋なことを言うんだな、今の初等部は。

六子:(少しの間)あの。

網木:?


六子:【N】中等部の三学年なんですけど。って言おうと思ったけど、前のこと

   もあってみじめになりそうだったからやめた。それにこの瞬間に「悲観は必

   要ない」と思った。だからその代わり、催促さいそくだけすることにした。


六子:ほら、乾杯しましょうよ。

網木:そうだな。この出会いに、乾杯。

六子:この出会いに、乾杯。


網木:【N】ペットボトルと缶がにぶい音を立てて衝突し、中の飲料が波を立て

   る。俺たちはその音に大笑いをして、星を見ながらしばらく飲みふけった。

網木:【N】この戦争が終わったら、もう一度飲むことや、珍しい星の話をし

   た。まるで、娘と会話しているようだった。

六子:【N】軍人さんは綺麗な笑顔で色んな話をしてくれた。悲しい話もあった

   けど、その度に私の顔色を伺って話を逸らしていた。流れ星も見られ

   た。この戦争が終わりますようにと、三回唱えられなかったけど、軍人さ

   んとの合計で唱えられたと思う。

六子:【N】そして、二時間くらい「戦争」を忘れて笑い合った。


網木:そろそろ中に入ろう。今日は冷えるだろうから、ロッコは体を温めて寝る

   んだ。分かったな?

六子:はい。分かりました。軍人さんも身体は温めていてください。いつ出動が

   あるとも分からないのですから。


六子:【N】私は空になったペットボトルを持ち、軍人さんの手を借りながら立

   ち上がる。そして、部屋に戻り、軍人さんの机の横を通り抜けようとし

   た。

六子:【N】その時、持っていたペットボトルが机と接触し、机に立てかけてあ

   ったノートが音を立ててせた。このノートは軍人さんがあの時書いてい

   たものだ。私はすぐに机から離れた。


網木:ああ、大丈夫だ。気にしないでくれ。

六子:申し訳ありません。大切なものを倒してしまって。

網木:大切なもの、か。まぁ、大切と言えば大切なんだろうな、これも。

六子:あの、これは何を書いてられたんですか? 私が目を覚ました時も書いて

   られましたよね?

網木:ああ、これか?

六子:はい。まさか、ゆい(遮られて)

網木:(遮って)これは、簡単に言えば日記だな。

六子:日記。

網木:そうだ。日々あったことをここに記す。綺麗な花が咲いたとか、星空を見

   上げたとか。そんな些細なことをこの机で書いているんだよ。それが俺の

   仕事だからな。

六子:日記を書くことが仕事、ですか。

網木:そんなに可笑おかしいか? 

六子:いえ、そんなことは。

網木:どうだ、見るか? この日記。


六子:【N】そう言って、軍人さんは私の目の前に汚れたノートを見せた。表紙

   に書かれた少しくすんでいる文字は「アミキ」と読めそうだった。私は思わ

   ず、


六子:アミキさんというのですか?


六子:【N】と声に出していた。すると、驚いたような丸い目をした後、アミキ

   さんは鼻で笑った。そして、こう続けた。


網木:(鼻で笑ってから)ああ、アミキだよ。よく読めたな、その字。それは俺

   が書いた字じゃねぇし、もう誰にも読まれねぇだろうと思ってたのに。

六子:お子さんですか?

網木:いいや、ここで初めて助けた軍人だ。名前を教えた時にな。

六子:お借りします。

網木:丁重ていちょうあつかえよ? くなってしかられるのは俺なんだからな。

六子:はい。


六子:【N】ページをめくると達筆な字で一日という時間を数行に凝縮ぎょうしゅくしてかれ

   ていた。短い時は一行。長い時は数十行。そのどれもに小さな「感動」が

   あり、私は自然と表情がらいだ。

網木:【N】真剣に俺の字を追いかけているロッコ。そこには軍人のことも書い

   てある。俺も少し懐かしい気分になった。ただ、なぜ新しい後ろの方から

   読み始めるのかは疑問だった。

六子:【N】そして、最後のページに差し掛かった時、その日付に思わず顔を上

   げた。アミキさんは涼しい顔をしている。


六子:五年も前からこの小屋に? 戦争が激化した頃ですよね?

網木:正しくはもう少し前だけど、約五年前で間違いない。くにの作戦でここに

   駐在することになったんだ。

六子:ここが戦火に飲まれると、アミキさんは知っていたんですか?

網木:知らなかった訳ではない。でも、いずれ巻き込まれるんだろうな、って何処どこ

   かで思ってたよ。

六子:駐在官とは言っても、軍隊の方なんですよね? 國民の避難義務とか、保

   護義務はなかったのですか?

網木:いやいや、駐在するのなんてあまりにも下っ端の下っ端。俺に「いついつ

   ここに空襲を仕掛しかける」「だから、いついつまでに國民こくみんの避難を完了させ

   てくれ」なんて情報は回って来なかったよ。信用されていなかったんだろ

   うね。おかげで、このザマ。

六子:そうですか。


網木:【N】ロッコは表紙をパタンと閉じると、名前の書いてある面を上にして

   俺に返した。上司が委任状を渡した時のような礼儀正しい所作は、ロッコ

   の育ちを明瞭めいりょうにしていた。


網木:どうだった? 俺の記憶は。

六子:興味深くはありました。

網木:なら良かった。

六子:この最後のところ、私が目を覚ましたことも書き加えておいてください。

   あと、珈琲をぶちまけたこともです。

網木:星空を見て飲み物を交わしたことも書こう。

六子:そうですね。そして、また会う約束も。

網木:ああ、全てが終わったら。


六子:【N】その時だった。勝手口の方からノックの音が聞こえたのは。アミキ

   さんは敵軍の兵士かもしれないとすぐに警戒して、私を簡易ベッドの布団

   の中に押し込んだ。私は押されるがまま布団に収まる。

六子:【N】そして、網木さんが勝手口に近付いた時、勝手口の木製の扉をぶち

   抜くように銃弾が打ち込まれた。すさまじい音が私の脳を揺らした。そし

   て、布団の中にまで染み込んでくる血液。生温く私の服をらして、じわ

   じわと広がっていく。

六子:【N】私は布団の中で口を抑えたまましばらく震えていた。すると、敵軍

   であろう軍人が無線機を使って何か話し始めた。無線機の雑音が部屋の中

   に響き渡る。


軍人:これが最後の駐在官「アミキティア・ハエレシス」で間違いないんだな?

   写真とは全く違うが? まぁいい。ふざけやがって。全く、よくもまあ

   こんなところでのうのうと暮らしていたもんだな。「彗星人」の癖に。


六子:【N】彗星人?


軍人:彗星人の奴らも馬鹿だよなあ。彗星軌道上に俺らの占領宙域があったから

   って、微力な戦力で地球様ちきゅうさまに押し入ってくるから返りちに合うんだよ。

   自分達の力で彗星の軌道をコントロールすりゃあ、良かったものをな。宇

   宙人ってのは本っっ当によく分かんねぇよな。馬鹿だし。


六子:【N】アミキさんが彗星人? 地球に押し入った? アミキさんが? で

   も、アミキさんは五年以上前からここに住んでいて何年もここで駐在官の

   仕事をしていたはず。仲間の軍人を助けたともあった。そんなはずがな

   い。

六子:【N】私は少し布団を開けて、部屋の様子を見ようとした。しかし、そこ

   にあったのは両目を見開いて落ちているアミキさんの顔だった。瞳孔どうこうが真

   っ直ぐ私を見つめている。私は軍人にバレないように、驚きながらもゆっ

   くりと布団を元に戻す。


軍人:(溜め息)この戦争もこれで終わりかあ。この國もかなりの代償を払った

   が、いやまぁ、彗星をコントロールする技術の開発も進んでるみてぇだ

   し、得た物は大きかったな。これで「アマテラス計画」も打ち切りになっ

   ただろうしな。


軍人:結局は、この世界に叡智えいちたずさえる人類は「地球人」だけでいいんだよな。

   あんな彗星人みてぇな人類のなりそこないは全部滅んじまえばいいんだよ。

   文明をはぐくむ価値もねぇ。(大笑い)


六子:【N】私たちの敵は隣の國の人たちじゃなかったの? 彗星って。そん

   なの。アミキさんが楽しそうに話していたあの「星」ってもしかし

   て。


軍人:お? なんだ、こんなところに珈琲が山積みになっていやがるぞ。賞味期

   限は、チッ、なんだ切れてんのかよ。まあそりゃあそうか、こんな田舎いなか

   し、仕入れの時点で賞味期限なんてねぇか。しょうがねえ。一本頂くぜ、

   アミキティアさんよ。この人類の祝杯として(遮られて)



六子:(遮って)おいおい、何を勝った気でいやがるんだあ、「地球人エイリアン」さん

   よぉ?



軍人:何ッ? ガッ。


六子:【N】え?

六子:【N】私は布団から出て、軍人の首をナイフでっ切り、気付いたらそこ

   に、あ。そこ、ここに。ここに立っていて、俺は俺の顔を拾い上げてい

   た。


六子:あーあ。この身体結構気に入ってたのに。でも、これもこれで動きやすい

   か? 身体が小さい分、小回りが利く。良かったあ、あのペットボトル

   に俺の細胞の一つを隠しこんでおいて。使うことはないと思っていたけ

   ど、役に立ったな。


六子:【N】俺は少し赤く濡れたノートを開き、最後の行を眺めた。そうだ、こ

   れもお前にもらったんだったな。ありがとう。



網木:【N】今日でナカミチは終わり。

六子:【N】これからはロッコで侵略を開始する。

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終演レリンクエア 靴屋 @Qutsuhimo_V

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