第78話 再会と違和感


 湖城惠麗――彼女との関係を表すのなら、幼馴染という言葉以外はあり得ない。


 家が近所で歳が同じということから、俺たちは何かと幼少期から一緒にいることが多く、それは俺たちが高校生になるまでは変わらない。


 年度によってクラスは違えど、登校はほぼ毎日一緒にしたし、部活が始まった中学の時も部活終わりに遊ぶことが多々あった。


 そして何より、彼女は俺の一番と言っても過言ではない理解者であり、陽キャリア充時代の俺の抱える苦労を、陰ながら支えてくれていた。


 それも、モデル並みに整った容姿と明るい性格を持つ彼女自身、クラス内カーストのトップに君臨する女子生徒であり、俺と同じような悩みを抱えていたにも関わらず。


 きっと、彼女がいなければ俺は陽キャリア充時代の闇に耐えることはできなかっただろう。


 そして今、俺はそんな彼女と数か月ぶりの再会を果たしている。


 もちろん偶然ではなく、事前に約束した上で。東京を出る前に、戻ってくるときは迎えに行きたいから連絡してほしいと、そう言われていたのだ。


「あまりここにいても迷惑になるし、行こうか」

「うん」


 俺たちは再開の挨拶もほどほどに、自宅のある地域まで向かうために、在来線に乗り込む。そして――


「けっこう混んでるな」


 思わず車内の様子をそう口にすると、おかしそうに惠麗は薄い笑みをこぼす。


「これくらいこっちだと普通でしょ」

「ああ、そうだったな」


 俺は苦笑を浮かべながら、思う。


 確かに惠麗の言う通り、東京では電車が常時混んでいるのは当たり前。どうやら俺は知らない間に、向こうでの空いた快適な電車での移動にすっかり慣れてしまっていたようだ。


「ねえ春人」

「何?」

「最近、どう?」


 最近どう……か。


 最近といっても、惠麗からしたら高校に入ってからのことになるのだろうと、改めて高校に入学してからのことを思い返す。


 まず結論から言って、俺の理想とは程遠い高校生活だということだけは確かだ。


 当初は無難に一人か二人、それもアニオタの友人を作って、教室の隅でひっそりとサブカルチャートークを楽しむ予定だった。


 だけど、今では色々あってその対極ともいえる人間関係を構築してしまっている。ただ、それでも――


「けっこう充実してるよ」


 もちろん、河島さんの罰ゲーム騒動やサッカー部でのコーチとしての一件、そして高見沢さんからの言葉のいらない告白など、悩みの種は今も尽きないけど、それでも振り返れば楽しいことの方が多かった。


「そっか、春人が楽しそうで私も嬉しいよ」


 俺の率直な答えに対して、惠麗はそう言って薄く微笑む。


 またこの薄い笑顔――これで何度目だろうか。


 俺は幼馴染のらしくない様子に違和感を覚えながらも、会話を続ける。


「惠麗のほうはどうなんだ。やっぱ東聖は楽しいか?」


 現在、惠麗は東聖学園に通っている。東聖学園はサッカーの強豪校というだけではなく、難関大学への進学率の高さや、それでいて文化祭などの学校行事への注力の高さで有名だ。きっと、普段の学生生活も楽しいはずと、そう思ったんだけど――


「うん、それなりにね」


 惠麗は変わらず、薄い笑みを浮かべながら曖昧な答えを返す。


 やっぱり、何かおかしい。


 そう思いながらも、それを俺は直接尋ねることができない。


 俺自身、惠麗がそうなった理由に思い当たる節があるせいで。


 それから俺たちは、これといって特筆する必要のないありきたりな会話で、その場を凌ぐように会話のキャッチボールをしながら、実家の最寄駅にたどり着く。


 さすがにここまで来ると、ようやく実家に帰って来たという実感が湧いて来る。


 あとは、ここから20分くらいかけて歩けば家に到着だ。しかし――


「それじゃ、春人。私、用事があるから」

「えっ」


 てっきり一緒に家の近くまで行くと思っていた惠麗が、突然一人で駐輪場のほうへと移動する。


 俺は思わず呆気にとられたような声を出すが、思えば惠麗だって高校生だ。今までみたいに、常に一緒にいるというわけにもいかないだろう。


 少しだけ、惠麗が自分の側にいるのが当たり前だと思っていたことに辟易しそうになりながら、俺は一人で帰路につく。


 思い返せば、こうして一人で家へ帰ることなど、いつぶりだろうか。


 昔は、必ず誰か一人は俺の近くにいて、一緒に帰っていたものだが。


 そこまで考えて、俺は改めて自分が今まで積み上げてきたものを捨て去って、今の生活を送っていることを実感する。


 そんなことはわかっていたのに、無性に寂寥感を覚えるのはなぜだろうか。


 俺は心に空いた風穴を感じないようにと、足早に家へと向かう。そして――


「お兄ちゃん!!!」


 実家の前にたどり着き、インターホンを押すと、妹である陽向ひなが玄関の扉を勢いよく開けて俺に抱き着いてくる。


 彼女は青生陽向――俺の唯一の兄妹で、幸せなことに小さい頃からずっと俺みたいな兄を慕ってくれている。


 この今まで通りの愛おしい妹の行動に、俺は少しだけ胸のうちに感じた寂しさを紛らわせるのだった。


         


         


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