第68話 哀川さんと井上くん
みんなで電車に乗って隣町まで移動し、そこから歩いて15分ほどで俺たちはプールのある施設にたどり着いた。
「やっぱ、けっこういるな」
「うん、夏休みだしね」
入場するための手続きをするための列を見て、俺と河島さんは軽く言葉を交わす。
この様子だと、中はもっとすごいことになっていそうだ。
実際、その予感は当たっていて、井上くんと更衣室に入り、着替えを済ませてプールサイドに出ると、その人の多さに圧倒される。
「ふ、二人はまだみたいだね」
「ああ、って、緊張し過ぎだろ井上くん」
電車の中でもあまり会話ができていなかった井上くんだけど、ここに来て一層緊張している様子が見て取れる。
それから更衣室の近くにあった施設の全体図を見ていると。
「お~い、春人く~ん!」
河島さんの呼ぶ声がして、俺たちは声のしたほうを振り向く。
すると、そこには露出の控えめなライムグリーンのビキニを着た河島さんと、白いワンピース型の水着を着た哀川さんの姿があった。
「どう、春人くん?」
「二人とも、似合ってるよ」
「へへ、ありがとう」
「ほら、井上くんも何か言いなよ」
「え、ぼ、僕……っ!?」
井上くんにそう促すと、彼は恐る恐るといった様子で、二人の水着姿を見ると。
「す、素敵です」
ぼそっとそう呟く。
サッカーをしているときはけっこう頼りになるだけに、こういう場面ではぎこちないのが少し新鮮だ。
「ありがとう、井上くん」
「い、いえ……っ!?」
井上くんからの言葉に、哀川さんが満面の笑みを浮かべて答える。
ああ、井上くんが完全に上がっちゃった。まあ、これはさすがに仕方がない。哀川さん、それは反則です。
「それじゃ、時間も惜しいことだし、色々遊びますか!」
それから俺たちは、ウォータースライダーや流れるプールといった施設のアトラクションを時間をかけてゆっくりと楽しんでいく。
ちなみに、その間も基本的に井上くんは俺から離れることはなく、しっかりと河島さんたちとの距離を取っていた。
本当なら、もう少し距離を詰めて欲しいという思いはあったけど、俺としてもあまり河島さんと二人きりになるようなシチュエーションは避けたかったので、今回は正直少し助かった。そして。
「ん~、これで全部回れたかな」
二時間近くかけて、すべてのアトラクションを楽しむと、俺は大きく伸びをする。
「うん。あっ、でも流れるプールはもう一回行きたいな」
「確かに、あれけっこう癖になるんだよな」
「そうそう。二人はどうかな?」
遅れてプールから出てきた井上くんと哀川さんに河島さんが確認する。
「私ももう一回入りたいな」
「ぼ、僕も。あっ――」
「ん、どうしたんだ?」
「えっと、水分補給したほうがいいかなって」
言われてみれば、ずっと水の中にいたから意識してなかったけど、今は夏だ。
水分補給は当然しておいたほうがいい。
「俺、飲み物買って来るよ」
「な、なら、私も一緒に行くよ」
「え、じゃ、僕も――」
「――井上くん」
井上くんが俺たちについて行こうとしたところで、哀川さんが井上くんの腕を掴む。
「私、少し疲れちゃったから、一緒にここで待ってもらってもいい?」
「え、え?」
突然の提案に井上くんが戸惑う中、哀川さんが河島さんのほうをちらりと見る。
ああ、そういうことか。
「井上くん、お願い。哀川さんと一緒にいてくれない?」
「え、あ、青生くん!」
困ったように井上くんが俺のほうを見る。
ごめんな、井上くん。
どうやら、これ以上は逃げられないらしい。
「井上くん、哀川さんのこと頼んだよ」
「えっ、そ、そんな……」
呆然としている井上くんに申し訳なく思いながらも、俺は河島さんと一緒に施設内の売店へと向かった。
※※※
「とりあえず、近くに座ろうか」
哀川愛結華にそう言われ、井上義男は彼女と少し距離を開けて座った。
義男にとって、今までこんな形で女子と遊んだことはない。
まして、愛結華のような美少女と二人きりなどというシチュエーションはなおらさだ。
それゆえに、義男の心臓の鼓動は最高潮に達していた。
「ごめんね、急に」
「えっ」
お互い周囲の邪魔にならない位置に座るなり、愛結華から謝られ、義男は言葉に詰まる。
「河島さんを青生くんと二人きりにしてあげたかったんだ」
その言葉を聞いて、義男は沙凪の気持ちを察した。
そして、どうして愛結華が自分をこの場に引きとどめたのかを理解し――
「や、優しいんだね。哀川さんは」
自然とそんな言葉を漏らす。
「それを言うなら、井上くんだってそうだよ」
「えっ……」
「本当は、私たちと一緒に遊ぶの、嫌だったでしょ?」
「――っ、そんなことは……っ!?」
ない。
そもそも、春人は義男を誘う際に、沙凪と愛結華と一緒だということはちゃんと伝えていた。
それを知ったうえで、義男は今日ここに来たのだ。
こんなぎこちない態度になってしまっているのは、女子との経験のなさによる緊張が原因に過ぎない。
だから、愛結華が自分を責めることはないのだ。
「あの、哀川さ――」
「――ねえ、よかったら俺たちと遊ばない?」
誤解を解こうとすると、二人組の大学生らしい男が愛結華に声をかけていた。
(これって、もしかしてナンパなんじゃ……)
そう思い、すぐに止めようとするが、身体が動かない。
二人の男は明らかに自分より年上で、身体つきも良い。
「ねえ、どう?」
「いえ、私は――」
「いいじゃんいいじゃん!」
「えっ、ちょっと」
男の一人が、愛結華の腕を掴む。
それを見た瞬間、咄嗟に義男は立ち上がり――
「あ、あの!?」
「は、何お前?」
勇気を出して声を上げると、男は一度愛結華から手を放し、怪訝な視線で義男を睨みつける。
「そ、その、彼女は高校生で」
「いや、そもそもお前何なの? この子の彼氏なわけ?」
「そ、それは、その……」
「はっ、関係ないならすっこんでろ!」
義男の言葉など聞く耳持たないといった様子で、男は義男を押しのけるようにして、さらに愛結華との距離を詰めようとする。
(青生くん、早く戻って来てよぉ……)
なす術なく、友人が戻って来ることを義男が祈った。その時だった。
「そうです、彼は私の彼氏です!」
「えっ!?」
近づいて来る男の手を振り払い、思い切り愛結華は義男の片手を握る。しかし――
「おいおい無理すんなって」
「そんなの俺たちを巻くための体のいい言い訳だろ?」
(うう、ばれて――)
「なら、これならどうですか!」
「「なっ……っ!?」」
「えっ、ちょっと哀川さん!?」
男たちの追及を振り払うように、愛結華は思い切り義男の腕にしがみつき、決して小さくない胸のふくらみを密着させる。
「さあ、これでわかってくれましたか!?」
「――っ」
「おい、ちょっと目立ってるぞ」
気づいたときには、周囲の客からの視線がちらほらとこちらに向けられている。
「くそっ。仕方ねえ、行くぞ!」
最後にそう言い残して、男たちはこの場を去って行く。
「そ、その哀川さん」
「嫌かもしれないけど、少しだけこのままでいさせて」
そう言った愛結華の声が少しだけ震えているのに気付き、義男は小さく頷く。そして――
(お願いだから、早く帰って来てよ。青生くん!)
さっきとは違う意味で、心の中で友人へと助けを求めるのだった。
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