スーツアクター
やざき わかば
スーツアクター
俺はスーツアクターをしている。自慢じゃないが、まあまあ引っ張りだこだ。有名なヒーローシリーズや、怪獣モノにも出演している。
まぁ、まだまだ主役には程遠いが、レギュラー枠の脇役といったところだ。
さて、今日も撮影だ。今回は戦隊ヒーローの撮影で、バトルのシーンがメインとなる。悪役側もヒーロー側も、ときに個人、ときに集団で、事前にみっちり特訓を積んできている。
基本的に、悪役やヒーローに関係なく、我々スーツアクターは顔や声を披露することはない。つまり、佇まいや仕草、アクションで全てを語らなければならないのだ。
もちろん、変身前のキャラを崩さず、それらを行うことが大前提。
番組によっては、変身前の姿を演じている役者が、そのままスーツアクターをこなすこともあるというが、それもまた凄い話だ。
そんなこんなで撮影は順調に進み、スケジュールよりも早く終わりそうだと、現場に安堵感が漂っている最中、事件は起こった。
突然撮影スタジオ内に、鉄パイプやナイフといった鈍器や刃物で武装した集団が、侵入してきたのだ。
その数、ざっと30人。
「ここはなんとか食い止めるから、裏から通報をお願いします」
スタッフや警備員を下がらせて、俺たちヒーローと悪役合わせておおよそ20名が立ち向かう。
「お前たちの要求はなんだ?」
とりあえず、警察が来るまでの時間稼ぎを兼ねて、相手の目的を聞くことにした。すると、連中はとんでもないことを言ってきた。
「最近のピンクの、ブルーに対する態度は冷た過ぎる。ピンクはブルーに対し謝罪を行ったうえで、ブルーと添い遂げるべきだ! 我々はそれを主張するべく、自由意志にて集まった有志だ」
人間、何事もこじらせたら毒である。俺が呆れていたら、レッドが熱く叫んだ。
「ふざけるな! 恋愛は個人の自由だし、そもそも物語というものは、構成が矛盾しない限り、作成者の構想によるべきだ! お前たちの要求は、ただの横暴だ!」
「ふざけているのはそちらだ! お前らは、我々のような視聴者やファンがいないと、番組すら成り立たせられないだろう!」
レッドはさらに叫ぶ。
「今のお前たちはファンではなく、番組を壊そうとする単なる輩(やから)であることに、なぜ気付かないか!」
双方ともノリノリだが、そもそも番組を成り立たせているのはスポンサーだ。
「これ以上お前らと話していても、ピンクの幸せはやってこない! それならば、我々は全てを破壊する!」
こいつらがピンクの何なのかは俺には計り知れないが、何よりピンクはこちら側で臨戦態勢である。
そして、ピンクとブルーをくっつけよう集団の輩たちと、そのピンクとブルーを含んだヒーロー・悪役連合軍の戦いの火蓋は切って落とされたのだ。
当たり前の話だが、アクションを生業とするアクターは、多かれ少なかれ武術を嗜んでいるし、そうでなくても身体能力を磨き上げている猛者である。
ド素人の有象無象の集まりが、武器を持っているとは言えそんなフィジカルお化けの集団に真正面から戦いを挑んで、どうにかなるわけがない。
ピンクテロはあっさり鎮圧され、駆け付けた警察に全員連行された。
妙なことに時間を取られたものの、撮影は無事終了。時間も少し押したくらいで、ほぼ予定通りだった。今回の事件の対応に追われ、てんやわんやの上層部を尻目に、我々は帰宅の途につく。
「ただいま」
「おかえり。今日もお疲れ様」
妻が出迎えてくれる。
「今日は大変だったよ。こういうことがあったんだ…」
「へぇ。世の中、何が起きるかわかったものじゃないね」
会話をしながら服を脱いでいると、少しよろめいてしまった。
「おっとっと」
「あら。疲れているんじゃない? 早く着替えてくつろぎなよ。ビール出しとくね」
「そうするよ、ありがとう」
服を全て脱ぎ、背中のファスナーを開け、『人間の衣』から顔を出した。久々に感じる、ひんやりとした新鮮な空気。いくら高性能な人間スーツとは言え、やはり生身が一番だ。
しかし、俺たちのような人外の者…妖怪とも言うが…が、こうやって人間社会で暮らしていけるのは、この人間スーツのおかげだ。今は少なくない同胞が、これを着てこの人間社会で生きている。
もちろん、不自由な面やつらいことなど、いろいろある。
しかしながら、仕事ではスーツで顔を隠しながらヒーローを演じ、ヒーローの仕事以外の時間は本性を隠し、人間を演じる。この苦労があるから、妻と飲むビールが美味いのだろう。
これを読んでいる皆さんの周りにも、「日常スーツアクター」の妖怪がいるかもしれない。もし正体を見破ってしまったとしても、そっとしておいてあげてほしい。
俺たちは、出来るだけ顔出しをせずに、今の生活を続けていきたいだけなのだ。
スーツアクター やざき わかば @wakaba_fight
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