第7話 出会ってしまった三人

 シーニャ・クーリエ。

 彼女もまた主人公に惚れこむヒロインの一人だ。


 聖剣の担い手である一族の生き残り。

 そして聖剣の「奇跡」を起こせる特別な人間なのだ。


 その異能は様々な人々を助け、導き、時にはその力を行使する。

 その力を持って代々救われてきた人々の数は数えきれないし、彼女もまたいずれ聖女と呼ばれるようになる。


 ……というルートが存在するらしい。

 残念ながら、同じゲームユーザーのSNS発信の情報なので本当かどうか知らない。

 俺はゲームを一周すら出来ずに死んだのだから、彼女の未来に確証を持てない。


(ただ一つ分かるのは、彼女が間違い無くヒロインの一人だという事。公式のサイトやSNSで書かれていたからな。……という事は彼女のルートの入った場合、やはりガルヴァを裏切るんだろう)


 残念な事にルートが確定したヒロインは全てヴィルヘン側に付くらしい。

 ……なんでこんな最悪な部分が共通ルートなんだよ。


 それ以上の彼女に関する情報はネタバレになると思って収集していない。俺はあくまでも自分と同程度に進めた他ヒロインのルートの情報――それも当たり障りのない――しか見ていないのだ。


 ……誤ってヴィルヘンに確定ヒロインが寝取られるとかいう情報をゲーム序盤に見てしまった為にな。

 やっぱ発売から数日経ってからのプレイの情報収集にはもっと気を付けるべきだったぜ。


 それはさておきだ。

 ともかくそのヒロイン様の一人がこうして俺の眼前に立ってらっしゃると来た。


 これはまずい。


 屋敷で固めた決意。

 原作ムーブをしない為にも出来るだけ不安要素を取り除く行動を心掛ける。

 その不安要素が向こうから来てしまった。


 そりゃ今、主人公と行動しているけどさ。これだって原作前から知り合っていたから避けようが無い点が大きいだけで、そもそも知り合ってすらいないシーニャとは会いたくも無かったんだよ。


「あ、あのヴィルヘン……さん?」


 ど、どうする!? この状況……どう切り抜ければいいんだ!?


「あの~……?」


 そもそもなんで誘拐されてたんだよ!? 

 そりゃ運動音痴だし小柄だし身形もいいけどさ!


「おい、ヴィルヘン」


「はっ! ……な、何だ?」


 不意に肩を叩かれた、その相手はガルヴァだ。怪訝そうな顔でこちらを見ている。


「何考えてんだか知らないけどさ。シーニャが話しかけてんだから何か言ってやれよ」


「え? あ、ああ……そうだな。いや、失礼したシーニャ嬢。少々つまらない事を考えていた。気にしないでくれ」


「はぁ、そうですか。……あ、こちらも何かあるという訳じゃないのですが……助けて頂いたお礼を何かさせて欲しいのですが。お二人は何か求める物などはありませんか?」


「え、えっと……」


 いいよ別に、強いて言うならこの場を去ってくれ。なんて失礼すぎて言えるわけもなく……。

 俺が戸惑って視線を彷徨わせていると……ガルヴァが割って入ってきた。


「しっかしお礼だって、そいつぁ嬉しいな! だったらさシーニャ、俺ちょっと甘いもん食いたい気分なんだ。わたあめでも奢ってくれよ!」


「えぇっと……。本当にそのような物でよろしい……のでしょうか?」


「ついこっちに顔は向けたくなる気持ちもわかるけれど。まぁ本人がそれでいいならいいんじゃないかな」


 こんな幼稚園レベルの要求で満足出来るこの男が羨ましい、そう思ってしまう俺を誰が咎めてくれるものか。

 単純な野郎だぜ、全く。


「ほらほら、お前も一緒に奢って貰おうぜ? それどっかで食べてさ、三人で親睦? ってのを深めようじゃん」


「……私もか? いやこちらは……」


「いいじゃんいいじゃん! それでまぁるく納まるんなら儲けもんと思ってさ。お前もいつまでも頭ウンウン言わせてないで甘いもんで食べようぜ? な? シーニャもそう思うだろ?」


「いえ、しかし。やはり他にも――」



「てめぇらァ!! よくも俺の仲間を――ぐぼォア!!?」



「じゃあこれで追加分もぶっ飛ばしたって事で。何奢ってもらおっかな~」


 突然路地裏にやって来た、さっきの男の仲間と思われる黒ローブの男を片手間に殴り飛ばして、ガルヴァはもう一品の追加を頼んで来た。


 その光景に目をパチクリさせたシーニャ。


「こぉんなトコいつまでも居ないで表に出ようぜ。ほら行くぞ~」


「あ!? ちょ――」


 シーニャの腕を取って路地裏から出て行こうとするガルヴァ。

 突然の出来事に慌てるシーニャのさらに後ろをついていく俺。


 まさか仲間が出てくるとは思わなかった。こうなると他にも狙ってる連中がいるかもしれないし――仕方ない。それが片付くまでは一緒に居るか。


 いくら会いたくなかったとはいえ、問題が片付いてないので見放すのもいまいち気分が悪いしな。


 つい回りを見渡すと、これがまた汚い路地裏。こんな不衛生な所でいつまでも考え込んでるっても気分が悪い。


 あれこれ考えるのは甘い物でも食べてからでいいか。

 今ここで悩んでも、あれだし……。



『お前もいつまでも頭ウンウン言わせてないで甘いもんで食べようぜ?』



 ……アイツに言われたからじゃないぞ。

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