第6話 あの子の救出
「へへ、楽な仕事だぜ。所詮ガキの一匹、攫ったって誰も気づきやしねぇもんだ」
「楽な仕事かどうかってのはさ、キッチリ逃げ切ってから言わないとカッコつかないぜ?」
「ッ!? 誰だ!」
子供を一人抱えているからか、目の前で立ち止まったその男は対して足が速くなかった。
その癖人通りからさして離れてもいない癖に舌なめずりの三下台詞を吐いている始末。
わざとやってるのかってくらい、人揃いとしては雑な仕事だった。
ガルヴァが追いついてその男に声を掛ける。
水を刺されたその男は、警戒心をいっぱいにしてこちらを睨んできた。
黒いローブで身を包んだいかにもな悪漢だ。逆にこんなやつがどうやって人を攫ったって言うんだか。
俺が思っているよりもこの町は治安が良くないのか?
まぁそんな事はどうでもいい。俺の折角のいい気分を台無しにしてくれた礼はしないといけないな。
前世の肉体ならこんなやつだけでもビビっただろうが、今のこの体で負ける気が起きない。
何より隣にはこいつもいるしな。
「二対一だ、人攫い。この状況での賢明な判断に期待する」
そろそろこのキャラきつくなってきたな。
それはともかく、普通は盗んだ獲物を置いて逃げるだろう場面。少しでも身の安全を確保するならそれが当然だが……。
「舐めやがって!! たかだかガキの二匹、偉そうにほざくんじゃねぇ!!!」
挑発にすらなっていない安い煽りに頭を煮えたぎらせたその男。
見た目の薄汚さに比例して頭の出来も良くないらしい。
奴は腕の中で気絶していたらしい少女をその辺に投げると、懐からナイフを取り出す。
あの子大丈夫か? ……いや、起きないあたり対した衝撃じゃないのかもしれない。
「け、馬鹿なガキどもだぜ。騎士様ごっこはお友達同士でやるんだったな!」
「ごっこならするぜ? アンタを退治してハッピーエンドの安い芝居をな」
結構言うなガルヴァ。残念ながら俺にこんな台詞は咄嗟に思いつかない。
「ガキが舐めた口利いてんじゃねぇぞ! 死ねや!!」
ナイフを持って突っ込んでくる男。しかし、その動きは速いとは言えず、単調なものでしかなかった。
(これなら大丈夫そうだな)
俺はガルヴァに目配せすると、二人同時に奴に向かって飛びかかった。
「な!? ……ちぃ!!」
振りかぶって来たナイフを左右に別れて回避する俺達。
舌打ちして奴は態勢を立て直そうとする。そのナイフを向けた先は――ガルヴァだった。
そしてそうなるとヤツの背中は……。
「今だぜヴィルヘン!」
「!? っあ……ぐ……」
飛び上がった俺の回し蹴りを背後から側頭部に受けたその薄汚い人攫いは真横に吹き飛んでいき――まともに断末魔を上げる事も出来ず、泡を吹きながら気を失っていった。
あっけなかったな、長引いても仕方無いけど。
「やったなヴィルヘン! それともこんなんじゃ準備運動にもならないか? はは」
近寄ってきて俺の肩を叩くガルヴァ。我が事のように嬉しいのか笑顔だ。
「別にこんな程度何も……あれ?」
「おーい、大丈夫かお前?」
応えようとした先に主人公様はおらず、気を失っている誘拐少女に話し掛けていた。
……いいんだけどさ。こいつもいろんな意味で切り替えの早い奴だな。
「う……ん……」
「お、気が付いたか」
少女は数回の呼びかけ程度で、目を覚ました。
体を起こすと少女はしばらくボーっとしていたが、直ぐにキョロキョロと辺りを見渡して俺達を視界に捉える。どうやら気が付いたようだ。
俺たち二人のことを凝視すると、次に壁に突っ込むように倒れている男を見る。こっちは暫く目を覚ましそうにないな。
この二点から判断したのだろう。
「ッ! た、助けていただきありがとうございました!!」
お礼を言うなり俺達に深々と頭を下げる少女。
その行為には何の打算もなく、ただ純粋な感謝の意が籠められている事が俺にも分かった。
(さてこの子をどうするか……。然るべき所に預けるか、それとも直接親元まで届けるか)
このままさようならというのも薄情な気がして、ついそういう事を考えてしまう。
しかしこの子……派手だな。
染めた感の無いナチュラルで明るめのピンク髪にウェーブの掛かったロングヘア。
前世じゃ生でお目にかかった事のない派手な髪の色だ。
そして赤い縁の眼鏡を掛けたその顔つきは、大人と子供の狭間の美しさとあどけなさを兼ね備えている。
俺と同年代かそれよりちょっと下、十代半ばといった所だろうか?
男に抱えられていただけあって小柄だ。
なんというか、これが物語ならヒロインでもやってそうな――ッ!?
この時、自分の呑気さを思わず呪ってしまった。
こんな特徴的なのになんで今まで気づかなかったんだ!?
「礼なら相棒の方に多めに言ってやってくれよ、こいつが人攫いをぶっ飛ばしたんだから。へへっ」
何故か自慢気なガルヴァの事を頭の隅でも追いやる。
今俺の脳みそがガンガンと警告の鐘をならしているのだ。
「あの、その……改めて――助けてくれてありがとうございました!」
ガルヴァに促されたその少女が、態々俺の前までやってきてる礼を言ってくる。
でもそんなことはどうでもいいんだ。別に礼が欲しいわけじゃない。
もっと言えば――。
(俺はあんたと関わりたい訳じゃないだよ!)
「あの私、シーニャと申します。よろしければお二人のお名前を伺ってもよろしいですか? 是非とも何かお礼を……」
俺の考えなどつゆ知らず、少女は改めて頭を深々と下げながら自己紹介をする。
(どうしてこうなった……。いや、これはまずい!)
「俺ガルヴァってんだ! こっちはヴィルヘン。よろしくなシーニャ」
「はいっ!」
俺を置いて勝手に話が進んでいく。それに口を挟む余裕は今の俺にはない。
こんなの俺の予定には無いんだ! だってそうだろ?
目の前にあのゲームのヒロイン――その一人が居るんだからな……っ。
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