第16話 ルイ先生、神聖魔法で往診する


 ステラに呼ばれて、僕たちは馬車に乗った。

「どこに行くの?」

「さっき遣いが来ただろう? 往診の依頼だよ」

「病気を治しに行くの?」

「そうだよ。子どもがお腹を痛めてるんだ。早く治してあげなくちゃね」

 目的の家に着くと、何となくいい匂い。

 お肉屋さんかな。

 ステラは中に入れてもらうと、さっそく子ども部屋に行った。

 僕も呼ばれて入った。

 女の子がベッドで寝ていた。体を丸めて痛がってる。

「痛いね、すまないね、ちょっとお腹を診せておくれ」

 ステラがそう言って背中をなでると、女の子は楽になったみたいだ。

 麻酔の魔法。一時的に痛みが消えるんだ。

 女の子はあお向けになって、ステラはお腹に手を当てた。

 目を閉じて、手の場所を変えたりして原因を探してる。

「うーん……これは重症だ。お腹の中が腫れてる。炎症だ」

 えんしょうって何だかわからないけど、大変なことみたいだ。

「このままじゃ破れてしまう」

 そう言って、ステラは僕を持ち上げて、女の子の横に降ろした。

「ルイ、手を貸しておくれ」

 僕は首を傾げた。しゃべれるのは秘密。

「ここにね、そう、ここにこうして足を当てて、鎮まれー鎮まれーってお祈りするんだ」

 僕がするの? 大丈夫?

 この子助かる?

「お前ならできるよ。マリスもキースも治したじゃないか」

 右側の、お腹の下の方。

 体温より高い熱がある。ここが痛いんだ。

 前足の先がぼんやり光る。僕の神聖魔法。

「そこが傷んで、ちょっと毒素もあるんだ」

 ——うん、感じるよ、キースを治した時みたいな。

「こういう病気にはお前の魔法は最適なんだよ」

 ここだけ嫌な熱があるね。ここを鎮めればいいんだ。

 足を置いて3回お祈りしたら、女の子はお腹の痛みが治ったって。

 クレアに徹底的に鍛えられてるから、治療のレベルは高いんだ。

「治療はおしまい。ゆっくりおやすみ、マリ」

 ステラは女の子の頭をなでて子ども部屋を出て、僕もついて行った。

 心配して待ってたお母さんに袋を渡した。

「これを朝晩煎じてカップで1杯飲ませるんだよ。その都度煎じるようにね」

 女の子が起きてきて、僕の頭をなでた。

「くろねこちゃん、ありがとう。いたいのなおったよ」

「こら、ベッドにお戻り。しばらくはお転婆禁止だよ」

 はぁい、って女の子が部屋に戻った。

 嬉しいな、誰かの病気を治せるって。

 お母さんがテーブルにステラを呼んでお茶を出した。

 僕はステラの足下にいて、お母さんがお皿を出してくれた。

 ハムだ!

 やっぱりお肉屋さんだったんだ。

 小さく切ってあるハムを頬張った。これすごく美味しい。

 家で食べるのより少し弾力があって、肉の味が濃い。

 リザやキースにも食べさせてあげたいな。

「ありがとうございました、ステラさん」

「礼には及ばないよ、商売だからね」

「あんまり痛がるから医者に診せようかとも思ったんですけど、高いし……入院なんてしたらいくらかかるか……」

「かなりのの重症だったよ。この子がいたから大事には至らなかった。すぐに手当てできてよかったよ」

「えっ……この黒猫ちゃんが?」

「回復の魔法を持ってるんだ。まだ子猫だけど場数を踏ませようと思ってね」

「話には聞いていたけど、黒猫ってほんとにすごいんですね」

「なかなかどうして、子猫だけど、やる時ゃやるのさ」

 ステラがお茶を飲み始めたら、お母さんが肩を落としてうつむいた。

「それで、あの……治療費なんですけど……」

 なんか声の調子が低くなった。

「今お支払いできるのは金貨5枚くらいなんです……残りは毎月いくらかでもお支払いしますから……」

「あたしは診断しただけだから銀貨3枚、往診代が往復で金貨1枚、薬は銀貨2枚」

「……えっ?」

「ルイ先生の治療費はボンレスハム1キロだ。倉庫から持っといで」

 ステラは金貨1枚と銀貨5枚とハムを受け取って家を出た。

「ステラ、よかったの?」

「何がだい?」

「僕が魔法を使うってバレちゃうよ」

「せっかくの力を他人様のために使うのは当然じゃないか」

 確かにそう。

「これからはお前も魔法で人助けをするんだ。一丁前の魔獣だよ」

 人の役に立つ。

 ヴァルターシュタイン家の一員なんだから当然なんだ。

 みんなが寝静まった真夜中、フレイヤ様にお話しした。

「よかったわ、みんなに大事にされているようね」

「フレイヤ様のおかげです。僕にいろいろな力を授けてくださったから。そしてこの家にお導きくださったから」

「ステラはとても誠実だわ。誓い通り毎日、庭に咲いているお花をくれる。どれも可憐でとても心が安らぐわ。そう彼女に伝えて頂戴ね」

 フレイヤ様はとても喜んでいらして、朝、起きたステラに伝言をした。

「お喜びだったかい。庭の花なんて地味で失礼かと心配だったけど、安心したよ」

「可憐で心が安らぐって」

「そりゃあよかった。これからも毎日差し上げなきゃね」

 それからステラは治療の時、小さなことでも僕にさせるようになった。

 人間でも使える人は少なくて、ステラも持ってない魔法。

 当然、猫がそんな魔法使ったら誰だって驚くに決まってる。

 ステラと一緒に外を歩くと、すれ違う人がみんな僕を見るようになった。

 以前から視線は感じてたけど、桁違い。

 市場久しぶり。

「お前、神聖魔法使うんだって? 実はほんとに純黒だろ。ありえねえわ」

「まあ、実はそうなんだ。どうしたもんか頭が痛いよ」

「何で頭痛いの、純黒なんだろ、すごいし」

「使いこなせる子なんかいやしない。正直、うちのマリスだって無理だ」

 ステラももうごまかす気はないみたい。ごまかしきれないよ。

「すげえなあ、目の当たりにできるとは思わなかったよ。ルイ、こっちに来な」

 チーズ屋のおじさんは笑顔でチーズをくれた。

 うわあ、美味しい、溶けるよう!

 リザも喜んで食べてる。

『今まで生きてきて食べたことのない味よ! ルイのおかげね』

「リザ、しっぽがちぎれそうだよお前」

 周りのみんなが笑ってる。

 嬉しい。みんなが楽しそうなのは嬉しいこと。

 みんなの役に立てるなら僕は頑張りたい。

 そんなある日、ステラが腕を組んで悩んでた。

 珍しいな、こんなの。

 椅子に座って難しい顔をしてるステラの膝に飛び乗った。

「どうしたのステラ?」

「いや、司祭様がお前をお召しなんだ」

「お召し?」

「聖堂においでってことだよ」

 聖堂って屋根が丸いところだよね。

「天主様のご神託で、聖堂を守ったお前に祝福を授けたいと仰せだ」

 聖堂で祝福? 僕討伐しに行くの?

「でもお前にはフレイヤ様がついておいでじゃないか。ご機嫌を損ねないかと心配でねえ」

「伺ってみようか?」

「そうだね、そうしておくれ。いくら純黒のお前でも祝福を断ったら面倒だ」

「それってステラにも迷惑がかかるよね?」

「まあ……早い話、家が潰れるよねえ」

 大変だ、どうしたらいいんだろう?

 フレイヤ様が大好きだよ、背くなんてしたくない。

 でもこの世界の神様を嫌ったりしてないんだけど。

 フレイヤ様に呼びかけたら、すぐにお応えくださった。

 事情をお話ししたら、フレイヤ様は微笑んで仰った。

「天主はわたくしの父神。何も心配はいらないわ」

「本当に? フレイヤ様にご迷惑はかかりませんか?」

「ええ、祝福のことはすでに父神からもお話があったわ」

 よかった! みんなのうちは潰れなくて済むんだ。

「わたくしの兄神が、つまらぬいさかいで起こした雷雨。あなたが嵐を鎮めたこと、父神はとてもお喜びなの」

「わかりました、フレイヤ様。何を奉納したらいいでしょうか」

「庭のお花で十分よ。あなたは何も案じなくていいの」

「でも、それじゃ感謝が足りないと思います」

「わたくしが加護を与えている眷族なのですから。それは父神もご存じのこと、心配はいらないわ」

 僕もステラもほっとした。

「フレイヤ様はそのように仰せかい。本当に大きなご加護だ。明後日から花と飴をお供えしよう。とても綺麗で美味しい飴を作っている菓子屋があるんだ。明日買いに行こう。天主様には何を差し上げようか……無難だが葡萄酒がいいね」

 ステラは僕を連れて馬車に乗って飴を買いに行った。

「おやまあステラ、ずいぶんと久しぶりだね。元気そうで何よりだ」

 お菓子屋さんはステラと同じ年くらい。

「あんたも元気そうで何よりだよ。今日は飴が欲しいんだ、あんたの最高の飴さ」

「最近は魔力が衰えちゃってね、半年くらいしかもたないんだけど」

「半年も湿気ない飴なんてあんたしか作れない。百粒くらいおくれ」

「急に甘党になったんだね、ステラ」

「神様に捧げ物さ。お下がりは子どもら」

「じゃあ小さい飴がいいね、喉に詰まったら大変だ」

 お菓子屋さんのおばあさんは袋に飴を入れて、ステラに渡した。

 そして僕に気がついて、手を伸ばして頭をなでてくれた。

「おー、噂の純黒ちゃんだね。なんて可愛いんだろう」

「そりゃそうさ、あたしの秘蔵っ子だ」

「綺麗な目だ。毛艶といいしっぽの長さといい申し分ないね」

「仮契約なんだけどね、とってもいい子さ」

「バディにするんだろう?」

「あたしゃもう年だ、リザと心中だよ。この子は自由にさせるさ」

 ステラはそう言って笑った。

 お前は自由でいいんだってステラは言うけど、僕にはまだ自由の意味がわからない。

 次の日の早い朝。

 ステラは窓際に庭で詰んだ花と、小さなお皿に飴を3つ入れてフレイヤ様に供えた。

 天主様にはカップ1杯の葡萄酒。

「天主様、フレイヤ様、心ばかりの品ですがどうぞお納めください」

 ステラは両手の指を組んでお祈り。

 僕はお辞儀。

「ルイを私どもに引き合わせてくださいましたこと、心から感謝を捧げます」

 天主様にもフレイヤ様にもちゃんと伝わってるよね。

 天主様はどうぞ葡萄酒を召し上がってください。

 フレイヤ様はお花で和んで、美味しい飴で寛いでね。

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