第2話 ブルーアイの黒猫


 気がついたら、ふかふかのクッションが詰まったカゴに入ってた。

 男の人と子どもが僕を覗き込んでいた。

 目が合ったら、ふたりともビックリした顔になった。

「この子、瞳が青いぞ。何だこれは……突然変異かな」

 誰? 知らない人だ。

 男の人は黒い髪でこげ茶色の目。

 肩幅が広くてたくましい。僕を見る瞳はとても優しい。

 丸首の、上から被るシャツみたいなのを着てる。

 素朴な感じ。

「何はともあれ目が覚めてよかった。君はね、うちの庭先に倒れていたんだ」

 男の人がそう言った。意味はちゃんとわかる。

 猫にも人間みたいに話しかけるんだね。

 動物が好きな人はみんなそうだって、夜会の仲間が言ってた。

 僕を飼ってた家のみんなもそうだったよ。

「体重は1キロちょっと、まだ4か月齢くらいかな」

 ここはどんな世界なんだろう?

 小さい男の子かな、が、じっと僕を見てる。

 柔らかそうで癖のない黒っぽい髪。瞳は濃い青。

 あ、違う。髪も青だ。すごく濃い青。

 目鼻立ちが端正に整って、とても賢そうな子。

 ちょっとびっくりした感じで小さく言った。

「あおいおめめのくろいこねこちゃんだ……こんなこ、いるんだ……」

 子猫……殺された時のままかな?

 っていうか、僕は金目だよ? 青くないよ。

 でもふたりとも青いって言ってる。

「大丈夫そう?」

 女の人が僕を見た。

 金糸みたいな髪を後ろに結い上げて、明るい青の目。

 僕を飼ってたお母さんに似てる。にっこり笑うととても優しい。上品で綺麗。

 薄桃色のブラウス、薄いベージュのスカート。

 みんなシンプルな服だ。

「あら、本当に空みたいに青いのね。うふふ、しっぽが長くて可愛いわね」

 空の青——フレイヤ様の目の色?

「毛艶のよさから見て病気はなさそうだし、ケガもしていない」

「よかったわ、無事で。本当に毛艶のいい子。どこの子かしら」

「なにしろステータスが白紙じゃ手がかりがない」

「ステータスがないなんて、どういうことかしら」

「私が知る限りでも黒猫をバディにしてる冒険者や魔術師はいないし」

「どうしましょう……」

「ブリーダーギルドとパートナーショップ組合で照会してもらったけど、黒猫の扱いはなかった。一応証明書はもらってきたよ」

 男の人はちょっと困ったふう。

「どこから来たんだ君は? 黒猫の自由猫なんてありえないって、みんな驚いているよ」

「ミルク、飲めるかしら」

「あげてみよう。飲めるなら大丈夫だ」

 女の人が両手で僕をそっと包んで、床に下ろした。

 4本の足でちゃんと立った僕の前にお皿が出てきた。

 いい匂い!

 あっ……でも僕、ミルクを飲むとお腹を壊すんだ。

 どうしよう……。

「大丈夫よ、猫がお腹を壊さないように調理してあるから」

 ほんと?

 臭いをかいでも普通のミルクみたいなんだけど……飲んでみよう。

「まるでクレアの言葉が通じているみたいだ」

 男の人が楽しそうに笑った。

 クレアっていうの? ミルク頂きます。

 ミルクは甘くて、濃くてほんのり温かくて、とても美味しくて。

 すぐに全部舐めてしまった。

 こんなに美味しいミルクは初めてだよ、ありがとう。

「お、元気だぞこの子。心配ない。よかったな」

「食べられそうね。今、柔らかく煮たお肉をあげるわね」

 クレアがいなくなって、男の子はじっと僕を観察してる。

 美味しいご飯を食べさせてもらって、カゴの中で休んでいたら、男の人の声がした。

「お帰り、お母さん。さっそくで済まないけど、この子を見てくれないかな」

「なんだい?」

「子猫なんだ。玄関先の芝生に倒れたって、ロランが連れてきたんだ」

「どれ、見せてごらん。大丈夫かね、子猫が雨に打たれてたなんて大変だ」

 目が覚めて、覗き込んできた人の顔を見た。

 グレーの髪を後ろで束ねた? お年寄りだ。

 顔にはしわがたくさん。すごく優しいしわ。

 黒い瞳はキラキラしてて、僕を見て笑顔になった。

 とてもステキな笑顔だ。可愛いおばあちゃん。

 ずいぶん年を取ってると思うけど、とても元気。

「おやまあ、黒猫じゃあないか。これは縁起がいい」

「私は1度見たことがあるだけ。触ったこともなかったよ」

「目が青いんだね。突然変異個体なのか、他に何かあるのか……」

「黒猫は金目だよね」

「そうさ、みんな金目だ」

 フレイヤ様がおっしゃった通りなのかな?

 ここでは黒猫は虐められない?

「で、どこの子なんだい? 元気なら返してやらないと」

「調べたんだけど、ブリーダーもショップも扱い記録なし」

「おやまあ……」

「ステータスは真っ白。登録もされてなかった」

「なんだいそりゃ、野良だとでもいうのかい?」

「お母さん、外では野良って言っちゃダメだよ。自由猫」

「中身は一緒じゃないか、野良も自由も」

「任せる先がないから、しばらく、うちで様子をみられないかなと思って」

「そうするのがよさそうだ。……バレルはいないのかい?」

「あ……実は……」

 お父様、困ったように指先で顎を掻いた。

「ちょっと、ケガをして……」

「どこを傷めたんだい、あたしが診てやるよ」

「足首をくじいて、あと、背中と後ろ頭を打って」

「いったい何をやらかしたんだい」

「猫の死体なんか汚いって……蹴った、ようで……生きてたんだけど」

「あとで搾り上げてやろう。でも何でケガをしたんだ?」

「——弾かれました」

「弾かれた?」

「爪先が当たった瞬間に弾き飛ばされたみたいで。そうなんだろう、ロラン?」

「はい、バレルはものすごくとばされて、じめんにころがって……」

「待ちなよ、そりゃ物理結界じゃないのかい? こんな子猫が?」

「信じがたいけど実際にバレルはケガをしたわけで」

「物理結界を持った子猫……」

「どうしたらいいかな?」

 お母さん? は、顎に手を当てて考え込んでる。

 仕草がお父様にすごく似てる。

「このまま自由にさせてみよう」

「もちろん自由にさせるけど」

「そうじゃなくて、窓をいくつか開けておあげ」

「自由猫の黒猫を放すっ?」

 お父様、かなり焦ってる。

「この子は神様のご加護があるのかもしれない」

「えっ?」

「結界持ちで碧眼の黒猫の子が自由猫だなんて、常識じゃありえないことばかりだ」

「まあ、黒猫ってだけで稀少種だから、おかしいことだらけだけど」

「ステータスが白いってのも、この子が自由だからかもだ」

 お父様、渋々って感じ。

「ここにいたければ残るだろうし、嫌なら他所に行く。それでいいんだ」

 お母さんはそう言って、僕にステキな笑顔をくれた。

 だから、ここにいてみることにした。

 フレイヤ様のお導きかもしれないし。

 いい人たちみたいだから甘えよう。

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