サイレント・ナイト

世界でもっとも東にあるとされている島国。

レムリアン王国。

この国は、はるか昔からレムリアン王家の者が国を治めてきた。

一つの島の中に城と城下町しかないが、この島でしか取れない不思議な力を宿すという鉱石を欲しがる他国は数しれず、国は侵されることなく富んでいた。


しかし、現在レムリアン王国史上最大の問題を抱えていた。

王位継承問題である。

現王と王妃には現在、一人の娘しか子どもがいなかった。

レムリアンは代々、王家に生まれてきた男が王位を受け継いできた。

別に女でもなんの問題もないだろうと思われるかもしれないがそうでもない。

島国故に舐められてはいけない。

これは代々の隠れた家訓であった。

しかし、どうしても長女誕生以後、妊娠の兆候も認められず、唯一産まれた王女は15歳になろうとしていた。


「アーシファ様、そんなに慌てて走られては危のうございます!!」


「大丈夫、大丈夫!!せっかくこんな綺麗なドレスにセットもしてもらったんだもん!クロイツをビックリさせてやるんだ〜!」


「アーシファ様!まっ…あっ!?」


王女アーシファの付き人である女性はつまずいて転んでしまった。

アーシファはヒヒッと王女らしからぬ笑顔を浮かべて、城の外へと走って行ってしまった。

途中ですれ違う者達も慌ててアーシファを避けた。


今日はレムリアン王家王女アーシファの15歳の誕生記念祭であった。

故に朝からいつもより盛り目に着飾ってもらった王女はルンルンで、その姿を一番に見せたい者のもとに急いでいたのだ。


「クロイツ!!」


ミルクティー色したサラサラとした髪を風になびかせながら、少年は木にもたれかかり本を読んでいた。

聞き慣れた声のする方に目をやると、どこぞの国のプリンセスかと思うくらいの美しい姫君が逆光の中姿を現した。


「なんだ、アーシファか。」


「なんで第一声がそれなの?いつもと変わった所ない?みてみてクロイツ。」


クロイツと呼ばれた少年は本を丁寧に置き、王女のもとに美しい所作で跪いた。


「アーシファ様、この度は15歳のお誕生日、誠におめでとうございます。」


「ありがとう。でも違うの!みて!今日色々違うでしょ??」


クロイツに可愛いと褒められたい一心だった。


二人は小さな頃からの幼馴染で、歳もまったく一緒、誕生日も1日違い。

クロイツは一足先に15歳となっていた。

クロイツはレムリアン王家従者の女性の息子であり、小さな頃からアーシファと共に遊んだり勉強したりしていた。

それには、当時生きていた王家の老人達の企みもあった。

忠誠心の高い女の息子であればこそ、アーシファを守る者として育て、いずれ結婚して子をなしてもらい、それが男ならなお良しと勝手なことばかり考え、クロイツにも王家と同じ教育をさせていたのだ。

ただ、アーシファにとって関われる唯一の同世代。

とても大切な存在となっていった。


「今日はクロイツも正装参加なんだってね?従者の息子だからって理由だけでいつも正式な場には参加もさせてくれなかったくせに。」


クロイツはスクッと立ち上がった。

ヒールを履いたアーシファですらまだ胸元がやっとな身長差があらわになった。


「俺はこうやって、俺のことが大好きなアーシファがいつも一番に走ってきてくれるからそれだけで満足だけどね。」


!?

アーシファの胸にキュンと音が聞こえた気がする。


「もうっ!!でも、まあたしかに、いつもクロイツに一番に見てほしいけどさ…。…。ねえ、クロイツ。」


ん?とクロイツは首を傾けアーシファを見つめた。


「あれ?ホクロ隠しちゃったの?」


先に口を開いたのはクロイツだった。

アーシファの左目の下には涙を流したようにホクロがあったはずなのに、すっかり見えなくなってしまっていたからだ。


「ああ、これ?うん、なんだか恥ずかしくって…。」


「俺は好きなのに。」


…。


「ごめん。ありがとう…。…。じゃなくて!!もう!!」


クロイツはフフッと微笑んでいる。

素直な好意をぶつけてくれるアーシファがとても可愛かった。


「あのね…もしかしたらさ…結婚の話かもしれないよね。今までなら本当は王位継承の時期なのに誕生祭なんだもん。ちょっと変でしょう?クロイツも正装だし。…私達の話だったりしてね!」


言いながらアーシファの顔は真っ赤になっていた。

クロイツの目も見れなくなって…ふいっと俯いてしまう。

耳まで真っ赤である。


「なあ、アーシファ。」


キュッとアーシファの体が固くなるように見えた。

次の言葉が想像つかなくて一気に緊張したからだ。


「俺はずっと前からアーシファのことが好きだったよ。」


切れ長な翡翠色の目で真っ直ぐアーシファを見つめるクロイツ。


「わ…私だって、ずっとクロイツのこと…。」


「アーシファ様ーっ!!街の方々がお祝いにいらっしゃいます!!はやく戻りますよー!!」


なんというタイミング。

呼んでいるのは先程転んで足を傷めたアーシファ専属従者の女性だ。


ポンッ

と、クロイツはアーシファの盛られた頭に手を優しく乗せる。


「いってらっしゃい、アーシファ王女様。」


クロイツの優しい笑顔を見て、ヨシッと気合の入ったアーシファもまた、とびきりの笑顔をクロイツに見せる。


「じゃあ、夜にパーティーで。」


「了解。」


お互い両想いであることを自覚し、幸せいっぱいな日々を過ごしてきた二人だが、この日から二人の運命の歯車は一気に回り始めるのだった。






夜。

アーシファの大好物ばかりの料理を皆で堪能し、街の代表者達とダンスを踊り、談笑し、それはそれは素敵な誕生祭となった。

朝にクロイツが嬉しい事を言ってくれたし、今日はなんて幸せな日なのだろう…アーシファはそう喜びを噛み締めていた。

正装姿のクロイツの立ち振舞も完璧なものだった。

この後、本当に二人の結婚話とかあるかもしれない…アーシファは幸せすぎてハイになっていた。

まだパーティーを終えるには少し早い時間帯に王はパーティーの終わりを告げた。

街の代表者達は、それぞれ順番に王家皆に挨拶をし街へ帰って行った。

パーティー会場となった大広間もあっという間に片付けられていく。

王家の者と親衛隊、そしてクロイツと、他の一部の従者の者達だけはそこに残された。


「さて…アーシファ…15歳の誕生日おめでとう。」


「ありがとうございます、お父様。」


「そしてクロイツ…君は昨日が誕生日だったな、おめでとう。」


!?

これには周りの者が驚いた。


「はっ、ありがとうございます。」


クロイツは凛としていた。


「皆にはきちんと話そうと思ってな。真実…そして我の考えを。」


王は王の椅子に腰かけ、王妃を王妃の椅子に座らせた。

そして、周りに親衛隊を付かせる。

いったい何が始まるのか?

真実とはいったい何の事なのか。

誰にも想像がつかなかった。


「まずはこれをはっきり伝える。クロイツは我がリザとなした子である。」


!!??

王妃が立ち上がろうとするのを親衛隊の一人が優しく静止した。

この為にそばに付けたようだった。

リザとはクロイツの母であり従者の女性の名であり、ここにいる皆がよく知った者である。

昨年の暮れに病気ですでに亡くなっている。


「まさに…同時期に子ができるとは我も思わなかった…。しかも男女として…。」


アーシファは言葉が遅れて頭に入ってくるような感覚がした。

クロイツは一瞬の同様を見せたが、すぐに持ち直すように意識した。


「二人は15歳となった本来であれば、王位継承の話をする日だったが…。」


!?


「二人が!?王家の人間はアーシファです!!!!あなた!何をおっしゃっているの!?」


王妃はまったく気づきもしなかったようだ。

親衛隊がおさえるも、髪を振り乱し、訳が分からない!と声をあげ始めた。

突然の夫の浮気話。

王位継承は二人に権利がある。

突如突きつけられた話に、王妃はひどく混乱していた。


「王位継承は代々男である。これは長年守られてきた系譜だ。我には幸い男児が出来た。ただ問題なのはリザは従者であり王家の人間ではないことである。」


王妃以外の誰もが沈黙して次の王の言葉を待った。


「今、世界は争いで混沌の世の中である。我はこの世界のトップに君臨し、世界を平和にしたいと考えた。そこでだ。」


世界のトップ=世界平和?


「お前達二人にはこれから旅に出てもらい、各国と交渉を行い、我がレムリアン王家を中心とした世界平和に向けて動いてほしいのだ。多少、血が流れるのは仕方ないとしよう。そして、多くの国を従えた方に王位継承をさせようと思う。」


ガンッとクロイツは頭を鈍器で殴られたような感覚がした。


「王よ、しかし…。」


クロイツは言葉を放とうとした。


「さあ!何をやっている!はやく行くのだ!我が国は必ず世界のトップにならなくてはならない。そうしないと、鉱石に限りあるこの小さな島国はあっという間に植民地とされてしまうだろう。そんなのは困るだろ?この国を守るためなのだ。」


アーシファは今日までお姫様として育てられてきた。

なのに急に争い多き世界へ行けと…。

各国を従えてこいと…。

15の何も知らない娘に無理な話である。

従者達はそう思った。


「国の為になると言うのなら…母の願いにもなるのなら…僕は行きます。ただアーシファと戦いたくはありませんし、彼女は正当な王族の人間です。危ない目に合わせる訳には…。」


「クロイツ、それじゃしめしがつかんのじゃ。二人は我が子である、平等でなくてはならない。お前達二人も世界を知り大きく成長することだろう。ただ…世界が2つに割れるような事態となれば…片方が争いの種となる為、死んでもらわないといけなくなるな…。」


!?


「正気ですか!?では二人で共に参れば…」


一人の兵士が声を上げた。

二人を小さな頃から知っている古参の兵士には、王とは言え許しがたい発言だった。


「ただの兵士が口をだしていいことではない。ここは競い合うことに意味があるのだ。王として、強さも必要である。それに二人は血が繋がっている、皆は二人が一緒になることを望んでいたかもしれないが、なにかあっては困るのだ。」


無茶苦茶な王である。

自分が世界を手に入れたいからと自分の子どもを戦地に追いやれるのだ。

誰もが王の考えを理解することはできなかった。


「我は考えを変えるつもりはない。必要なものは与えよう。まあ、夜も遅いし出発は明日でも良いが早めに準備はしとけよ。…出し抜かれるぞ。」


王は立ち上がり、大広間を静かに出ていく。

残されたもの達は様々に口を開いていた。

アーシファとクロイツ以外。

取り残さた王妃はなんとか親衛隊に抑えられているが、不満や怒りが大爆発して今だ王につかみかからん勢いだった。


アーシファはやっと頭にすべての言葉が入った。

だが、理解することはできない。

クロイツは、立ち尽くすアーシファに手を伸ばし声をかけようとした…が、


「さわるな!穢らわしい!アーシファ、すぐに準備にかかるわよ。王位は絶対に貴方が継がなければならないのだから!ついてらっしゃい!」


王妃はまだ親衛隊に抑えられながらも、自分の後に続くようにアーシファに首で合図した。


「アーシファ…。」


アーシファは涙目でクロイツを見つめる。


「私、意味がわからない…。…意味がわからないよ!」


そう言って、王妃の後を追った。

王妃が心配でもあった。



「俺の父が…王…?アーシファとは腹違いの兄弟?」


クロイツはサラサラの髪をグシャグシャとわしづかみにしその場に座り込んでしまった。





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