任務了解させてくれ

あつべよしき

任務通達失敗

男の目の前でビデオデッキがもくもくと白煙をあげている。


男はエージェントである。国家の治安を超法規的に守る組織の一員である。彼は目の前で煙を吐くデッキの中のビデオから、任務に関する情報を受け取るはずであった。しかし受け取ることができなかった。


再生前に情報が消失したからである。


いわゆる「なお、このテープは自動的に消滅する」というやつが再生前に起こってしまったのである。


彼は優秀であった。あらゆる可能性を考慮し検証したが結論から言えばテープ(厳密にはテープの消滅装置)が不良品だったのである。


国家運営の組織が作るとはいえテープは工業製品で人間が作っている。そういうことは稀ながらあるものだ。人間は完璧を目指しているが、それに至ることはできていない。


そして、秘密とは狙った相手と共有し、その他のものには共有されない故に威力を発揮するのであって、そもそも秘密が相手に伝わっていないのであれば、すれ違いを生むだけだ。


彼は国家の命運を背負っていた。


彼が今回参加する作戦を立案した人物は、どんなイレギュラーな状況にも代替プランを用意し任務を成功に導くことで有名で『多頭蛇ヒュドラ』とあだ名されるほどであった。


男は『多頭蛇』のことをよく知っていた。男が死ぬ、あるいは情報が敵に漏れる、情報の妨害を敵に受けるなどは代替プランを用意しているだろう。だが、ビデオテープの故障までは予測しているだろうか?


男は悩み抜いた末に任務を予測し、達成した。


『多頭蛇』は「もうあいつに全部やらせりゃいいよ」としばらく拗ねていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

任務了解させてくれ あつべよしき @varufazul

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ