金魚


ほんのりと切った指先から

ちいさな金魚がほとばしった

赤黒赤黒とめまぐるしいうずに

どきり

としながらも

水面が静まるのを

つつましやかに

口をあけて待っていた


    *


連日の雨により

部屋をぱんぱんに満たしていた

空気

わたしは眼球をもてあそび

ぬるい泥にくるまれながら

傾斜していくわたし自身を

天井にもぐりこんで

息をひそめて見送っていた


(つとつと

とそのときだ)


つややかな切っ先が

水を薙ぐ気配

たった一言も

特別ではない陽光が

偶然のように指し示す方へと

空腹な指先が

まばゆさを口にしたくて

めくりあがった


ぷつ、とやぶれた

皮膚がちりり、と熱を帯びた

傷ついたことにより

はじめて生まれた

金魚は

軽やかに呼吸を束ねると

天井に弾けてしまった

夢のように

まとえる空間の全てが

一瞬で費やされた


    *


わたしは部屋のきつい窓を

こじあけようとした

空腹というものの

まるみを

思い出してしまったから

みずみずしい大気を

はやくこの血に流したい


飽和する金魚たち

かれらが血管のなかで

こまやかに

ひれをはためかせているのを

感じている

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る