第3話 お節介な男子学生
「まいったなあ……」
スマホの地図アプリを頼りに彼女が通う桜花高等学校に来てみたはいいけれど、明らかに場違いというか、怪しい以外の何者でもないことにあらためて気づいた。
当然だ。まずもって制服が違うのだから。
校門前で知らない学校の男子がうろうろしていたら、誰だって怪しむに決まっている。学校が終わって帰宅しようとする生徒は皆、俺のほうをちらちらと見ながら、遠巻きに通り過ぎていく。
その視線が俺の心を萎れさせる。
そうだ。俺はあの目が嫌だった。ああやって遠巻きにされるのが嫌だった。
なにも悪いことをしていないのに、気に入らないと蹴られたり、殴られたりしたのが嫌だった。
一年前の苦しい感情がせせりあがってきて、動悸が激しくなった。
脂汗が浮かび、がくがくと足が震えた。
指先が冷たくなって、感覚が鈍くなる。
発作だ。
急激に襲う吐き気に、咄嗟に口を押えた。
道の端でうずくまり、げえげえとえづくと「おい」という声が聞こえた。
ハッとして振り返る。
「おまえ、大丈夫かよ?」
自転車に乗った同じ年くらいの男子生徒が心配そうに俺の顔を覗きこんでいる。
「だい……じょうぶ……です」
「顔、真っ白じゃねえかよ。家、どこ? 送ってってやるよ」
「え……でも……」
「俺、こう見えても陸上で鍛えてっから。ほら、乗んな」
そう言って、彼は俺に自転車の荷台を指さした。
「いや……本当にだいじょうぶだから」
「だいじょうぶっつーやつが一番危なっかしいんだよ。遠慮すんな、ほら」
男子学生は一向に引く気配がない。
「あの……俺、ここに用事があって」
そう言うと彼は「用事?」と首を傾げた。
「手紙……渡したくて……」
「手紙? え? もしかして誰かに告りにきたわけ?」
男子生徒が身を乗り出すように俺を見た。俺は「いやいやいや」と両手を大きく振った。
「俺じゃなくって……頼まれたんだ」
「頼まれたねえ」と彼は疑うように俺を見た。
「ここまで来たのはいいけど……その人にどう渡していいかわからなくて……それで困って……」
「へえ」と彼が言った。
「じゃあ、その相手。俺がここまで連れてきてやろっか?」
「え?」
「困ってんだろ? いいよ。俺がその相手、探してここに連れて来てやるよ。で、誰?」
ずいぶんとお節介なやつもいたものだ。見知らぬ人間の体調を気遣ったり、送ってくれようとしてみたり。果ては俺の困りごとの解決まで申し出てくれるとは……
本当にいいのか逡巡したものの、自分ではどうしようもない状況であるのも事実だった。
「じゃあ……金折……柚葉さんって子を……探してほしいんだけど」
おずおずと切り出した途端「はあ?」と男子生徒が素っ頓狂な声を上げた。
「柚葉? おまえ、柚葉に会いに来たのかよ」
「知ってるの?」
「知ってるもなんも、柚葉は俺の幼馴染だからさ」
「そう……なんだ」
「でもなあ、柚葉かあ。そうかあ」
名前を聞いた男子学生が「うーん」と悩まし気に腕組みをする。
「なにか問題あるの?」
「いやあ。別に問題っちゅう問題じゃねえけどさあ」
彼はちらりと俺を見た。それから「ま、いっか」と肩から力を抜いた。
「あいつ、もう帰っちまってるから、家まで案内してやるよ」
「ありがとう」
御礼を言って、俺は彼の自転車の荷台にまたがった。
「んじゃあ、飛ばすから振り落とされんなよお」
そう言って、彼は一気にペダルを踏みこんだ。
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