ブラックティーはいかが?

古博かん

ブラックティーのススメ

 とある夫人のお茶会で、みんなに振る舞う紅茶には、嘘かほんとか知らないが、滅多にお目にはかかれない、そら恐ろしい罠がある。


 出された紅茶を手に取って、そっと一口含んだら、忘れられないその味は、この世のものでは表せない、鉄分まじりの毒の味。


 かはっと息を吐き出せば、焼けつくばかりの喉からは、声の代わりに溢れ出る、血潮にまみれた舌だけが、だらりと口から垂れ下がる。


 席から転げてもんどり打てば、哀れなお茶会参加者は、悲鳴をあげて後退り、誰も彼もが遠巻きに、ただただ眺めているばかり。


 中にはサッと青ざめて、ふらりと倒れる者あれば、自分の喉に指を入れ、無理やり吐瀉としゃする者もいる。

 それでも彼らは幸運で、それらの自衛は徒労に終わる。それを知るのはひとしきり、騒いだ後のことなのさ。


 不思議なことに毒入りの、紅茶は全て大元の、おしゃれなポットでそそがれた。


 全身ぴかりと磨かれた、シルバーポットは特注品。ぽってり丸々よく肥えた、胴から伸びる注ぎ口、すらりと優美な曲線は、ツンと澄ました二重顎。

 きゅっとしまった足元は、おデブな胴体支えるために、パッと開いた鼓型つづみがた、意匠を凝らした高台こうだいに、ついつい視線を集めがち。


 出されたカップは骨灰こっかいを、混ぜて作ったツヤツヤの、乳白色のピオニー椀。底にロイヤルクラウンの、印字の入ったお墨付き。


 はてさて一体どうやって、毒入り紅茶は注がれた?


 ましてや会を主催する、とある夫人は変わらずに、同じポットで蒸らして淹れた、同じ紅茶を飲んでいる。

 床に転がる哀れな客を、冷めた視線で眺めては、淹れたてほかほか湯気の立つ、紅茶をすすいと飲んでいる。


 夫人のために作られた、特注ポットで蒸らして注ぎ、同じカップを手に取って、優雅に紅茶を飲んでいる。


「みなさん、どうぞ落ち着いて。紅茶のおかわり、いかがです?」


 自分の分を飲み干して、夫人はポットを手に取ると、持ち手の下に小指を添えて、それは優雅に紅茶を注ぐ。


 がれてしまえば断れず、残った気丈な者たちは、再び何もなかったように、澄ました様子で席に着き、同じカップを手に取った。


 一口飲んで間をあけて、二口飲んで舌鼓。

 なんだ、やっぱり安全な、ただの美味しい紅茶じゃないか。


 安堵していた参加者の、隣の隣に座していた、気難しそうな老紳士、突然かはっと息を吐き、背中を丸めて転がり落ちた。


 同じポットでそそがれた、同じカップを手に取って、同じ様子で紅茶を飲んだ、違う紳士が倒れ伏す。


 一体全体どうやって、毒入り紅茶は注がれた?

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