波の便り

彩鳥つぐみ

波の便り

海辺の街を吹き荒ぶ風が、雑草の根と地を引き剝がす。

親の都合で引っ越してきて間もない私は、未だ高校に馴染めないままだ。

毎日家族を心配させまいと、放課後は誰も足を運ばない浜辺で、"高校生活"の創作に勤しんでいる。

今日も影一つ作ってくれない堤防に背を預け、穏やかになっていくさざ波に心を重ねていた。

そうだな、今日は友達と手紙交換でもしたことしよう。実に高校生らしくていい。

……

などと、素敵な高校生像に満足して頷いていた時のことだ。

規則的な波音を待ちわびる耳の奥を、ぎぃっと油が切れた金属音が震わせた。

驚いて堤防から身を乗り出すと、影の下からぎゃぁと金切声があがった。

驚いた私も、堤防の上でぎゃぁと反射的に悲鳴をあげた。


「びっくりしたぁ、誰かとおもたら転校生やん。そないなところでなにしょんの」


突然大きな声をあげられて、びっくりしたのはこっちだ。

浜辺に影を創ることすらできない壁の反対側で、大層安堵した様子のクラスメイトが私の影を踏んでいる。

炎天下の中、夏服の下に長袖とタイツまで着込んだまま自転車を漕いでいた彼女は、塀の上からでもわかるぐらいびっしりと汗をかいていた。

必死に漕いできたのであろう自転車の荷台には、酒瓶がいっぱいに詰まったケースが載せられている。


「海が珍しくて。夕暮れを眺めるのが趣味なの。今日もちょっと黄昏てた」


学校に友達がいないと親に心配されるから時間を潰している、と正直に話せるほど、私と彼女の間柄は親しくない。

そんなことが話せる関係の相手がいるなら、私はここに居る必要などないのだから。


「ほーん、ロマンチストやね。ちょうどええわ、これ渡していくさかい上に置いてってんか」


何がちょうどええ、のかよくわからないが、健全な制服姿に不釣り合いなビール瓶をこちらに差し出してくる。


「こんなところでお酒でも飲むの?それもすっごい量。見かけによらず不良だね」


突き出された瓶の底を握って受け取り、そのまま堤防の腰掛に携える。

がははっと過剰な笑い声をあげながら、二本三本と次々に酒瓶を受け渡してくる。


「ちゃうちゃう、これそっちに放り投げるんよ。もうすぐ陸風やからね、よぉ遠くまでいってくれるんやわ」


よく見ると、どれも几帳面すぎるほど丁寧にラベルが剝がされている。

酒瓶の口には不似合いなコルクで栓がされ、どれも中に数枚の便せんが詰め込まれていた。


「メッセージボトルってやつ?見かけによらずロマンチックだね」


最後の一本を受け取る際に視線が重なり、どちらからともなく笑みが交わされる。


「せやろ、あんたと同じロマンチスト仲間や」


彼女はよっと力強く一声あげると、健康的な肢体を堤防の上まで跳ね上げた。

私と比にならないぐらい噴き出している額の汗を、グッと袖口で拭う。


「それに、うちは酒なんか絶対飲まん」


彼女の瞳は、水面を焼き焦がす光の主をじっと見つめていた。

ひと際強い風が舞い、飛散した雫が夕焼けで煌めく。

どうやら、瓶の栓を抜く必要が無いのはお互い様のようだ。

彷徨う視線が点を結ばぬ内に、剥き身に包装された便りを頼る。


「しかしホントすっごい量、これ全部手紙が入ってるの?」

「せやろ、全部ちゃうこと書いとるさかい、何が読めるかは拾ってからのお楽しみや」

「うそ!?これ全部内容ちがうの!?そんなに書くことある!?」


私たちの手元には、20本もの旅人が並んでいる。

彼女には、見知らぬ誰かに伝えたいことがこんなにも沢山あるのだ。

こっちは毎日学校あるあるを考えるだけでも精一杯なのに。


「どういうこと書いてるの?」

「書いてる時の気分次第やな。南の島で監禁されてるお姫様ですとか、宝の隠し場所書いた地図とか」

「え、嘘じゃん」

「噓やない、ロマンや。こういうのは拾ったもんがワクワクするの入れたる方がえぇねん。こんな片田舎のしょーもない日常書いたってしゃーないやろ」


なるほど、と思わず納得する。

奇跡にも等しい確率で出会うものが、皮肉交じりの期待を超えた時、人は運命を感じずにはいられない。

運命的な出会いは、中身の真偽を置き去りにし、少なからぬ高揚感をもたらす。


「なぁ、いつもくるんやったら、一緒にこれに詰めて流す内容考えてや。瓶はいくらでも持ってくるさかい」


毎日嘘を創っていただけの少女に、期待を込めた笑みが向けられる。


「えぇ~。私そんなに嘘ばっかり思いつかないよ」

「よー言うわ。嘘ばっかり」


毎日嘘を創っていただけの少女は、皮肉っぽく返す。


「でも、面白そう」


一瞬の夕凪の後、背中を押す風に合わせて、次々と瓶詰のロマンを投げ入れる。

どこにでもある片田舎、無機質なコンクリート塀の上から、無数の想いが届くかもしれないと思うと、なんだか無性にワクワクする。

引いていく波に、次々と便りが送り出される。

一つ、また一つと送り出す度、砂浜と共にどこまでも世界が拡がる気がした。

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波の便り 彩鳥つぐみ @irodori_tsugumi

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