第19話 水浴び場の増設と酒の味


「俺はこれから休憩に入る。夕飯の後ぐらいに水浴び場も増設するから、気になるならそっちも見に来ると良い」


「ああ、そうさせてもらおう」


今回は及第点だったのか、ろくな嫌味も無しにアメルダは去って行った。


「お前はどうする?」


と聞いてみると、ニアノーは少し考え込む素振りをした。


「見回りと、そのときに手洗い場についてみんなに知らせてくる」


「わかった、じゃあまた夕飯の時ぐらいに……ちなみに、夕飯は一緒に食べるか?」


「うん……って言いたいけど、あんま配給を受け取らなすぎると疑われるから、夕飯は食堂で食べるよ」


「分かった、じゃあその後ぐらいに食堂に迎えに行くから」


「わかった、またね」


少し名残惜しそうにニアノーは去って行った。

さて……1人になったわけだが、ずっと箱庭に引きこもっていてはここのことをいつまでも覚えない。

せっかく1人行動の許可はあるわけだし、少し歩いてみるか。


地下拠点の外……柵に囲まれた村の方はあまり探索できていないので、そっちの方を見に行こう。

そう思って階段を上がり外に出……ようとしたところ、出入口付近にいた構成員に慌てて腕を掴まれた。


「馬鹿!死にに行く気か!?防護マスクは!?」


ああ、そうだった。外は瘴気が蔓延してるんだった。

俺は自前で結界があるから、すっかり忘れていた。


「ったく……ほらこれ使え、レンタルだ。絶対失くすなよ、あと壊すな」


「……ありがとう」


レンタル用の物を常備しているのだろう。

すぐそこにある木箱の中にあった防護マスクを渡された。

他人が使い回してるマスク……抵抗はあるが、使わないわけにはいかない。

かぶってみると、汗や皮脂なんかの臭いが鼻についた。

【結界】スキルの設定をフルで動かして、すぐに悪臭を遮断した。

これ、普段は臭いで危機とかを察知できないから使わないんだが……今は使い時だ。


そうして村の方を探索してみたのだが、人が生活した跡があるぐらいで何も特筆すべき物は無かった。

村の方には構成員が見張りをしていたり壁の補修をしていたりして、時々会釈や挨拶はするが無駄なお喋りはしなかった。

マスクも無事返却し、地下拠点を見て周ることにした。


さて、そんなこんなで時間だ。

食堂へ行くと、ちょうど人々が出て行っているところだった。

そこでニアノーを出迎え、イチノセとの約束を果たすために排水部屋へ向かった。

そこには既に俺以外の5人と、少し遠くの方に彼らのお目付け役の5人がいた。

お目付け役の人たちは別に水浴びに口出しする気は無いようで、廊下で各々暇そうにしていた。


「あっ、リオさん」


深い青の髪の若い男の子、イチノセが手を振って出迎えてくれる後ろで、茶髪の素朴な顔つきの男性、ウェルと栗色の髪の大人しい女性、エナがぺこりと頭を下げた。


「こんにちは。水浴びできるかもしれないとお聞きしました。魔力の方は大丈夫でしょうか?」


「ああ、問題無い。今日はそんなに使ってないしな」


心配してくれるのは深い緑の髪の背が高い男性、オリバーだ。


「頼もしいねぇ、頼んだよ」


にこにこして背中を叩いてくるのは真っ赤な髪の胸の大きな女性、カタリナ。

まずは部屋の構造を確かめようとしていると、そこにアメルダもやってきた。

一気に雰囲気が緊張する俺以外の転生組。


「ああ、そんなに固くなるな。施設の増設と聞いて視察に来ただけだ」


アメルダはこの施設のリーダーだもんな。

彼らはアメルダの機嫌を損ねるとここを追い出されるかもしれないって思ってるんだろう。

俺はまだしも、他の転生組はここを単身で追い出されるのは致命的だ。


さて、水だけ出せば良いという話ではない。

部屋を見渡してみると、割と広めの空間の中で少しスペースを開けて床が掘り下げられており、その中にウォータースライムがうごうごと10匹ぐらいいた。

随分と深く掘り下げられており、万が一落ちても上がってこれるように梯子がかけてある。

そしてスライムたちが昇って来れないようになのか、縁の方に返しがついてるな。

それとスライムを掬う用の網もすぐそこに置いてある。


この中に入って水浴びするわけにはいかないし……こっちのスペースを使うか。


上にタンクをつけてホースを伸ばしてシャワーのようにするか?

いや……ホースをどこから調達するかって話になるな。

それだと、土魔法で浴槽というか囲いを作ってその中に水を溜め、掬って使う感じで良いか。


水浴びするとなると裸になる必要があるが……排水部屋には鍵がかからないから水浴びする用の囲いも必要だな。

カーテンもパーテーションも無いし、これも土魔法で壁を作るか?

うーんと、スペースが少し足りないな。


「アメルダ、この部屋少し拡張して良いか?」


「拡張?ふむ……こちらの方角なら何も無いし、工事の予定も無いから問題無い。ただ、慎重にやれ。絶対に崩すなよ」


と許可が出た。

本当なら崩落の可能性がある危険な作業なんて外部の者にはやらせないんだろうけど、俺は最初に水飲み場を見事に補修して見せたしその後も色々と土魔法を使って壁なんかの補修をしているから土魔法の扱いにおいては多少の信頼はあるんだろう。


みんなを少し下がらせて土魔法でわっしょいと壁を掘る。

スペースができた所へ土をがっしり固めて腰下ぐらいの四角い囲いを作る。ここに水を溜める。

で、床を掘って溝を作りそれをウォータースライムのいる穴へと繋げる。

最後に壁を作って完成だ。割と広々と水を浴びれるスペースができた。

ただ、水を溜めておく場所が1つしか無いから1人ずつしか水浴びできないのが難点だが。

水を溜める囲いを増やしても良いが、それだと無駄水が出るし俺が給水する手間が増える。


「ほんとに魔力多いね……これならもっとお仕事お願いできるかも?」


「やめてくれ、過労死させる気か」


「冗談だよ。決められた仕事さえすれば文句はないから」


ニアノーと軽口を叩き合う。


水が汚れるから溜めてある中には入らないこと、バケツで掬って水を浴びること。

使用後の水が未使用の水の中に入らないように徹底すること。

俺は7日に2回、水を補充しに来る。

洗濯は土桶を用意したのでそこですること、干すのは盗難防止で自分の部屋ですること。

(俺たちが最初から持っているのは着ている服だけだけど、臨時の構成員となると決まった時に着替えはもらったらしい)。


「それと、時間は男女で分けること。見張りは1人は必ず廊下に常駐させること。もめ事があれば即中止」


俺は男だからすぐに思いつかなかったが、女性がいるのを見てハッとしたんだよな。

こんな閉鎖的だけど他人がすぐ隣にいる環境だと、必ずトラブルが起こる。


等の諸々の話をする。

転生者5人は喜んでいた。

アメルダはいまいち水浴びの必要性が理解しきれないのか、懐疑的だ。

これじゃあこれを利用するのは転生組だけかもな。


「リオさん、本当にありがとうございます」


「これでやっとサッパリできるねぇ!助かったよ」


まずは作った俺からということで、水浴びを勧められたので軽く水浴びをすることにした。

後で風呂に入るつもりだが、みんなにはそれは言えない。手早く済ませるか。


実際に使ってみて色々と気になるところがあったので、ちょこちょこ直していく。

土で囲いに蓋をして使用済みの水が入らないようにしたり、地面がそのままだと土がつくので魔法でつるつるに固めたり、万が一誰かが入って来れないように内側に土で作った閂を作ったり。

やっぱり使ってみないと気付かないところってあるもんだな。


カビ防止に壁高所に通風穴も開けておいたので、入浴後はしばらく開放して湿気を抜くこと。

床は滑りにくいように固め直したが、転倒するから走らないこと。


サッと水浴びしてから出ると、5人はじゃんけんで順番を決めていた。

その後全員が水浴びし終わるまで待っている間に、アメルダは消えていた。

問題は無いと判断されたらしい。


実際に使い終わった転生者組に不便が無かったか聞く。


それから大事なことを1つ。


「内側の閂を掛けたら、この外の札が『使用中』に裏返る。人がいる時は絶対に開けない」


転生者組は神妙に頷いた。


それから細かな修正をして、少し雑談をした。

その際飯の話になったので、ふと思いついたことを話してみた。


掲示板で『誰かが日本の食べ物をフリマに出した』って書き込みを見たらしい、と。


彼らはスマホの掲示板は見ていなかったみたいで、驚いていた。

直接渡すことはしないが、間接的に言うぐらいなら俺へと辿りつかないだろう。

あとは自分で頑張って手に入れてくれ。


ようやく仕事も終わったのでニアノーと別れて箱庭に戻った。


シロとクロの大歓迎を受けて考える。

2匹も定期的に洗った方が良いよな?

思い立ったらすぐ行動、庭にシャワーの場所と排水設備を整えた。

2匹を犬用シャンプーで洗い、魔法で温風を出して乾かしてやる。

その後庭の真ん中にどでかいテントとでっかいベッドを設置し、みんなで眠った。


そんな生活を2日続けて、アメルダとの約束の日になった。

俺はいくつかある倉庫の中にアメルダとニアノーと共にいた。


「リストに載っている物は全て揃えた、確認してくれ。もちろん全て浄化済みだぞ」


倉庫には綺麗に魔物の素材が並べられていた。

俺は1つずつリストと照らし合わせて確認していく。

リストにはその素材がどう使われるかなどが書かれており、分かりやすい。


ゴブリンが多いのは分かっていたけれど、ムッシュマッシュの他のキノコ系魔物、スイートトレントなどのトレント系の魔物、それとウルフ系が多いようだ。

スライムはどこにでもいるとのことで、この辺りではウォータースライム、アーススライムなど。


そして魔物化した元動物たち。

魔物化した元動物は肉は美味いが皮や骨は魔物に比べれば質は劣るらしい。


注目したのはやはりディアベアー。

これは鹿なのか熊なのかと気になっていたが、どうも鹿がメインらしい。

しかし腕や足が太くて熊のように頑丈で力が強いそうだ。

皮はしっかり処理すれば頑丈な防具になり、角はすり潰して粉にすれば薬になる。

肉は言わずもがな美味しくて、ほとんど王都の協力者へ流す物となる。

今回はこれも揃えてくれと言っていたので、昨日獲れたばかりのディアベアーの肉があった。


「そして、これが地図の写しだ。危険域の表記、女神教の奴らの巡回路など、必要なことは書き込んでおいた」


そう言って質の悪い紙を1枚もらった。

確かめてみると、なるほど、よく書き込まれている。

俺が知っている現代の地図に比べたら、そりゃあ分かりづらいが、無いより全然マシだ。


約束通りの物を揃えてくれたので、こちらからは向こうの要求通りの物を引き渡す。

米の炊き方のメモも一緒に。


「それと、これは例の件の詫びだ」


そう言ってアメルダは陶器の瓶を差し出してきた。


「例の件とは?」


「その、ほら、時間を測る道具……あれの価値をお前が知らないことにつけ込んで騙し取ろうとしただろう?」


ああ、確かあれは貴族でも持ってない最高級のインテリアになるんだったか。

確かにあれで気分を害したが、すっかり忘れていた。


「この世界では搾取する側と搾取される側に分けられる。知らないということは罪であり、搾取され滅ぶものだ。我々はずっとそうして生きて来た」


聞けば聞くほど世紀末な世界だな。


「しかしこの2日間、ニアノーに根気強く説得されてな……。そもそもお前たちはこの世界に生まれ落ちて数日しか経っておらず、赤子と何も変わらない。生まれたばかりの赤子に無知を責めるのは酷というものだ」


……赤ん坊扱いされてる。

怒るべきところか?しかし何も知らないのは事実だしな……。


「だから私は反省した。もうお前たちの知識が無いことにつけ込んで騙したりしない。これは詫びの品だ」


「なるほどな、話は分かった。で、これは何だ?」


「前に少し話しただろう?一部の者たちの間で僅かしか流通していない希少な酒だ。酒にも興味があると言っていたのを思い出してな」


確かにそんなことも言ったな。

となると相当希少な物だということか。


「スパベリーを食べただろう?あれが完熟したら甘みが増す。しかし完熟したかどうかを見極めるのはコツがいるんだ。それをたくさん使った酒だ」


説明を聞きながら蓋を開けてみると、ベリーの甘酸っぱい香りとアルコールの匂いがした。

好きなタイプの香りだな、美味そうだ。

度数が高いとあれなので、少しだけ口に含んでみた。

すると、あの酸っぱすぎるスパベリーとは比べ物にならないぐらいに甘い風味が口に広がる。

酸味は随分とマイルドになっているが、かといってスパベリー特有の甘酸っぱさは失われておらず、そして割と強めのアルコールがじんわりと口内から喉へ、胃へと染み渡った。


「驚いたな、これはだいぶ美味い」


「そうだろう!うちで生産している物だが、スパベリーの採れる数が少ない上にほとんど王都へ流してしまうから私でも滅多に口にできないんだ。酒は好きなんだがな……せめてスパベリーの量産が叶えば……あの虫どもときたら、どこから湧くのか……」


くぅっ、と悔しそうな顔をするアメルダ。

スパベリーというのはそんなに栽培が大変なのだろうか?

それはともかく、そんな貴重な酒を飲ませてもらって誠意は伝わった。

となれば、俺もいつまでもネチネチとへそを曲げているわけにもいかない。

俺は[万能創造]のカタログを開いた。


俺は酒は好きだ、割となんでも飲む。

その中でもワインが好きなのだが、ワインは上を見たらいくらでも高値になるから厄介なんだよな。

しかし今は何でもタダで創造できる。

普通に買えば1本1万円以上するそれを、ソムリエナイフとワイングラスと共に創造した。

そしてテーブルと椅子を創造して設置する。


「貴重な物を飲ませてもらった返礼だ、ワインを開けるから座ってくれ」


「ワイン……ワインだと!?それはもしやブドウの酒か!?」


興奮しながらもどかっとアメルダが座る。

ニアノーもちょこんと座った。


「この世界にもワインはあるのか?」


グラスをテーブルに置き、ソムリエナイフでコルクを抜きながら尋ねると、興奮したように返事が返って来た。


「もちろんだ!!この国ではワインを飲めるのは王都の住民の特権であり、厳重に管理されていて王都の外へ出回ることは無い。私も王都に行った際に数回だけ飲ませてもらったことがあるのだが、それの美味いこと!ここでも生産できないかと何度も考えたが、ブドウの木の苗は手に入らなかった。あれを外に流すと極刑に課されるからと意地でも首を縦に振ってもらえなかった」


それを聞きながらワインを注ぐ。

ワインを注ぐコツは、まずテーブルに置いてサービスすること。

空気に触れるように注ぎ、グラスに対して3分目程度に注ぐこと。

そしてボトルを捻るように注ぎ切ること、だ。

ワインが空気に触れることで香りが引き出され、味わいがまろやかになるらしい。

ちなみに俺はそんな繊細な変化は分からないので完全に受け売りだ。


「さあ、飲んでみてくれ」


と言ったが、アメルダとニアノーはグラスを見つめたまま動かない。

なのでまずは俺が、とグラスを持ちスワリング……グラスをくるくる回しワインを空気に触れさせる行為……をすると、果実の匂いと、わずかな樽の香りがする。

一口、含む。

ベリーやプラムのような果実が凝縮された風味が広がる……舌触りも良く、飲み込むと心地良い余韻が続く。

普段飲んでる安ワインとは全然違う、美味い。


それを見て2人はたどたどしい手付きでグラスを手に取った。

 






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