それは秘密だよ

つとむュー

第1話 プロローグ

「それは秘密だよ」


 弟が言った。木曜の夜に都内の私のアパートの部屋に訪ねて来て。

 なんでも、私が仕事で使っている秘密兵器『スタート同期ウォッチ』を、週末に貸りたいと言う。

 その使い道を知りたかったんだけど、どうやら姉には言いたくないらしい。


「とかなんとか言って、女の子に貸そうとしてたんじゃないの?」


 急に弟の瞳が泳ぎ出す。

 どうやら図星だったみたい。


「やっぱそうなんだ……」

「ち、違うよ。女の子に貸そうとしてたのはホントだけどさ」

「じゃあ、何が違うの?」

「逆の使い方を考えていたんだよ」

「逆? それってどういうこと……?」

「俺がマスターじゃなくて、彼女にマスターになって欲しかったんだ」


 弟が借りたがっている『スタート同期ウォッチ』は、腕時計型の精密機械。

 腕時計を着けた人の筋肉の動きを察知して、別の腕時計に瞬時に知らせることができる。

 ちなみにマスターというのは、筋肉の動きを発信する側のことを言う。つまりこの腕時計をしていると、マスターの動きを複数のサーヴァントに知らせることができるというわけ。

 弟は女の子のことをコントロールしようとしてるんじゃないかと私は最初疑ったんだけど、どうやらコントロールされたいらしい。


「ほら、俺のクラスメートに東鳴ひがしなるめぐみって子がいるだろ?」

「えっ? ああ、あのめぐみちゃんね」


 めぐみちゃんというのは、弟の高校のクラスメートだ。

 二年生になってから同じクラスになったらしい。

 たびたびライブにやってきて、「かけるくんから聞いたんですけど」とことわりながら話しかけてくる。

 ちなみに翔というが弟の名前で、私は美子よしこ、そして苗字は西凪にしなぎだ。


「この前もライブ来てたわよ」


 そうそう、先月なんてヒーローショーにまで来てくれたんだから。

 そん時も言ってたなぁ、「翔くんにヒーローショーに出てるって言われて」と。

 めぐみちゃんって不思議な子だよね、私たちのライブを観たいんだか、翔に気があるんだか、どっちが本音なのかがいまいちわからない。

 

「そのめぐみに、週末遊園地に行こうって誘われてるんだよ」

「女の子と遊園地に? それってデートじゃん。やったね!」

「やったね、じゃねぇよ。めぐみの目的は俺じゃないんだよ。だって最近遊園地でロケしたんだろ? パフォーマンス動画を撮るために、ホワイトウォッチーズはさ」


 そういえば、そんなこと教えてあげたっけ。

 わざわざヒーローショーに来てくれたのが嬉しくて、ついポロリしちゃった。

 ちなみに『ホワイトウォッチーズ』というのが私たちのアイドル名。

 女性三人組で、センターがぷらっち、左がキンカ、そして右のシルフィが私なの。


「めぐみちゃん可愛いもんね。ホワイトウォッチーズ目当てで近づいてきためぐみちゃんのこと、翔は好きになっちゃったんでしょ?」

「そうだよ、悪いか?」


 カマかけたら正直に白状しやがった。

 ちぇっ、面白くない。

 さっきみたいに「秘密」って言ってくれたら可愛かったのに。


「めぐみの本心が知りたいんだ。遊園地で聖地巡礼だけがしたいのかってことを。俺という男が隣にいるんだぜ。手を繋いだりするくらいに、いい感じになったっていいはずだろ?」


 ほぉ、なんかやる気満々じゃん。

 なんか面白くなってきた。

 その時——私の頭の中に一つのアイディアが浮かぶ。


「事情はわかったわ。大丈夫、お姉ちゃんが応援してあげるから」

「この時計を貸してくれるだけでいいよ。間違っても余計なことはしないでよね?」

「わかった、わかったよ……」


 むふふふふ、余計なことをしないわけないじゃん。こんなに面白そうなシチュエーションなのに。

 私は頭の中で、週末の計画を立て始めていた。

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