第10話 オデット ― 至福

王太子殿下の行啓後、疲れた私は早い時間に就寝し、翌朝早くに爽やかに目が覚めた。


王太子殿下との婚約を断るために好きな人がいることを告白したので、両親から尋問されるのでは、と思ったけど、二人とも何も言わなかった。


だから、早朝トレーニング中に、お父さまとお母さまから話があると呼び出された時は「ついに来たか!」と覚悟を決めた。


当然好きな人は誰なのかを聞かれると思っていたのに、両親は既にそれがリュカだと言うことを知っていた。


まあ、分かり易いと言えばそうなのかもしれないけど・・。


「お前はリュカが生涯を共にする相手だと決めて後悔しないんだね?」


とお父さまに訊かれて、


「はい。私はリュカが運命の相手だと信じています。絶対に後悔しません」


毅然と答えた。


両親は顔を見合わせて頷いた。


「そうね。あなたとリュカはとても仲が良かったしね。リュカは優秀で優しいし、魔法にも武術にも優れていると聞いているわ。サットン先生もリュカなら大丈夫だろうと言っていたから良いご縁じゃないかしら?」


お母さまの援護射撃に、心の中で「よっしゃ!」とガッツポーズをする。


後は、お父さまだ・・と、プレッシャーをかけるようにお父さまを正面から見つめた。


お父さまは苦笑いして


「私もリュカを認めているよ。実の甥だし、彼なら公爵家を継ぐのも問題ないだろう。実はリュカが夕べ遅くに帰ってきてね」


と言う。


なんですと!?リュカが今この屋敷にいる?


急にソワソワと落ち着かなくなった私を見て、両親はクスクス笑いだした。


「オデットと王太子殿下の婚約が決まったという噂が学院で流れたそうだ。それを聞いて慌てて帰って来たんだよ。汗をびっしょりかいて、服も埃だらけになっていた。彼の必死さに私も少し感動したよ。オデットを想う気持ちは本物のようだ」


嬉しそうなお父さまの言葉に、私も胸がドキドキした。リュカが私のためにそんな風に必死で帰って来てくれたなんて・・・。


顔が熱くなって、両手で頬を押さえる。


「婚約を認めようと思うが、実際に結婚するのはお前が18歳になって、魔法学院を卒業してからだよ。それから、魔法学院で優秀な成績を収めることも条件だ。それでもいいね?」


「はい、リュカと結婚できるなら、私は何でもします!」


と堂々と答えた。


うん、頑張る覚悟は出来てる・・・ってゆーか、私の人生、既に日々の努力で成り立っているよね・・・?


お父さまとお母さまは私の返事に満足げに頷いた。


「・・・それで・・あの、リュカは今どこに・・・?会いに行っても・・・?」


と訊くと、お母さまが「多分食堂にいるわ」と教えてくれた。


私は慌てて両親に礼を取ると、食堂に駆けだした・・・が、途中でサットン先生に見つかって、しこたま怒られた。


淑女たるもの、常に優雅に歩きなさいとお説教されたので、私は息を整えながら、階段を降りて行った。


食堂に入ると、リュカ以外にも誰かいるようだ。


「おはよう!あら・・・・?」


と声を掛けると、リュカが振り向いた。


もう2年近く会ってなかった。


背がものすごく伸びたね。


髭も生えてきたんだ。剃り跡が大人っぽくてカッコいいよ。


ああ、何をどうしても泣いてしまう。嗚咽が出ないように両手で口を押さえる。


絞り出すように


「・・・リュカ?」


と声を掛けると、リュカが優しく微笑んだ。私の大好きな笑顔だ。


私は夢中になって、リュカの胸に飛び込んだ。


リュカの逞しい両腕を背中に感じる。


胸板も厚くなったよね。


ギュッと抱きしめられると堪らない幸福感に包まれる。


リュカの腕の中で涙が止まらなかった。


「・・寂しかった・・」


情けないけど、つい口から出てしまう。


リュカがとても小さい声で「ごめん」と囁いた。


声も前よりずっと低くなった。


すると、お母さまも食堂に入って来た。


「まあまあまあ、こんなにカッコよくなっちゃって。学院でもモテるでしょう?オデットは心配ねぇ?」


お母さま、確かにそうだけど、そんな風に言わなくても・・。すごいやきもち焼きみたいじゃない?


恥ずかしくて、顔が紅潮する。


そこへお父さまも現れた。


「オデット、リュカ、私達はお前達の婚約を認めようと思う。いとこ同士の結婚は問題ないし、リュカは優秀でオデットを大切にしてくれると信じている」


リュカは大きく頷いてくれた。頼もしい。


「公爵の後継者問題も一気に片がついて私も安心だ。実際に結婚するのはオデットが18歳になった時だ。それで構わないな?」


私はリュカの目を見つめてから、


「「はい!」」


と声を揃えて言った。


その後、私達は午餐を楽しんだ。


皆に祝福されるってこんなに嬉しいんだな。


リュカはヤンに会いに行った後、すぐに学院に戻っていった。


今度はちゃんと長期休暇の時に帰省すると約束してくれた。


「手紙も書いてね」


と言うと


「当り前だろ」


と笑う。


その透明感のある笑顔が少年の頃の笑顔と同じで、私は胸がドキドキした。




婚約の翌日、フランソワの機嫌はものすごく悪かった。


体調が悪くて、婚約祝いの午餐にも出席出来なかったから、まだ具合が悪いの?と訊くと「大丈夫だから、放っておいてくれ」と言われた。


取り付く島もない感じで部屋に籠ってしまったので、私は一人で勉強やトレーニングをした。


サットン先生に相談すると


「これは彼が乗り越えなくてはならない試練です。エレーヌ様もいるし、大丈夫だと思いますよ」


と言う。


何の試練だろう?と不思議がっていると、先生に


「そんなことよりも、新しい課題に集中しなさい」


と叱られた。




その後、しばらくフランソワは訓練や勉強に顔を見せなかった。


心配だったけど、サットン先生が「放っておきなさい」と言うので、それに従うことにした。


ところが、ある時私が早朝から剣術の訓練を受けていると、突然後ろから


「今まですみません。今日からまた練習に参加させて下さい!」


と言う声が聞こえた。


見るとフランソワが立っていた。


サットン先生は厳しい顔を崩さずに頷いて


「いいでしょう。精進しなさい」


と告げた。


一緒に練習しながら、


「どうして今まで来なかったの?」


と訊くと、息を切らせたフランソワが


「気持ちの整理がな・・」


と言う。


何だかよく分からないけど、またやる気になってくれて、私は嬉しい。


「やっぱり競い合う仲間がいると気合が入るね!」


と私が言うと、フランソワがニヤリと笑って


「そうだな。勝負は最後まで分からないからな」


と宣った。

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