時告鳥の告白

そうざ

Confessions about Chickens

 きっかけは何だったのか、今以て妻に確認をしていない。或る時、妻が「鶏を飼いたい」と言い出した。


 卵以外にメリットは思い付かなかった。何なら絞めて食べるくらいの事まで言い出す妻に、僕は真っ向から反対した。深山幽谷の一軒家ならば兎も角、我が家は住宅街の一角に存在している。少し奥まって山に囲まれていて、飼育可能な土地はあるにしても、毎朝コケコッコーは迷惑千万この上ない(雌だったら鳴かないと反目された)。


 結局、見解が相違したまま時は過ぎて行った。


 我が家はちょっと事情があって家族が別棟で生活している。敷地内には母の実家もあり、一人一人が別家計で暮らしている状態である。

 或る時、妻の留守中に妻の住まいに黙って入った事があった。何処かからピヨピヨと聴こえた。それ等は衣装ケースの中に居た。言い出したら聞かない妻の偏執的性格が知らない内に発露していたのである。


 元来、僕は動物が好きである。人間よりも好きである。この世に生を受けた命である以上、何が何でも始末しろ、などとは言えない。

 斯くして鶏小屋作りが始まった。


 言い出したら聞かないがDIYの腕が伴わない妻の作業を見兼ね、気が付けば鋸や電動ドライバーを愛用している僕が居た。偶さか隣家の個人商店が廃業し、その倉庫から廃材が手に入ったので、材料費を抑える事が出来た。狸や蛇に襲われないように窓には網戸や金網を張り、止まり木を付け、産卵箱を設え、屋根や壁には波板を張り――いつの間にか愉しんでいる自分が居た。


 その間にも、妻は何の断りもなくどんどん羽数を増やして行った。色んな品種を飼いたいという欲望だった。お陰で建設と増築とがほぼ同時進行という有様だったが、生まれて初めての鶏小屋にしてはそれなりに上手く行ったと自負している。今のところ鶏からクレームは出ていない。


 鳥骨鶏、名古屋コーチン、天草大王、ポーリッシュ、ブラマ、アローカナ、雑種――鶏に何の関心もなかった僕だが、今はすらすらと品種名が書けるくらいにはなっている。

 現在、何羽の鶏が居るのか、これは即答出来ない。両手の指では足りないくらいの事は把握しているが、最近またヒヨコが爆誕したばかりなので、また分からなくなった。


 鶏にも個性があるらしい。

 顔さえ見れば威嚇して来る奴も居れば、構って撫でて抱っこしてと寄って来る奴も居る。飼い猫が来ても「いつものあいつ」と認識して無視する奴も居れば、コケコッコーでもクックドゥードゥルドゥーでもなくフォオォゥオ~と独り言を言っている奴も居る。バケツを持って行けば「何かくれるの?」と駆け付ける奴、一度餌を銜えたら「死守するわよ」とばかりに遠くに離れてから食べる奴。誰かがミミズでも発見しようものならば、途端に奪い合いの鬼ごっこが始まる。


 昨今は卵も値上げのご時世らしいが、我が家には関係なくなった。餌代との帳尻は見て見ぬ振りをしているが、鶏を単なる卵製造要員ではなく癒しの存在として見ている自分が居るからには、充分に元は取れているのだろうと思う。いざとなったら鶏を絞めるだなんて言っていた妻は何処に行ったのやら。


 因みに僕は、鶏の唐揚げに興味が湧かなくなった代わりに、動画サイトに鶏の映像を上げて再生回数に緩く一喜一憂している。そして、今日も特に意味もなく鶏を抱っこし、彼等、彼女等の瞳を見詰めながら、鶏冠を載せた頭で何を考えているのかを想像してみたりするのである。

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時告鳥の告白 そうざ @so-za

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