第2話 落ちた瞬間

 入学してから半年で学んだのは、大学というところはつまらない、ということだった。

 それほど偏差値の低い大学に入った憶えはないのに、バカしかいないのはなぜだろう。

 大野という男に妙に懐かれたのもつまらなさを助長した。高校まではラグビーか何かやっていたとかで、日焼けした重そうな体格をしていて、頭の回転も重かった。

 友人というよりただの顔見知りのその男が、あまりにもしつこく女の子との食事会に一緒に行ってくれというので何度かつきあった。ファミレスで待っていたのは、事前に送ってきた画像とはほぼ別人の女ばかりで、会話もつまらないことこの上ない。それでも前期が終わるころには、その加工済写真ならかわいい女の子と大野はつきあうことになった。

 浮かれくるった大野からのメッセージは次第に数が少なくなった。SNSの既読ボタンを押すだけの関係なら、大野はいいやつだった。

 夏休みが終わるころ、「カノジョと別れた」と大野はメッセージを送ってきた。涙顔の絵文字のついたテキストは気持ちが悪かったが、少しはバカが治ったかと期待もしていた。

 再会した大野には、思い切り裏切られた。ことあるごとに人生の先輩風を吹かせるようになったのだ。「お前も彼女くらい作れよ。人生変わるぞ」と以前にも増して食事会に誘ってくるようになったのだ。とにかく最悪だった。

 先人の言葉は真理に満ちていると、つくづく思った。すなわち「バカは死ななきゃ直らない」。

 そういうわけで、初めての後期の授業が始まったときにはもう、ぼくは大学生活というものに厭きていた。大学生活だけではなく、人生にも厭きていたのかもしれない。

 新しい授業の始めに各自の自己紹介が始まったときも、うんざりした気分でテキストをめくっていて、聞いてはいなかった。クラスメイトの名前など覚えなくても、単位は取れる。それに、昨夜はうっかり推理小説を読みふけったせいか、やたらと眠かった。眠るまいと思っても、脳みそが後頭部から溶け出していくように意識が薄れていく。

 だから、隣に座っていた人間が急に立ち上がったとき、思わずびくついて、ついでにまじまじと見つめてしまったのだ。

 肩のあたりで切りそろえられた黒くてまっすぐできれいな髪が揺れて、その陰から明るく澄んだ瞳が現れた。

「まつした、かのんです。花の音と書いて、かのんと読みます」

 そのとき、ぼくはなぜだか、あっ、しまった、と思った。道の小石につまづいて、身体が地面に叩きつけられる直前のような、一種の浮揚感の漂う「しまった」だった。

 それは、ぼくが恋に落ちた瞬間だった。

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