ソウルイーター 勇者を暗殺した人狼

曲威綱重

第1話 勇者暗殺

冷たい雨が降りしきる夜の森。

自分の胸から突き出した腕を勇者アレンスは茫然と見つめていた。

鮮血に塗れたその手は毛で覆われ、手にはナイフのごとく巨大で鋭い爪が生えている。

「……なんだ、これは?」

ゴブりと血を吐き出しながら、彼は後ろを振り向く。

そこには返り血を浴びた俺の姿があった。

「……シュヴァルツ、お前、まさか……」

「そう、俺は人狼だよ」

狼の頭部で、俺はニィっと笑みを浮かべる。

そして、俺の後ろではかつての仲間であった僧侶アグネスと賢者シュターデの死体が転がっている。

無論、この二人も俺が片づけた。

アグネスは喉笛を食いちぎり、シュターデは自慢の脳みそごと頭蓋を打ち砕いてやった。

「きさ…ま……どうして……こん…な…」

「どうして?どうしてだと?どうしてだと思う?」

膝が折れて地面に倒れそうになるアレンスの頭を、もう片方の手で鷲掴みにして起き上がらせる。

「……これは俺の復讐だからだよ」

「……」

「長かったぜ。人狼の正体を秘密にしてお前たちに近寄り、三年間も仲間面してつきやってるのは本当に辛かった、うざかった、マジでキショかった!今思い出しても反吐がでるぜ!!」

我々魔族を異端と決めつけ、蹂躙し続ける人間。

その先兵にして魔王陛下を討伐するための生物兵器「勇者」。

数多の同胞を屠り、陛下すら誅しようとするこの不逞の輩を始末するために、俺は三年以上もの歳月を費やした。

「正確にいえば復讐の始まりなんだが、そうだな、親切な俺様が特別に教えてやろう。これがなんだか分かるか?」

アレンスの体を刺し貫いている手を開くと、そこには真っ赤に熟れた果物のような臓器が一つあった。

そう、アレンスの心臓だ。

「こいつを今から俺が喰らう。そうなるとどうなるか、分かるか?……っておい、返事くらいしろよ。ちっ、もうくたばりやがったか」

折角上機嫌で説明してやっていたというのに、肝心の観客であるアレンスの体は冷え切り、硬直し始めていた。

壊れた玩具に用はない。

雨水でぬかるんだ泥土にアレンスの死体を放り捨て、俺はアレンスの心臓を口に入れる。

一口一口咀嚼する間、口の中で鉄の味が溢れていく。

遂に俺は念願の勇者一味を始末することに成功した。

時間はかかってしまったが、成果は上々といっていい。

しかし、先ほどアレンスに語ったようにこれは復讐の始まりでしかない。

俺は早速勇者一味の荷物が置かれている天幕に入り、戦利品を収めた箱を開く。

「ちっ……毎度のことだが倒した相手の荷を漁って戦利品にするなんざ、下卑た行為で吐き気がするぜ」

魔族は相対した相手を屠った時、相手の力に敬意を払いその遺骸や装備、荷物などに手を付けることはない。

お互いの武具や呪具などをかけての特別な決闘はあるが、互いに了解を得た上での行為となるので、それを目的とした略奪などといった行為は一切発生することがない。

このような行為をすれば魔族社会では匹夫に劣る蛮行と忌み嫌われ、蛇蝎のごとき扱いを受けるのだ。

略奪を目的とした争いを起こすのは、恥知らずな人間だけである。

人狼である俺としても殺した相手の武具を剥いで装備するなど不愉快極まりない行為なのだが、今は魔族全体のため、大儀のためにそのようなことは言っていられない。

やがて連中が集めた戦利品の中に、俺が探し求めていた目当ての品が見つかった。

銀の狼の衣装が施された人狼の一族伝来の剣。

人間たちによって尊厳を踏みにじられた一族の誇りをようやく取り戻すことができた。

「ここからだ。ようやくここから始められるぞ……俺の復讐が」

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ソウルイーター 勇者を暗殺した人狼 曲威綱重 @magaitsunashige

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