れん@たん

すらなりとな

れんちゃんはここだ!

「ご飯よー! れんちゃんもー!」


 階下から、お母さんの声が聞こえる。

 しかし、私ことれんちゃんは、パソコンの前から動けない。


「たんちゃーん!

 ご飯できたから、れんちゃん呼んできて?」


 たんちゃんとは妹である。

 業を煮やした母は、妹に出動要請を出したらしい。

 引きこもりオタクの私と違って、陽キャを通りすぎギャルをやっている妹は、よくお母さんにお願いされている。

 待つこと数秒、たんちゃんがノックもなしに扉を開いた。

 遠慮なくお互いの部屋に入れるくらいには、私たちは仲がいいんだ。


「おーい、オタク、ご飯だぞ?

 かわいい妹ちゃんが呼びに来てあげたぞ?」


 そんな声が、部屋にこだまする。


(ごめんねー、かわいいたんちゃんに答えてあげたいけど、お姉ちゃん動けなーい)


 妹を真似して答えてみようとしてが、残念ながら声は出ない。

 いや、本当に動けないし、喋れないのである。

 何とかアピールしようとするも、身体も動かない。

 それでも必死になんとかもがこうとしているうちに、たんちゃんと目が合った。


 たんちゃんは、不思議そうにこちらを見て、そのまま手を伸ばし、


 ――え? 何これ?


 突如、視界が切り替わった。

 私は手に持った宝石を眺めていて、たんちゃんの声が頭の中に響いている。


 偶然、視界に入った机の上の鏡には、たんちゃんの顔が映っている。


 ――……。


 頭の中のたんちゃんの声も沈黙。


 落ち着こう。

 私は少し前までネットで拾ったフリーゲームで遊んでいた。

 とてつもなくスタートにこだわったゲームで、キャラデザまで進めるだけで午前中をつぶしてしまった。

 そのキャラデザも終わったわけではない。

 むやみにキャラデザのパターンが多く、人間キャラはもちろん、モンスターに剣や宝石まで、自由に使えるため、無駄に悩んでいるうちに時間が過ぎ、途中でゲームをやめてしまった。

 そして、ゲームを止めた途端、私は中途半端に設定したままのアバターの姿――すなわち、宝石に変わっていた。


 ――は? なにそれ?


 頭の中に、たんちゃんの声が響く。


 うん、なんだろうね?

 私にも分からない。

 何せ、私はゲームやってただけだ。


 ――ていうか、なんで私まで巻き込まれてるわけ?


 そう言われても、私の回答は「さあ?」である。

 心当たりがあるとすれば、確か、ゲームの設定じゃ宝石の場合は、拾われたNPCを操ることになってるから、そのせいだろうか。


 ――冗談じゃないわ!

   早くそれ捨てて!


 言われて、宝石を机の上に置いてみる。

 しかし、何も変わらない。

 今度はごみ箱に放り込んでみる。

 やはり、変わらない。

 どうしよう?


 ――どうしようじゃないわよ!

   ゲームじゃどうだったの!?

   乗り換えとかできるんじゃないの!?


 そう言われても、やっぱり分からない。

 私は攻略サイトは一回クリアした後に見る派なんだ。


 ――じゃあ、攻略サイト探してよ!

   なんか書かれてるかもしれないでしょ!


 仕方ない。

 未クリアのゲームの攻略サイトを見るのは主義に反するが、今は非常事態だ。

 私はパソコンを立ち上げ、


「ちょっと、たんちゃん、れんちゃんは?」


 なんて言いながら、お母さんが入ってきた。

 どうやら本格的に業を煮やしたらしい。

 仕方ない。状況を説明しよう。


 ――え、あ、ちょっと?


 頭の中でたんちゃんが何か焦っているが、気にしない。

 私はお母さんに、起こったことをありのまま話した。


「はあ、どうせお父さんが作った変なゲームでもやったんでしょう。

 私はお父さんを締め上げてくるから、早くご飯食べちゃいなさい」


 納得して去っていくお母さん。

 そうか、お父さんが悪いのか。

 やはり自称ドクターで定職についてない男など、ろくな人間ではないな。

 私も納得すると、ご飯を食べようとリビングへ向かった。


 ――え? なに? 私がおかしいの?


 たんちゃんが頭の中でうろたえている。

 何かおかしいところがあっただろうか?


 ああ、そういえば。


 お母さん、お昼ご飯二人分あるけど、食べるの片方だけでいい?



 # # # #



 そんなわけで妹ボディを手に入れてしまった私は、正月休み明け、たんちゃんの学校へと通うべく準備を進めていた。


 ――いやいやいや、なんでそうなるわけ!?


 頭の中でたんちゃんが騒いでいるが、こればかりはどうしようもない。

 正月休みが終わったこの時期、高校三年生の私は、すでに進学する大学を推薦で決めており、授業もあってないようなものだ。一方、高校一年生のたんちゃんは、言いにくいことに、成績と素行に不安がある。

 たんちゃんボディで私の学校に通うより、たんちゃんの学校に通う方がいい。

 少なくとも、お母さんはそう考えたのだし、反論も思い浮かばなかった。

 ここは私が頑張るしかないのだ。


 ――いや、頑張らなくていいから!

   むしろ反論の方を頑張ってよ!

   私の通ってる底辺校なんて、ちょっと休んでも大丈夫なんだから!


 たんちゃんはまだ納得いかないのか、私の頭の中でぶー垂れている。

 でも、たんちゃんの文句に流されるわけにもいかない。


(決まったこと、ぐちぐちといっても仕方ないよ?

 大丈夫。お母さんに半殺しにされたお父さんが、私を元に戻す方法を見つけるまで我慢すればいいだけだから)


 私はたんちゃんに頭の中でそう言うと、学校へ行く準備を始めた。

 この準備も大変だ。

 何せ、たんちゃんと私は別の学校に通っている。

 私は進学校と言われる高校に通っているが、たんちゃんはいわゆる底辺校である。

 いろいろと違うことも多い。

 たんちゃんにいろいろ聞きながら、普段と違う教科書や筆記用具を、使い慣れない鞄に詰めていく。

 予習とか、やらなくて大丈夫かな?


 ――大丈夫に決まってるでしょ?

   どうせ教科書なんて先生も使わないし。


(え? 教科書使わないの?)


 ――底辺校なめないでよ?

   みんな、教科書についていけないから。

   先生がプリント用意してんの。

   まあ、それでも授業聞いてる子なんていないけど。


 それはすごい。少し興味がわいてきた。

 私は少しやる気を出しながら、部屋を出てたんちゃんの学校へ向かおうとする。


 ――ちょっと待って? その格好で行く気?


 が、たんちゃんから声がかかった。

 どこかおかしかっただろうか?


 ――せめていつもの私と同じ格好してくれない?


 たんちゃんのいつもの格好とは、金髪にギャルメイクに改造制服のことだ。

 対して、今の私(inたんちゃんボディ)は黒髪に普通の制服である。

 こうして考えると、いつもの私と同じ格好だ。

 唯一、違いといえば、宝石(私)をハンドメイド用のチェーンでネックレスにしてぶら下げているくらいだろうか。


 ――いや、制服はスカート折ってるだけだから。

   ちょっと崩してるだけで、改造はしてないから。


(だって、スカート折るとか恥ずかしいし。

 ギャルメイクのやり方も分からないし。

 髪はお正月休みの間にプリンになっちゃったから、お母さんに白髪染めで黒くされちゃったし。

 だいたい、今からたんちゃんに変身してる時間なんてないよ?)


 ――はあ、まあいいや。

   後で後悔しないでよ?


 たんちゃんに脅されながら、学校へ。

 普段行ったことのない学校というのは緊張する。

 見慣れない校舎というのはもちろんだが、生徒と先生の雰囲気が全く違うのだ。

 少なくとも、私の通っている高校では、壁に落書きはないし、予鈴が鳴ってるのに廊下に座り込んでスマホやゲーム機をいじっている生徒はいないし、朝からあっちこっちで先生の怒鳴り声も聞こえてこない。

 ちょっと怖くなってきた。


 ――こんなので怖いとか言ってたら、教室に入ったら腰抜かすよ?


 たんちゃんの声にくじけそうになりながらも、なんとか教室の扉を開く。


 みんな髪がカラフルだ。

 そして誰もきちんと席についていない。

 床に座り込んでゲームやってたり、椅子に体育座りでお化粧してたり。

 教室の後ろでは、布団を広げて寝ている生徒に、ボールを投げる生徒、それをバッドで打ち返している生徒までいる。


 あ、金属バットの豪快な音とともに、ボールが窓の外へと飛んで行った。

 すごい。

 これが底辺校。

 感動していると、視線が徐々に私に集まってきた。

 さっそくバレたのだろうか?


 ――いや、バレるとかありえないから。

   誰が妹と姉が入れ替わったなんてぶっ飛んだ発想するのよ!


 それもそうか。

 じゃあ、この静まり返る教室と集まってくる視線はなぜ?


 ――だから、お姉ちゃんの格好がおかしいの!

   普通の学校ならお姉ちゃんの格好が普通なんだけど、ここじゃ逆になるの!

   お姉ちゃんだって、友達が突然金髪にギャルメイクになったら困るでしょ?


 なるほど。

 たんちゃんの言葉に頭の中でうなずいた私は、せめて自然に振舞おうと、たんちゃんの席に着く。

 隣の席は、幸い、私も見たことのある、たんちゃんの友達だ。

 確か、さっちゃんって呼ばれてたっけ?


「おはよう」

「お、おう」


 ――あーあ、さっちゃん、困ってるよ。

   ごめんね、さっちゃん。

   全部お姉ちゃんが悪いんだ。


(いや、悪いのお父さんだからね?)


 心の中でたんちゃんに抗議しながら、私は授業の準備を始めた。



 # # # #



「ただいまー」

「お帰りなさーい。学校どうだった?」


 授業の後。

 帰ったら、お母さんが出迎えた。

 やっぱり気になるのか、さっそく学校の話になる。


「うーん、普通だったよ?

 授業前はみんなすごかったけど、授業も静かだったし」


 ――違うからね?

   お姉ちゃんとかいう異物が入ってきたからだからね?

   みんな、騒ぐどころじゃなかっただけだからね?


 たんちゃんが何か酷いことを言っているが、本当に授業は滞りなく終わった。

 聞いていたのと違い、先生はちゃんと教科書を使うし、生徒も授業を聞いている。

 これなら何とかなりそうだ。


「ええっと、お父さんは? 私のこと、戻せそう?」

「とりあえず、捨てても効果はないけど、所有権さえ移れば、誰かに入れ替われることは吐かせたから、ネックレスは盗まれたり忘れたりしないようにしなさい。

 お父さんはしっかり、きちっとと、れんちゃんを戻せるようになるまで監禁してるから、もうちょっと待って?」


 そうか、監禁してるのか。

 それなら何とかなりそうだ。


 ――本気で言ってる?


 たんちゃんは疑っているが、お父さんの事を一番良く知っているのはお母さんだ。

 信じるしかないだろう。


 ――信じるのは勝手だけど、明日から悲鳴上げないでよ?

(もう、昨日から、ちょっと大げさじゃない?)


 今日も滞りなく終わったから、きっと大丈夫。

 たんちゃんを安心させようと、努めて楽観的な思考を取りながら、私は自分の部屋に戻っていった。



 # # # #



 しかし、翌日。

 私はたんちゃんの言葉通り、悲鳴を上げそうになっていた。


 昨日から静かだった教室は一転、授業中でもおしゃべりは止まらず、スマホは鳴り響き、バッティングのボールや枕まで飛び交う始末。

 先生の方もビニール傘で飛翔物を防御しながら、淡々と授業を進めている。

 もちろん、私、というか、たんちゃんのスマホにもメッセージが入りっぱなしだ。


 ――まあ、慣れたら皆こんなもんよ。

   それより、話しかけられないように下向いてて。

   それから、スマホの返信もしなくていいから。


(え? しなくていいの?)


 ――だって、お姉ちゃんに、授業中にスマホいじるなんてできないでしょ?


 それはそうだ。

 高校生活三年、まじめに過ごしてきた私には、授業中にお話ししたり、机の中で誰にもばれないようにスマホをいじるなんて器用なことはできない。

 でも、休み時間になったら返信すれば、


 ――休み時間でもいいなら、初めからスマホでやらずに直接、話してるから。

   休み時間になってから返信してももう遅いの。

   既読スルー扱いされるわ。


(じゃ、じゃあ、どうすれば?)


 ――放置でいいわよ、もう。

   そりゃ、グループからはブロックされるだろうけど?

   元に戻ってからまた仲良くなればいいし。


 すごい、たんちゃんがたくましい。

 感動していると、


「好きです! 付き合ってください!」


 突然、男子生徒に告白された。

 断っておくが、今は授業中である。

 が、周囲からは「ひゅー」と冷やかす声が上がる。

 私が呆然としていると、たんちゃんの声が鋭く響いた。


 ――はい! お断りします、って言う!


「お、おことわ」


 ――もっとはっきり! 大声で!


「お断りします!」


 途端、教室から、「ぎゃはははは! 振られた!」という笑い声が響いた。

 告白した本人も笑っている。


 ――はい、そこで黙らない!

   チャラ男卒業してから出直してこい、って言う!

   はっきり! 大声で!


「ち……チャラ男卒業から出直してこい!」


 やけ気味な私の声が響く。

 またも響く笑い声。


 ――はい、そしたら先生の方、向いて!


 言われるまま、先生の方を見た。

 先生は目が合うと、


「おいお前ら、高嶺の花に手を出す自殺行為はやめろー。

 恥ずかしいだけだぞー。

 先生も昔はな――」


 雑談を始めた。


 ――よし、何とかなったわね?


 たんちゃんのそんな一言とともに、とりあえずその場は収まったが、収まったのは本当にその場だけだった。


 たんちゃんと入れ替わって一週間。


 男子生徒からの告白ラッシュは、なんと今も続いている。

 授業中、昼休み、放課後。

 女の子なら一度は夢見るシチュエーションかもしれないが、相手が怖そうな不良さんで、面白がってやってるんだから質が悪い。


 ――そう? 私は割と面白かったけど?

   あの田中と佐藤が同時に来てケンカ始めたときとかウケたし。


 しかし、私の中のたんちゃんはしっかりと面白がっている。

 放課後の廊下を歩きながら、私はたんちゃんに抗議を入れた。


(もう、たんちゃん、面白がってないで何とかして?)


 ――何とかって、なんともならないわよ。

   うちの学校じゃ、まじめちゃんなんて珍しいし。

   ギャル男からすればワンちゃんヤれそうに見えるんじゃない?

   ま、最初にギャルメイクやら何やら面倒くさがったんだから、諦めて。


(じゃあ、いまからでも前のたんちゃんみたいな恰好したら、戻る?)


 ――戻るだろうけど、私のフリ、できる?


 ちょっと無理かもしれない。

 少なくとも、告白ラッシュで遊ぶような感性は持っていない。

 不良さんやギャル仲間に話しかけられて、あっという間に詰むだろう。


 ――まあ、そうでしょうね。

   むしろ、この程度で済むんだから、変に化粧とかしなくてよかったのかも?


(この程度? まだ先があるの?)


 ――んー、そうね。

   告白、断ってきたけど、ちょっと面倒なのがいてね。


 はて、私にはみんな同じ不良さんで面白がっているようにしか見えなかったが、そんな危険人物がいただろうか?


 ――ほら、金髪ピアスの……って、みんな金髪ピアスだったわね。

   まあ、とにかく、告白してきたヤツ。

   その中に、しーちゃんの彼ピがいたのよ。


(しーちゃんって?)


 ――私のギャル仲間。

   ソイツ、二股も平気でするし、女も襲うクズだから。


 たんちゃんがそういった直後。

 急に手を引かれた。


 そのまま、校舎裏に引きずり込まれる。


 引っ張ったのは、先日、告白してきた男子生徒。


 ――コイツよ! しーちゃんの彼ピ!


 焦ったような、たんちゃんの声。


 しーちゃんの彼氏さんは、私を校舎の壁に押し付けると、



「すみませんでしたあ!」



 土下座した。


「え?」

 ――え?


 私の声と、頭の中のたんちゃんの声が重なる。


「この間、罰ゲームで告白したんだけど、俺のしーちゃんが怒っちゃって!

 初めは説得しようとしたんだけど、しーちゃんから

『私が好きなんて嘘でしょ! 私と別れる気でしょっ!?』って言われて、

『ああ、俺のことが信じられないなら別れてやるよ!』って言っちまって!

 そしたら、それ面白がって聞いてたコイツが、

『よし、じゃあ、お前ら別れたんだから、これからたんちゃん襲いに行こうぜー』ってなって!」

「ちーっす、うちのバカがごめんねー?」


 後ろから出てきたのは、金属バットを持った別の男子生徒。

 よく見ると、しーちゃんの彼氏は教室でボールを投げていた生徒で、もうひとりはそれを打ち返していた生徒だ。


「いや、ノリでこうなっちゃったんだけど、コイツがしーちゃんと復縁するの、協力してくれね? コイツ、いろいろ悪い噂話あるんだけど、しーちゃん一筋だから、何とかしてやりたいんだわ」

「いやお前も煽ったの悪くね!?」

「まあ、ほら、それは置いといて」

「適当に流すなよ! お前も謝れや!」

「まあ、まあ、ほら、謝ってばかりじゃ、話、進まないじゃん?

 というわけでさ、俺がたんちゃん襲うふりするから、コイツに助けられたってことで、よろしくやってくんない?

 悪いことに、俺が『襲う』って言ったの、他のヤツらに聞かれちゃってさ。

 みんな大喜びで『襲うってよー』って盛り上がっちゃって。

 こうなったら、ほら、一応オレらも不良だからさ。

 襲うって言った以上、舐められないように、襲わなきゃいけないわけ」


 ――はあ、バカじゃないの?


 頭の中では、たんちゃんの呆れたような、でもどこか嬉しそうな声。

 正直、私にはさっぱりわからない文化だ。

 もはや私の通っていた学校とは別の文明を形成しているといっても過言ではない。

 こういうのは、よく知っている人に任せた方がいいだろう。


(たんちゃん、どうしよう?)


 ――しょうがないから、付き合ってあげたら?

   ただし! ホントに襲われそうになったら逃げるのよ!


 たんちゃんの許可も取れたし、私は不良さん二人に声をかけた。


「ええっと、いいよ? でも、ホントに襲わないでね?」

「もちもち。それじゃいくよー?」


 やる気のない声とともに、スマホを校舎の窓に引っ掛けて録画ボタンを押す不良さん。そのまま、私の前に立つと、ゆっくり金属バットを振り上げる。


「あ、ゆっくりでいいからよけてね?

 あとで編集するから、やる気はなくていいから」


 私がうなずくと、ゆっくりと金属バットが振り下ろされる。

 避ける私。

 しーちゃんの彼氏さんが間に入って、金属バットを止め、


 そこで、スマホが鳴った。


「あ、私だ」

「あらら。いったんストップね。でていいよ?」


 金属バットさんの許可が出たので、スマホを開くと、そこには、さっちゃんからメッセージが入っていた。


 しーちゃんの彼ピが襲うって話があったんだけど!

 大丈夫?


 ――私たちの間でも襲われるって話が広がってるみたいね。

   あーあ、さっちゃんに心配かけて。

   戻ったらなんて言おう。


 ちょっと困っていると、彼氏さんが話しかけてきた。


「どうした?」

「いや、さっちゃんから、襲われるって聞いたけど、大丈夫? って」


 それを聞いた金属バットさん、


「あー、もうそんなに話が広まっちゃったか。

 いいや、いま襲われてるって返しちゃって?」


 言われたまま返すと、すぐに返信が。


 は?

 ヤバいんですけど?

 どこにいんの?


「えーっと、さっちゃん、どこにいんのって」

「ふつーに校舎裏って返して」


 言われたまま、校舎裏、と返す。

 秒もせず、返信が来た。


「すぐ行く、待ってて、だって?」

「よし、これで目撃者ゲット! ラッキーって感じ?」

「目撃者がいるのは良いけどよー? 俺らそんな演技力なくね?」

「ま、なんとかなるっしょ! バレたら、さっちゃんにも土下座すればいいし」


 なんと軽い土下座だろうか。

 私がまたも文化の違いに衝撃を受けていると、足音が近づいてきた。

 目くばせする三人と脳内の一人。


 彼氏さんが離れ、金属バットさんがバットを振り上げた状態でスタンバイし、


「貴 様 ら 何 や っ と る か ぁ ! !」


 なんと、先生が彼氏さんの手をひねり上げた!


「っ! やべっ!」


 驚いた衝撃か、金属バットさんが、勢いよくバットを振り下ろす!


 が、衝撃の前に、さっちゃんが、私と金属バットさんの間に身体を滑り込ませた!


 まずい!


 とっさに、金属バットを受け止める!


 なんと、金属バットの方が、曲がった!


「は?」(は?) ――は?


 私たちの間で、声が重なる。

 それはそうだろう、普通なら、細いたんちゃんの手の方が折れるはずが、金属バットの方が曲がったのだ。


(そういえば、ゲームでアバターの能力値は最大にしたんだっけ?)

 ――それよ! ああもう、どうすんのこの状況!


 いや、まだ大丈夫!

 先生もさっちゃんも、この状況だと私が二人に襲われてると思い込んでるはず!

 不良さんも混乱してるし!

 それなら!


 私はネックレスを外すと、金属バットさんに巻き付けた。

 私の所有権が、たんちゃんから、金属バットさんへ移る。

 意識と視界が、変わった。


 ――え? なに?


 戸惑っている金属バットさんが何か悟る前に。


 私はネックレスをたんちゃんの方へ放り投げ、


 再び意識が消える前に、金属バットさんの頭を、金属バットで強打した。



 # # # #



 次に意識が戻ると、誰もいない校舎裏だった。

 身体を確かめると、ここ数週間ですっかり慣れた、たんちゃんボディだ。

 どうやら、たんちゃんはしっかりとネックレスを拾ってくれたらしい。


 ――はあ、もう、急に無茶しないでよ?


(ごめんね? それで、どうなったの?)


 ――多分、お姉ちゃんの予想通りよ。

   しーちゃん彼ピと金属バットは先生とさっちゃんに土下座。

   金属バットが自分殴ったから説得力マシマシでみんなお咎めなし。


 どうやら丸く収まったらしい。

 頑張った甲斐があったというものだ。


 ――頑張るのは良いけどさ、ネックレスから宝石が外れちゃって。

   探すの大変だったんだから、気を付けてよね?


 どうやら、ひと悶着あった後、私を探しに戻ってきてくれたようだ。

 一緒に探してくれていたのだろう、さっちゃんがこちらへ駆け寄ってくる。


「あ、見つかった?」


 ――うん、ばっちり、さっちゃんが言ってた場所に転がってたよ

「うん、ばっちり、さっちゃんが言ってた場所に転がってたよ!」


 たんちゃんの心の声を、ノータイムで伝える。

 すっかり、この状況にも慣れてしまった。


「よかったねー。

 あ、しーちゃんも彼氏と仲直りできたみたい。

 正直に全部話したみたいよ?

 ま、付き合ってる二人に秘密なんてない方がいいってね」


 ――ほんと、そうよね

「ほんとだよね」


 冗談めかして言うさっちゃんに、ノリよく答えるたんちゃんの声。

 私もそのまま伝えるつもりだったが、


「うーん、たんちゃん、それブーメランだからね?」

「え?」

「何でもないよー。元に戻ったら、しっかり説明してもらうから!」


 さっちゃんはそう言い残して、去っていった。


(いい学校だね、たんちゃん?)

 ――まあね。

   それより、元に戻ったら、さっちゃんの説得、手伝ってよ?


 私たちも、そんな会話を交わしながら、さっちゃんの後を追った。

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