【himitu】

朝詩 久楽

himitu

 僕には余り知られていない、秘密がある。

 僕は物書きを生業としている。物書きは物書きでも、詩人ではなく、所謂いわゆる、推理小説家である。今では読者の方々や編集の方々に、先生々々と云われる迄に至っているが。其の実、僕の本当の夢は未だ叶っていない。僕は事件や狂気、人間の闇を色濃く描写する推理小説家ではなく、平和で仄々と暖かい詩を書く、詩人になりたかったのだ。

 僕の尊敬している作家の方は宮沢賢治氏で、お気に入りの作品は同者の書き上げた「雨ニモマケズ」である。此れは、僕が子供の頃から変わっていない。決して変わることはない。

 僕が「詩人になりたかった」と云う理由は至って簡単で、死者を出したく(描きたく、若しくは、描写したく)なかったのである。死者と云っても本当に人が死ぬ訳ではない。あくまでも、現実ではなく、物語の中でのお話しだ。しかし、架空の世界の住人であるとは云え、人を殺してしまうのに僕は心を握り掴まれるような罪悪感を覚えて了うのだ。今も尚、そうである。酷い時には罪悪の余り、酷な夢にうなされる事もある。だが、どう云う訳か、僕の推理小説は読んでいて面白いらしく、編集の方からの懇願を受け、本来一冊で終わらせる筈であった【晩死】と云う推理小説を僕は決して慣れぬ心苦しさと闘い、何とかアイデアを振り絞り、計4冊に渡って物語を書き綴った。

 明日、明後日、明明後日を生きて行くため、今は来年出版予定の推理小説と共に、公募へと向けた詩集を幾つか書き綴っている。

 今でも諦めず、公募に詩を出し続けている。併し、どうやら、私に詩の才能は狭霧のように薄いらしく。選考結果は良くても2次選考止まりであった。

 心が疲れ果て、人殺しの闇に身を委ね、呑まれて了うのが先か、将又はたまた、今迄に積み重ねてきた努力が実り、花開き、詩人として穏やかに生きて行けるようになるのが先か、今日こんにちに至る迄、そして、此れから先、僕はそう云う闘いをしている(若しくは、して往く)のだ。

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