第188話 呼ぶことになった

「大尉、気持ち悪いですよ」


「失礼だな。気持ち悪いって何だ」


「そのままストレートの意味ですが?」


「うわ、ひでえ部下だ」


「酷いのはどちらですか。つきまとっているとしか思えないくらい耳聡いじゃないですか。下手をすればストーカーだと思われかねませんよ」


「辛辣だなぁ」


「至極、真っ当な評価だと思います」


 そう言いながら大川曹長は俺の方を見た。

 え? 俺にそれを確認しようというのか?

 大川曹長は俺のコネを潰しにかかっているんじゃなかろうかと思ったさ。


「やっぱり、ひでえ」


 遠藤大尉が愚痴ったことで有耶無耶になったけどね。


 まあ、大川曹長の言うようにストーカーじみていると思ったのは内緒だ。

 本人には気付かれているかもしれないけど言わなければ波風なんて立たないからね。

 言わぬが花って言うだろ?


「張井、職人は東京に来ているんだろう?」


「連れてきてはいますけどね。今日はダンジョン攻略じゃなくて大人の修学旅行の最中ですから」


 緊急事態でもないのに呼び出したんじゃ皆が楽しんでいるところに水を差すことになる。

 俺が今朝になって急遽こちらに来ることが決まったときは護衛が必要だ何だという話になったけど、予定が決まっていたこともあり俺だけが来ることになったのだ。


 とにかく女児が弟子入りしたいという話をするのは日を改めてということにしたいところだ。


「何やってんだよ、張井。修学旅行なんて学校を卒業した人間がすることじゃないだろ?」


 遠藤大尉は困惑気味に苦笑している。


「そうですか?」


「在学中でもそうそう参加するものじゃないだろう。俺の通っていた学校には修学旅行自体がなかったしな」


 今度は遠藤大尉以外の大人たちが困惑する番だった。


「ここは日本ですよ。修学旅行のない学校なんてありませんし参加も強制とは言いませんが確定しているようなものです」


「おいおい、それは本当かよ」


 遠藤大尉が隣にいる大川曹長の方を驚きの目で見た。


「張井さんの言うとおりですよ」


「カルチャーギャップだねえ。日本は奥が深い」


 感心したように腕を組んだ遠藤大尉がウンウンとうなずいている。

 だが、すぐに「待てよ?」という顔になった。


「それなのに修学旅行にこだわる理由は何だ? いや、職人たちは初めてなのか。そうか、そういうことか」


 何か誤解しているな。


「これを企画したのは真利が病気で小学校の修学旅行に行けなかったからですよ」


 わざわざ訂正する必要もないかとは思ったが、その時にはもう言ってしまっていた。

 隠すようなことでもないから構わないんだけどさ。


「なるほど。その時の行き先が東京って訳か」


 やはり遠藤大尉は勘がいい。


「そうですね」


「それで今日は何処に行ってるんだ?」


「スカイツリーですけど」


 そう言ってから、ひとつ気がかりなことを思い出してしまう。

 それが表情に出ていたようで遠藤大尉が目敏く気付いた。


「なんだ? スカイツリーに何かあるのか?」


「いえ、そっちには何も問題はありませんよ。一部の者が高所恐怖症だったことを思い出しただけです」


 俺の言葉を受けて遠藤大尉は該当者が誰かもわからぬまま同情的な目つきになった。


「酷いものだな。そういうのは少し配慮してやれよ」


 すっかり忘れていたのだから無理な相談だ。

 仮に覚えていたとしても予定を組んでいる時点で隠れ里の民が参加することなど想像もしていなかったのだから配慮のしようがない。


「仕方ありませんよ。色々あるんです」


 いちいち説明していられないので濁しておいた。


「そういうことだったら苦手な職人はこっちに呼び出せるんじゃないか」


 まあ、そうなりますよね。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 呼び出したのは言うまでもなくジェイドであった。

 何故かメーリーも一緒にいる。


「メーリーは高いところ苦手じゃなかったよな」


「こっちが気になったので来ました」


「あのなぁ」


 俺たちには見舞いに来る理由がないのに押しかけるのは非常識だと苦言を呈そうと思ったのだが。


「メーリーはポーション職人じゃ」


 青い顔をしたジェイドがボソッと呟くように言った。


「あ、そうなんだ。それじゃあ場違いなのはジェイドの方か」


「勘弁してくれ。あのような高い場所はこりごりだ」


 思い出しただけでもダメなのかブルブルと震え上がるジェイド。

 俺とメーリーは苦笑するのだが、こちらに集まる視線を放置している訳にもいかない。

 遠藤大尉の方を見ると少しばかり呆けたような表情になっていた。

 大川曹長も似たような感じだ。


「呼ぶように言ったのは大尉でしょうに。何をボーッとしてるんですか」


「いや、誰だかわからなかったからさ」


「声でジェイドさんだとわかりましたが」


 遠藤大尉も大川曹長も夢から覚めた後のようにボンヤリした感じから抜け切れていない。


「あー、そういえば変装したままでしたか」


 ジェイドとメーリーは変装用指輪を起動状態にしてたんだっけ。

 俺は同調指輪を使っているから元の姿で見えているけど、遠藤大尉や大川曹長からすると別人にしか見えないのを忘れていた。


「変装って前に連絡のあった件の」


「そうですよ」


 返事をしながらジェイドとメーリーに目配せをすると、2人は指輪に魔力を流して指輪の機能をオフにした。

 瞬時にジェイドはヒゲもじゃの顔に戻り、メーリーは耳が長くなった。


 驚きの声が病室内に木霊する。

 沢井だけでなく病院関係者であるはずの医師と看護師もだ。


「そんなに驚かなくてもニュースとかで見たことあるでしょう」


「張井さん、無茶言わないでください」


 大川曹長にツッコミを入れられてしまった。


「一般の方はエルフもドワーフもじかに見たことなんてないんですよ」


「そこまで騒ぐほどのことではないと思うんですが」


「御屋形様よ、喉元過ぎれば熱さを忘れると言うじゃろう。つい先日、酷い目にあったのを忘れたのか?」


 ジェイドに指摘されて納得がいった。


「そっかそっか。あの件が嫌で変装用指輪を使うようになったんだっけ」


「君らは本当に想像の斜め上を行ってくれるよな」


 遠藤大尉からも呆れた様子でツッコミを入れられてしまった。


「そうですか?」


「一瞬で姿が変わる魔道具なんてものを作るんだから驚くなと言う方が無茶ってものだ」


「そんなこと言われても、騒がれるのがあまりにも鬱陶しかったからしょうがないじゃないですか」


「確かに申請までしてくるくらいですからね」


 大川曹長が苦笑している。

 他人事だからそんなものかと思ったが、これのおかげか以後は驚いた直後のような張り詰めた空気が霧散していた。

 ただ、病室に誰が来るかわからないので変装用指輪は再び起動させたけどね。


「それでワシらのところに弟子入りしたいというのが、その娘か」


 眼光を鋭くさせたジェイドに見られても女児はその瞳を見返すのみであった。

 沢井の方がビビっていたくらいだ。


「事情は聞いておるから特例として認めん訳ではないが住み込みになるぞ」


 女児は視線こそ外さないものの無反応だった。


「住み込みというのは師匠の家で暮らすということよ」


 メーリーが補足すると小さくコクリとうなずいた。

 理解してからの反応が早いね。

 子供にありがちな無思慮な決断とも異なる落ち着きを感じるので最後までやり通してくれそうな気がする。

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