多面体

あばら🦴

 いつもの帰り道

 私は高校からの帰り道、共に帰るクラスメイトがいる。

 彼女の名前は須藤カナさん。高校で友達が一人もいない私と違って、須藤さんはみんなの人気者だ。誰に対しても愛想を振り撒き、よく笑う姿に生徒も教師も男女問わず好感を持ち、いつもたくさんの友達に囲まれている。

 そんな彼女が私と帰るようになったのは、二年に上がってクラスが一緒になってすぐのことだったと思う。一緒に帰る時の須藤さんは、教室で見る須藤さんとはどこか雰囲気が違っていた。


 放課後、どうして私なんかと帰りを共にするのか、それとなく聞いてみたことがあった。


『フミちゃんは私と同じな気がするんだ』


 返答はそれだった。



 ――――――



 今日は雑談の流れで音楽の話になった。


「―――フミちゃん、アレまだ聴いてなかったんだね」

「いや、一回聴いたけど、なんだかなって感じかな……」

「そっか」


 須藤さんは渇いた笑いをする。


「私もそう思ってるよ。でも流行ってるみたいだからさ。話合わせるために流行りの曲は聴くようにしてるの」

「へぇ。た、大変なんだね、人気者も……」

「大変? ラクなもんだよ。『私もこれよく聴いてるよ』って言えば簡単に人と仲良くなれる。嘘でもね。なんか知らないけど、みんな誰かと一緒なことが嬉しいみたいなんだ」

「えっ……。そ、それ言っていいの? 私に」

「うん。だってフミちゃんは私と同じなんだから」

「いや、それにもまだ納得いってないよ? 私なんかが、どうして須藤さんと……」

「ふふっ。まさにそんなところ」


 須藤さんは私に笑いかけた。

 それは他の人に振る舞う笑顔とは違う、底なしの奈落のような笑顔で、私は少し足がすくんだ。これが本来の彼女なのだろう。


「フミちゃんが今否定したのって、謙遜じゃない。そんなところが同じなの」

「よ、よく分からない……よ?」

「簡単なことだよ。フミちゃんは私と同じだって言われても全然嬉しそうじゃないんだ。そこだよ。……ねぇ、他人と同じなことって、何が嬉しいんだろうね」


 ある程度スッキリした気がした。

 なるほど、その部分で言えば確かに私と同じだ。


「須藤さんは、分からないの?」

「うん。『あなたと一緒だよ』って言うと人と仲良くなれるんだ。どうしてだろうね。私は、人と一緒だと何がいいのかがよく分からない。一緒だからなんなんだ〜って感じ。それでもね、子供の頃から『同じ』を示していく人間関係を見てきてさ、私も見よう見まねでやってみたら、今じゃ学校の人気者だよ」

「そ、そうなんだ……。で、でもなんで、人気者になりたがったの?」

「ん? ……なんでだっけなぁ。……そうするのが普通だから?」


 その須藤さんの語りはゆっくりだった。


「私はいわば多面体なの。人に見せる『面』を都合良く選んで、相手にとって喜ばしい存在だと信じさせて好感を得る。それが、ズレてる私の生き方だった。でもね……私はずっとつまらなくて、喜ぶのはいつも相手の方で。もう疲れてきちゃってねぇ」

「そ、そっか。じゃあ私にも、『面』を選んでる感じなの?」

「いや? フミちゃんは別だよ。フミちゃんと最初に話した時にビビッと来たんだ。君は私と同じだ、って。……フミちゃんと一緒に居ると、同じなことの嬉しさが分かるかもしれないって思ったの」

「……え、えへへ、た、大役に感じるかも」

「そんなことないよ。私はフミちゃんと一緒に居るだけで楽しいから」


 須藤さんは空を見た。今まさに夕日が身体を隠しているところだった。


「フミちゃん。今の言葉、嬉しかった?」

「…………」私は何も言わない。

「あはは。嘘つかないだけ信用されてると思っとくね。でも、私が今言ったことは嘘じゃない」

「う、うん。分かってる……。私も本当は、須藤さんが話しかけてきて、とても嬉しいの。わ、私、本当に友達いなくて、須藤さんが話しかけてくるのが、いつも楽しみなんだ」

「……ふふっ」


 須藤さんは微笑んだけどどこか寂しげだ。

 私は何か間違えてしまったのだろうか。

 と思っている時、須藤さんは言った。


「本当に私そっくり。私って、私から見たらこう見えるんだね。これは確かに好きになっちゃうな」

「…………」私は何も言わない。

「ねぇ、あの夕陽がずっと落ちなければいいな、って思ったことある? 今はそんな気持ちかもしれない」

「あるよ。と、というかいつも思ってる。こうしていつまでも話してたいな、なんて……」

「『いつも』か……。私は違うなぁ。本当ならいつも、夕陽が早く落ちて、また朝になって、この時間になって、フミちゃんとまた違う話をしたいな、って思うんだ。でも今日だけは永く落ちないでくれって思うよ」

「ど、どうして……?」

「彼氏ができるの。明日、オーケーって返事をする。明日からフミちゃんとはなかなか帰れなくなる」

「そ……そうなんだ」


 私は言葉に詰まった。

 それは別になんとも思ってないからなのだが、須藤さんにはショックだという風に映っただろうか。

 楽しみが無くなるのは残念だと思うけど、寂しいとは思えなかった。

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