#27 バスケの一対一の難しさ、そして起こる悲劇
結局あのドッジボールで盛り上がって疲れまくった俺たちは、休んでいた。俺は淡々とやったためそこまで目立たなかったものの、石井の活躍を見て、女子が少し見る目を変えているのがわかる。
「石井君、結構良くない?」
「わかる、いざとなったら頼りになりそう」
よかったな石井。モテ期到来したぞ。まあ俺はいいかな。モテ期とか別に羨ましくないし? 仲のいい女子がいればいいんだよ。そうやって心の中で嘆いていたら、伊藤さんがこっちに来た。
「神里君」
「どうしたの? 伊藤さん」
「・・・・・・かっこよかったよ?」
少なからず俺のことを見てくれていた人も存在した。俺はそれだけで嬉しい。全員にモテたいとかいう夢物語はとうの昔に捨てている。伊藤さんとはそこそこ仲良くなれていると思うのでむしろ嬉しいな。
「それはありがとう。でも俺より鈴木や石井、真斗の方が目立ってたし、活躍したからな」
「そんなことないよ。あの三人は確かに目立ってたけど、神里君は裏でしっかり当ててたし、しかも女の子に対しては配慮してた」
そこまでバレてるのか・・・・・・。彼女の観察力の高さに驚愕しながらも、俺は愛想笑いをした。
「てか伊藤さんっていつ当たったっけ」
「・・・・・・最初の方に鈴木君に当てられた」
まあ鈴木ならそこそこ球速いけど、怪我するほどではないので大丈夫だろう。
「てか、伊藤さんは石井のところ行かなくていいの?」
「・・・・・・うん。少し苦手だし」
まあ伊藤さんと真逆のタイプだしな。しかも彼女からしたら、自分のことを軽く見られていたわけだしな。それなら嫌いにならなくても、苦手意識が生じるのは当然のことかもしれない。
しばらく二人で雑談していると、莉果がこっちに向かってきた。手にバスケットボールを持っている。
「ねえ怜遠。一対一しなさい」
恐らく俺とバスケで対決したいということか・・・・・・。なんでだろうか。俺は特別バスケは得意ではないし。やるなら真斗とか鈴木とやった方が楽しいと思うんだが。
「なんで俺?」
「単純にやりたいだけよ」
そんなことか。まあ体力は回復してきたし、一回くらいはいいだろう。
「一回だけならいいよ。時間的にももうそんなにないし」
「わかった」
「神里くん、莉果と対決するの?」
「大田さん。どうしたの?」
すると大田さんは俺の耳元で。
「莉果、中学の時バスケ部だったから気をつけて」
俺は今まで知らなかったことを聞いたので、少し驚いた。確かに彼女は運動神経いいけど、それはバスケをやっていたこともあるのだろう。
「三点先取、一本一点ね」
まずは莉果が先攻なので、俺はとりあえず彼女の動きを見ようと、じっくり観察していると、前に進もうとしてきた。しかも俺がいくらディフェンスをしてもだ。そりゃバスケなんだから前に進むのは当たり前だと思うかもしれないが、何度も前に進むのを邪魔されたらスリーポイントを打とうとするのが妥当だろう。
なので俺は、彼女がスリーが苦手だということを踏んで、前に進ませないようにした。しかし経験者からボールを奪うのは簡単ではないので、お互いに全然動けなかった。
「やるわね。怜遠」
そう言った途端、彼女は一気に俺の横を抜けていった。やっぱり彼女の身長的に俺から抜けるのは難しくないんだろう。とりあえず最初は動きを読もうと思ったのでもう邪魔はしなかった。
彼女の手から、ボールが放たれる。そのままゴールに入って、残ったのはボールが跳ねる音だった。彼女は大田さんに向かってピースをしていて、大田さんはそれを見て笑っていた。それを見て俺は、女子の友情っていいなと思った。
次は俺の番なので、莉果からボールを受け取り、まずは状況を把握する。ゴールまでの距離や、莉果の目線。それを把握した上でドリブルを始める。確かコツは『ボールを強く低く早くつく』『ディフェンスに取られない位置でドリブル』だった気がする。しっかりと彼女に取られない位置でボールをバウンドさせて、目線をボールじゃなくて前に合わせる。ちなみに俺もスリーは入る気しないので、レイアップにするつもりだ。そのために彼女をどうやって撒くかだが・・・・・・。とりあえず彼女の隙を見つけて、裏から回るしかなさそうであった。
「もしかして、私が経験者だって気づいてたの?」
「さあね」
「どっちなの?」
「・・・・・・バスケ経験ない人が、わざわざ勝負を仕掛けないだろ」
俺はそう言って、後ろでボールをバウンドさせ、彼女を追い越した。そしてそのまま、ゴール前でジャンプしながらボールを放った。
身長のおかげもあって、無事にゴールの中に入っていった。これで同点だ。
そしたら横で見ていた伊藤さんがこっちに来て、
「神里君すごい」
「ありがと」
俺は笑いながら、莉果の方を見てドヤ顔をした。
「未経験者と同格だぞ莉果」
「うっさいわね」
彼女はまたもや前に来ようとしてきたので前に進ませないようにしていた。バスケをしてる彼女の表情を見ると、とても楽しそうに見えた。なぜ高校ではバスケを続けていないのだろうか。受験とか意識してる訳ではなさそうだし。
とりあえずこのままだと持久戦になって埒が開かないので、俺がわざと隙を見せると、一気に距離を詰めてきた。彼女がレイアップをするタイミングで俺はボールを弾く。転がったボールを拾ったのは真斗だった。
「オレに任せろ野村さん」
彼がシュートモーションに入った瞬間、周りが静かになったように感じた。そして彼の手から放たれたボールは軌道を描いて、ゴールへと吸い込まれていった。
「真斗すごいね」
「バスケはよく趣味でやってたからな」
趣味でその上手さは反則だろと思いながら、この得点は無効だろと思い、莉果に聞いてみた。
「もちろん無しね。でも何やったらあんな上手いシュートを打てるのかは気になるわ」
「オレと朝まで、特訓しちゃう?」
「しないわよ」
真斗はショックを受けたのか、その場に座り込んだ。それを見ていた大田さんと一輝が慰めている。
それからなんかクラスの何人かも俺らの対決を見ていることがわかった。中学から一緒の女子たちは、もちろん莉果に軍配が上がると思っているようだ。
俺らはそれを一切気にせずに、再開した。俺はとりあえず、一回スリーポイントを試みて見ようと思った。
左手は添えるだけ、左手は添えるだけ。そうやって唱えた後、ボールを放った。
軌道的には入るかなと思ったが、リングに当たったものの、入りはしなかった。
「惜しかったわね。てか一本一点だから点数変わらないのに」
「少しやってみたかっただけ。未経験者にはやっぱ厳しいのかもな」
野球以外のスポーツをやったことがない俺がそう簡単にはいかないことを嘆く。
莉果にボールが渡って、彼女はまた、動き始める。そして俺は、彼女を見ながら、質問を投げかける。
「なんで、高校では続けなかったんだ?」
彼女はドリブルしながら、口を開く。
「単純に、もう興味がないからよ」
「さっきから、バスケをしてる時の莉果の表情、とても楽しそうだよ」
「いちいち表情まで見てるの、キモ」
「バスケやる時は相手のことも見るから仕方ないだろ」
俺はそのまま、核心に触れる言葉を発する。
「部活でなんかあったのか?」
彼女はそのままドリブルをやめてしまった。そして、深呼吸をした後、
「別に何もないわよ!!」
大きな声と共に、ボールが放たれる。そのボールは、大きな弧を描いて、ゴールに入り込んだ。なんか自分が、舐められたような気分になった。
俺はとりあえず、本気を出そうと思った。少なくとも、このまま負けてはいられない。
「なあ、もし俺がお前に勝ったら、一つ約束して欲しいことがある」
「何? まあ、どうせ勝てないだろうから、引き分けでも私がその約束聞いてあげてもいいわよ? もし私が勝ったら、逆にお願い聞いてもらうから」
彼女は余裕ぶっているのか、一切俺の動きを見ていない。俺はそのまま約束の内容を話そうと思った。
「別にいいよ。じゃあ約束は、莉果がバスケ部に戻ること」
俺がそれを言った途端、彼女の表情が変わった。そして俺を睨んできた。
「は? 何それ。意味わかんない」
「俺も、莉果がすぐに納得してくれるなんて思ってないよ」
そのまま彼女を次はスピードで撒いて、レイアップを試みた。入るか微妙なラインだったが、バックボードに跳ね返って、ゴールの中に入っていった。これで同点まで追いつくことができた。
「これでまた振り出しだ」
「チッ、やるわね・・・・・・。実は私ね・・・・・・」
彼女はボールを持ってスタートラインに立ったまま、話し始めた。
彼女は、中学校に入学して、持ち前の明るさで、たくさん友達を作って仲良くなったらしい。そうしてみんなでバスケを始めたという。
しかし、やってるうちに、『楽しみたい』ということがメインのグループと、『勝ちたい』という二つの勢力に分かれてしまったらしい。莉果は勝ちたいと思って一生懸命練習したと言っていた。彼女の根が真面目なのは、俺がよく知っている。
友達の中でも勢力によって仲が悪くなってしまい、衝突なども多々あったという。それで彼女の不器用なところが出て、高圧的な態度によって、『勝ちたい』グループにいた友達たちも莉果についていけなくなって、彼女は完全に孤立してしまったようだ。裏では悪口ばっか言われて、辛かったらしい。
それで居場所のなくなった彼女だが、部活は最後まで全力で続けてやり遂げたようだ。それは、部活で居場所がなくなっても、学校で仲良くしてくれた大田さんのおかげでもあるという。
で、その部活の友達たちとは、今だに絶縁状態だという。
俺はその話を聞いて、彼女の対応が悪かったということと、それでも彼女を傷つけた人たちへの怒りが交わっていた。
「酷いな・・・・・・」
「だから私は、もう部活には入りたくない」
「でもバスケはやりたいんだろ」
「・・・・・・うん」
俺は少し間を置いて、話し始めた。
「もし、何かあったら俺に言え。助けるから」
「怜遠・・・・・・」
辛いことから逃げることは、卑怯と言われるが、俺はそうは思わない。人間は、そういうことをするのが自然な、弱い生き物なのだ。ただ、それでやりたいことをやらないのは、本末転倒だ。
「だから・・・・・・。莉果にはやりたいことをやって欲しい」
莉果は黙ったままだったが、少しして、顔を上げた。
「・・・・・・考えてみるわ。別に怜遠に言われたからじゃないからね」
ここでもツンデレ発動したのはまあ莉果らしいと言えば莉果らしいのでなんとも思わない。
「それでこそ莉果だ。よし最後にかかってこい」
「わかったわ」
莉果の特攻に俺は硬い防御をする。でも先ほどみたいな変な空気はなく、楽しい雰囲気が漂っているように思えた。
「楽しいな」
「そうね!・・・・・・キャ」
「危ない!」
莉果の悲鳴を聞いて、俺は彼女を見た。すると、彼女の足元にジャージが落ちていた。誰かが置いたのだろう。俺は転びそうになっている彼女を助けようとしたが、こっちに倒れてきたので、最終的には俺が下敷きになって彼女を守ることができた。幸いボールも俺たちには当たらなかったし・・・・・・。ボール?
なんか俺の手にボールのようなものが二つあるのだが。バスケボールより小さく、柔らかい・・・・・・。あれ? これってもしかして。
悪い予感はいつでも当たるものである。
「莉果。だいじょ・・・・・・」
「どこ触ってんのよ変態」
俺は頬に痛みが走って、そのまま床に倒れ込んだ。
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