2話 転生したら、悪役でした
アリサ・トリベールは、現代日本からの転生者である。
「ニコの報告書、よくできてたな~」
その夜、ベッドにごろりと横になりながら、今日の出来事を
かつては、とある総合商社の海外向けセクトの営業部係長だった鳥辺ありさ。女性管理職に否定的な、典型的モラ・パワ・セクのハラスメント三大巨塔野郎である上司から命令された海外出張で、事故に巻き込まれて死亡した、というのがその命の終わりだ。
ニコの読み書きと書類の作り方は、アリサの前世の経験から工夫して教えたものである。それを顧客のロイクに褒められ、機嫌が良い。
「まさか、貴族令嬢に生まれ変わるなんてね……」
久しぶりに、寝つきが良かった――
◇
現代日本で、会社員をしていた時。
出張先でタクシーに乗っていたら、大型トレーラーが突っ込んでくる――そんな光景に唖然としている内に視界がブラックアウトし、目が覚めたら真っ白な空間にいたアリサ。
戸惑っていると、頭の中に声が鳴り響く。
「われこそは、全能の神ゼーである」
「え? なにかの詐欺ですか? 私、孤独な身の上なので、お金ないですよ」
「……そなたの力を貸して欲しい」
「お金じゃなく?」
「ああ」
胡散臭いと思いながら耳を傾けてみると、『愛と太陽の女神テラ』のワガママな振る舞いに困った『全能神ゼー』が、アリサをテラの世界へ転生させるというのだ。
テラは、『英知と月の女神ナル』に大いなるコンプレックスを持っている。そのため、自分が統括している世界でナルに似た人間を作っては、とことん過酷な運命に置くことで留飲を下げる、ということを繰り返しているのだという。ゼーはその蛮行を止めようと説得するが、余計に怒り狂ったテラは聞く耳を持たない。このままでは、神が持つべき善の力や徳がなくなり、世界の維持自体が危うい。どうかテラの目を覚まさせるために、テラの世界で幸せに生きて欲しいと告げてきた。
アリサは当然、荒唐無稽な話であり、夢だと思ったが、実際に死んだ自分が生き返るというのなら、信じてみようと思い直す。
「神の所業に、人間の身で逆らえと?」
「そなたなら、できる」
「根拠は」
「正義感が強く、独りでもあきらめず真っすぐに生きてきたその心根」
「っ」
「事故に遭わなければ、商談を成功させ出世できていたであろう」
「もしかして、慰めてくれてます? でも一般人ですから。世界を救うとか無理ですよ」
「はは。ただ幸せに生きて、天寿をまっとうしてくれるだけで良い」
「はあ。それならまあ、なんとか……なるかな……でもなぁ」
「不安であろうから、ナルの英知の一部を授ける。ディリティリオという」
「ディリティ……?」
「そなたの魔力が目覚めれば、会えるであろう。では、頼んだ」
「ちょ、まだ良いって言ってなっ」
◇
――ぎゅ、と寝ているアリサのまぶたに力が入る。まだ夢の中だと自覚がある。
真っ白な空間にぽつんとひとり。
それは、生まれ変わった時と全く同じ、
「……ほんと、あの時のゼー様って自分勝手でしたよね」
「すまない」
優しく柔らかで威厳のある、男性の声が鳴り響く。
「こうやって時々お話できるからいいですけど。起きた時に忘れてたり覚えてたりっていうのは、神様の都合ってやつですか」
「うむ」
「とことん過酷な運命っていうのが『悪役』だなんて、聞いてなかったですし」
「先入観は良くないと思った」
「それはそう。で、今日はなんです?」
「気を付けろ。そなたが
「そんな気は、してます」
アリサは、自分の前の代の『運命』を見せてもらっていた。ナルと見た目がそっくりという女性(黒髪黒目で、涼やかな目。色白で細身)が、テラの申し子とされる『聖女』をはじめとした周囲に徹底的に嫌われ、孤独な人生を送るというものだ。
そんなのでストレス解消する『愛と太陽の女神』を、つい鼻で笑ってしまう。性格が悪すぎるし、陰険だし、なによりくだらない。
「私は、私の思うように生きるだけです」
「……そうか」
「全能神なんですから。あんまり肩入れしたらダメですよ」
「はははは。そんなそなただからこそ、こうして会いたくなるのかもしれん。あの男もな」
「あの男?」
「なんでもない。いつでも、見守っておるぞ」
「ありがとうございます」
つんっ、つんっ。ぷちっ。
「いった!」
頭皮の痛みで飛び起きたアリサが頭をさすると、ひやりと冷たいものに触れた。滑らかなしっとりとした質感で、ウネウネと動いている。
『モシャモシャ』
「こらっ、ディリティリオ!」
『イヒヒ~。おはよアリサ~』
「生えてるのは、食べないでって言ってるじゃない!」
『抜けかけてたもん~』
「んもう」
月の女神ナルの英知の一部であるディリティリオは、アリサの髪の毛を食べて魔力を得ていると
普段は髪の毛の中にうまく潜んでいるため、存在は誰にも気づかれていない。実家の人間と、ヨロズ商会のふたり以外には。
『そろそろ起きないと、遅れるよ~』
のんびりとしたディリティリオの声の後で、「パパパパーッ」と王都外門の開門合図になっている騎士団のラッパの音が聞こえてきた。つまり、朝の七時ごろである。
「もうそんな時間かぁ」
カーテンから漏れる朝日を一瞥してから、もそもそとベッドから床へ足を下ろし、マットレスに座ったまま「んんん!」と伸びをする。
立ち上がってクロゼットから制服を出し、鏡を見ながら身支度を整える。
「さあて。嫌われ者、出陣の用意じゃぁ~~~~」
『ジャア~~~!』
鏡の中で、頭から生えた黒蛇がクネクネダンスをしているのを見て、アリサは思わず吹いた。
「ぶっ! 闇の権化のくせに、なんでひょうきんなのよ」
『やみのごんげ? オイラが?』
「違うの?」
ディリティリオはぐるんと身を捻ったかと思うと、アリサの眼前で赤目をぱちぱちとさせながら、ちろりんと長い舌で頬を舐める。そんな闇の黒蛇は、大きさも太さも変幻自在だ。誰かに見られては困る、とアリサが訴えてからは、髪の毛と同化できるくらいの大きさを維持しているが。
『こんなに可愛いのに~』
「自分で言う!?」
『イヒヒ~』
魔力が目覚めた幼少時から、こうして会話をしてくれるディリティリオのお陰で、アリサの精神は健全さを保っていた。
「黒魔女様だ」
「こわーい」
「近づくなよ、呪われるぞ」
「お家が没落の危機というのに、通学する余裕はおありなのね」
一歩学院に入れば、このような針のむしろのような環境にも関わらず。
「没落の危機だから、通ってるんだけどなー」
トリベール侯爵家を再興させる。
アリサはそのために、ずっと努力をしてきた。
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