うしろのめ

うしろのめ

 少年が住んでいるのは寒い地方の田舎だ。

 山と山、県と県、その境にある小さな村だ。


 小学校では、クラスもなく学年も関係なく、生徒が一つの教室に集められて授業を受ける。

 そんな小さな田舎の街だ。


 その学校で、ずっと休んでいる少女がいる。

 少年も入学式の時に、一目見ただけの少女がいる。

 そのことを先生に聞くと、先生も言葉を濁すような、そんな生徒がいる。


 ただ、学校に少女の席だけはある。

 いつでも空いている席だ。

 その席は少年の真ん前の席だった。


 少年はどうせ来ないなら、自分がその席を使いたい、そう考えていた。

 前の席が空いているせいで、少年の席は若干ではあるが浮いてしまっているからだ。


 だが、先生はその席を少年が使うことを決して許さなかった。


 少年が小学校に入って二年が経った頃だ。

 ずっと休みだった少女が登校してきた。

 髪の長い、本当に髪の長い少女だ。


 その少女は誰とも話さない。

 他の生徒どころか、先生とすら話さない。

 先生も他の生徒も、その少女を、まるでいない者のように扱う。

 ただ学校の、少年の前に席に座るだけだ。


 少年が年長の生徒に聞くと、そういうものだ、関わるべきじゃない、と、そう言った。

 少年も腑に落ちないながらも、何かその少女が不気味で関わろうとはしなかった。


 授業を受けているときだ。

 少年は妙な視線を前方から感じる。

 その視線の元、前の席の少女の後頭部を少年が見ると、そこには長いく綺麗な黒髪があるだけだった。

 まっすぐで長い黒髪。

 なのにそこから、少年は強い視線を感じるのだ。

 奇妙なこともあるものだと、少年が少女の後頭部をじっと見つめていた時だ。


 不意に周りの音が聞こえなくなる。

 教卓で先生が喋っている言葉が、教室でのざわめきが、教室の外の虫の鳴き声が、何一つ聞こえなくなる。


 そうすると、少女の後頭部の髪の毛がもぞもぞと動き、眼が、人の眼球が髪の毛をかき分けて現れる。

 髪の毛に眼球だけが、浮き上がり少年を凝視する。


 少年は思わず、悲鳴を上げる。

 

 その後のことは少年はよく覚えていない。

 先生が駆け付けてきて、なにが起きたと聞かれ、少年はうわ言のように、目が目が、と、繰り返した。

 そして、少年の記憶はそこで途切れ、次の記憶があるのは母方の田舎に引っ越した後だ。


 少年があの後何があったのか、両親に聞いても言葉を濁されるだけだ。

 今となっては少年がどこに住んでいたのかも曖昧だし、父方のその田舎に里帰りすることもない。


 あの少女がなんだったのか、少年は知らないままだ。






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