かげろうのような
かげろうのような
夏休み。
真昼間。
眩しいほどの青空の下、少年は自転車を漕ぐ。
車もいない、雲すらない、少年以外誰もいない、そんな青空の下、少し自然の多い長い坂を登る。
汗が自然と滴りだす。
それでも少年は自転車を漕ぐ。
蝉の鳴き声が五月蠅いほど聞こえる中、坂の上を目指す。
少年が必死に坂を登っていると、坂の上の方の空気が揺らめいて見える。
暑いからだ。
確かに暑い時にはそう見えることもある。
その揺らめきに何かがふと映る。
陽炎だ。
そういう現象だ。
ただ少年はそれを見るのは初めてだった。
自転車を漕ぐ足を止め、陽炎に見とれる。
それは背の高い女性だった。
黒いドレスを、この暑い中、全身を真っ黒な、闇を纏うなドレスで身を包んだ女性だった。
黒い鍔広の帽子をかぶった女性だった。
顔だけが妙に白い。
何よりその白い顔が異常なほど大きい。
体の五分の一ほどを占める程度には大きい。
成人女性なのに、顔と体の大きさの対比だけが、まるで赤ちゃんのような、そんな女性が陽炎の揺らめきの中から現れたのだ。
少年はそれをぼぉっと見つめる。
はじめ少年は、それを幽霊や化物として認識したが、この真昼間に? と、すぐにその考えを改める。
ならば、そう言う人なのだとして認識する。
だが、おかしい。
先ほどまであれ程、蝉の声が五月蠅かったのに、今はその鳴き声が何も聞こえない。
いや、蝉だけではない。世界から音が消えたかのようにすべての音が静まり返っている。
そして、少年は気づく。
陽炎の中から現れた存在が人間ではないことに。
少年は見てしまったのだ。
その女の顔を。
女の顔は人の顔をしていなかった。
顔のパーツパーツは確かに大きくはあるが人間の物だ。
だが、そのパーツが、眼が、鼻が、口が、個別に顔の中で揺らめいているのだ。
揺らめくどころか、個別に顔の中を動き回っている。
まるで失敗した福笑いを見ているような、そんな感覚に少年は囚われる。
少年は、これはダメな奴だ、と、認識を改める。
アレにこれ以上近づいてしまったら、終わりだとも、理解する。
少年は自転車を反転させて、坂を下る。
振り返ってはダメだ。
もう、二度とアレを見てはダメだ。
そんな気がした少年は、勢いよく自転車で坂を下っていく。
そして、自分の家に着くまで全力で自転車を漕ぐ。
山で遊ぶという友達との約束をすっぽかして、少年は自分の家に逃げ込んだ。
後日、そのことを友達に話すが、誰一人としてその話を信じる者はいなかった。
少年はしばらくの間、嘘つき呼ばわりされた。
それでも、少年は少なくとも暑い間は、夏の間は、あの坂を一人で登ることはなかった。
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