かつら
かつら
男の実家には女物のカツラがある。
以前、男の姉が使って居たものだが、姉はもうこの家にはいない。
この家に残していったものだ。
長く黒いまっすぐな髪の、そんなカツラが男の実家にはある。
普段、そのカツラは姉の部屋だった、今は空き部屋においてあるのだが、その日はなぜか居間にそのカツラが置かれていた。
髪のだけの存在。
それは男から見てとても不気味だ。
テーブルの上にその黒い髪の毛の塊は置かれている。
病気で髪の毛がなくなった姉が良く被っていた物だが、それ単体で見るととても不気味だ。
男はなぜそんなものが居間のテーブルの上においてあるのか、理解できない。
両親が使うわけもない。
これを使うものはもう家には居ないのにだ。
男は恐る恐るそのカツラを指でつつく。
動くわけもない。
それはただのカツラだ。
男はそのカツラを指で掴んで持ち上げる。
黒い糸の塊。
カラスの羽のように艶があり、まっすぐなその髪の毛は絡まり合うこともない。
その時だ。
今は家に誰もいないはずなのに、廊下をゆっくりと歩く音がする。
キシ、キシ、キシィと床を軋ませて、ゆっくりと歩く音がする。
男はビクッとしながら、その音のほうに向き変える。
そこにはいたのだ。
このカツラの主である、姉が。
男は一瞬びっくりしたが安心した。
そして、姉に向かい、なんだ帰っていたのか、と声をかける。
そうすると姉も、うん、今日帰ってきた。お盆には帰れそうになかったから先に顔を見せに来たよ、と答えた。
男は疑問を口にする。
なんでこんな場所にカツラを?、と。
姉は答える。
ウィッグって言いなさいよ、と。そして、それは人工毛の奴で、もう寿命だから捨てるのだと言った。
あのまま部屋に置いておいたら、母さんが使い始めるかもしれないし、とも。
男はその言葉に納得する。
そして、大学のほうはどう? と男は聞き返す。
なかなか楽しいよ、病気で寝込んでいた分を取り戻しているところ、と男の姉は答えた。
これは、ただただ、それだけの話だ。
普段、その場にない物が、そこにあるだけで、なにかおこるものだ。
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