からす

からす

 男が出勤途中の朝、近くの並木道を通っていると、嫌にカラスがいるのが目に留まる。

 カァカァとも鳴かずに、じっと木に止まり、すべてのカラスがどこか一点を見るかのように同じ方向を向いている。

 その方向は並木道の中央付近の地面だ。

 男が気になってカラスが向いている方を見るが、特に何があるわけでもない。


 男は不思議に思いつつもいつまでも、カラスを相手にしている時間はない。

 会社へと男は急ぐ。


 その日の帰りだ。

 少し遅くなり、辺りも真っ暗な中、頼りない街灯の明かりで男は、並木道を歩いていた。

 そう言えば、今朝はやけにカラスが居たな、と男が思い返していると、何かを踏んでしまう。

 

 男が慌てて足を上げる。

 そして、踏んだものを見ようとするが暗くてよくわからない。

 ただ、何かがそこにあることだけは理解できた。


 男はスマホの明かりで、地面を照らす。

 そうすると、そこには一匹のカラスが臥せっていた。

 いや、既にピクリとも動かない、恐らくはもうこと切れたカラスだ。

 男はカラスの死体を始めて見た、などと考える。


 また、嫌なものを踏んでしまった、と男は思い、すまんな、と、心の中で謝り横によけて男は並木道を再び歩みだした。

 しばらく歩いていると、急にカァカァカァ!! と、複数のカラスが後方で鳴いているのを男は聞いた。

 そこで、思い出す。


 男がカラスを踏んでしまった場所は、カラスたちが今朝、じっと見つめていた場所ではないのかと。


 それに気が付いた男は急に怖くなる。

 男は自分の家まで急いで向かう。


 男は自分のマンションの部屋へ駆け込み、息を整える。

 そして、一安心する。

 家の電気をつけ、とりあえず窓の雨戸を閉めようとベランダを見る。


 そこにはいたのだ。

 一匹にの大きなカラスが。

 ベランダの手すりにつかまり、黒い瞳でじっと男を見ている。

 人間の上半身はあるかと思うほど、大きなカラスがだ。


 男は、声に出して謝る。

 踏んでしまって済まない、わざとじゃないんだ、と。

 男は命乞いでもするかのように、そのカラスに向かい頭を下げ詫びる。


 男が本気で心から詫びて、顔を上げると、もうそこには大きなカラスはいなかった。

 翌日、男は唐揚げと酒を持って、昨日カラスを踏んでしまったところに供えておいた。

 その時には、昨日の夜踏んでしまったカラスの死骸は既になくなっていた。


 それ以来、男はカラスを敬うようになった。




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