よだれ

よだれ

 女が自室にいると、上から何かがポツリと落ちてきた。

 それは何かの雫だった。


 驚いた女は上を見上げる。

 何もない。

 ただ天井があるだけだ。


 女に雫が落ちてきた場所は肩だったのだが、そこが少しだけ濡れている。

 女は雨漏りかと考えたが、ここはマンションだ。最上階でもない。

 雨漏りではなくあったとして水漏れだろう。


 それに少なくとも天井には上階で水漏れしている様子はない。


 とりあえず、女は肩についている雫をテッシュでふき取る。

 そして、何の気ないしそれの臭いを嗅ぐ。


 生臭い臭いがする。


 女は顔を顰める。

 こんな生臭い臭いの液体が降ってくるとなると、のうのうとはしてられない。

 滴り落ちた場所を探そうと女は座っていた椅子の上に立ち、天井をよく見る。


 だが、やはりそんな場所はない。

 少なくとも天井に水気を感じるような場所もないのだ。


 では、女の肩に滴り落ちた雫はなんなのか。

 女が椅子の上に立ったまま首を捻る。


 そうすると不意に部屋の電気が消える。

 消えるというか、落ちる。


 停電だ。


 女は驚くが慌てはしない。

 つけっぱなしのパソコンのデータが無事かどうか、そっちのほうに意識が行く。

 暗闇の中で女はどうするか考える。

 電気を使っていたのは作業中だったパソコンくらいのものだ。

 ブレーカーが落ちるほど電気を使っていたわけではない。

 恐らく一時的な物だ。

 

 女は冷静にそう判断する。

 その時だ。


 暗闇の中、まだ椅子の上に立ったままの女のすぐ後ろで、息遣いが聞こえる。

 天井近くのはずなのに、なぜか女の後ろで息遣いが聞こえてくるのだ。


 流石に女も驚き、慌ててしゃがみ椅子の上で縮こまる。

 そうすると、女に、上からポツリ、ポツリと何かが滴り落ちてくる。


 無論、女が上を見上げても何も見えない。

 停電で真っ暗だからでもあるが、それでもうっすらとは見える。

 少なくとも天井には何もいない。


 女はスマホを起動させてその明かりで天井を照らす。

 やはり、そこには何もいない。


 何もいない空間から、ポツリと何かが滴り落ちてくる。

 それは女の頬に落ちる。

 女はそれを拭い、臭いを嗅ぐ。


 生臭い。


 だが、女の真上には何もいないのだ。

 女が訳も分からずにいると、部屋の明かりがつく。

 停電は一時的な物だったようだ。

 明るくなった部屋で女は天井を見るが、やはり何もない。


 女は椅子の上に再び立ち、天井を触ってみるが水気一つない。

 女は何となく、この滴り落ちてきた雫は、涎なんだと思った。


 何者かの涎だったのだと。


 ただそれだけの話だ。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る