しょうべえさん
しょうべえさん
「庄兵衛さん?」
「ああ、大昔、江戸時代くらいだったか、この辺りに住んでいた人でそう言う名の人がいたんじゃよ」
爺さんが孫にそう言って話を聞かせてくれる。
ただあまりい話ではない事は爺さんは知っている。
が、孫にせがまれては話さないわけにはいかない。
「へぇ、どんな人?」
爺さんは少し迷ったが話すことにした。
ここで話さなかったら孫の機嫌を損ねてしまう。
それは爺さんにとって、どうしても避けたいことだ。
「ふむ、当時は大飢饉でな。本当に食べるものがなくてな。庄兵衛さんの一家はいつも腹を空かせていたんだよ」
「かわいそう」
そう言う心優しい孫の発言に爺さんは自然に笑顔になる。
ただやはりこの話をしていいかどうか、迷うところはある。
「そうだな。で、とうとう庄兵衛さんの妻が動かなくなってしまったんだ」
爺さんは色々かいつまんで、言葉を選んで話を続ける。
「えー」
すでに孫は不安そうな顔をしている。
「ここからが本当に怖い話でな、お腹が空いて空いて仕方がない庄兵衛さんは自分の妻を子と分け合って食べちまったんだよ」
「うわっ……」
孫は顔を顰め、今にも泣きだしそうな顔をした。
やはり言うんじゃなかった、と爺さんは思うのだが、この辺りで怖い話となると、この話が一番有名だ。
「でも、飢饉はまだまだ続いてなぁ。そのうち庄兵衛さんの子供も動かなくなっちまったんだよ」
「……」
孫は爺さんに抱き着いてその顔を隠した。
爺さんはそっと孫を抱き寄せて、それで少し迷いはしたが話を続ける。
「それで庄兵衛さんは自分の子も喰っちまったってさぁ。それ以来、庄兵衛さんは人食い庄兵衛さんと言われるようになり、神様に罰を与えられて永遠にこの辺りをさ迷い歩くようになったのさぁ」
それだけの話だ。
「まだいるの?」
孫は顔を見上げ不安そうにそう尋ねて来た。
「ああ、いるさぁ。でも家の中に居れば安全さ。庄兵衛さんは他人の家に入れないからな。庄兵衛さんが玄関先に来たら、玄関を開けたらいけないよ、喰われちまうんだ」
そう言うと孫は泣きそうな顔をしてくる。
そして、
「どうしたらいいの?」
と、聞いてくる。
「そんときはな、庄兵衛さん、庄兵衛さん、ここはあなたの家ではありません。お帰りください。って、そう言えばいいんだ。それで庄兵衛さんは帰ってくれるよ」
「そうなんだ」
と、孫は少し明るい顔で答えた。
次の日、その孫が一人で留守番していると、玄関の戸を叩く音が聞こえる。
チャイムはあるはずだが、それは押さずにガシャンガシャンと戸を叩く音が。
孫は玄関の前まで行ってみる。
玄関のすりガラスの向こうに黒い人影が見える。
そもそも、ここは田舎で玄関の鍵などかかってはいない。
知り合いなら、チャイムも鳴らさずに家に入り込んでくるような地域だ。
なのに、その黒い人影は玄関の戸を開けずに、何も言わず、ただただ戸を叩いている。
孫は昨日の話を思い出す。
戸を開けたら喰われてしまうと。
「しょ、庄兵衛さん、庄兵衛さん、ここはあなたの家ではありません。お帰りください」
孫が身を震わせながらそう言うと、その人影は去っていった。
爺さんが帰ってきて、すぐに孫がその話を伝える。
一週間滞在する予定だったのに、急遽、翌日帰ることになった。
そして、爺さんはその三か月後に死んだ。
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