おふろのかお
おふろのかお
下田真美はまだ小学生の少女である。
ただ人とは少し違った体験を持っている。
彼女が自宅の風呂に一人で入り、湯船に浸かっているときにそれは現れる。
湯船の底から、顔が浮かび上がってくる。
人のようで人の顔ではない。
ただしいて言えばだが女性の顔に見えなくはない。
黒く長い髪を有し、わずかにほほ笑んでいるように見る。
そんな顔が、湯船のそこから浮き上がってきて、水面に漂う。
その顔は真美に何かするわけでもない。
真美も、その顔のことを何もおかしなことはない、そういうものだと思っていた。
なぜなら、それは真美がその顔を見たのがいつが最初か、それがわからないほど昔から存在していたのだから。
真美はそれをお風呂の神様だと考えていたくらいだ。
一人で湯船につかるのはそういうものだとも、真美はそう考えていたのだから。
何も疑問に思わなかった。
それにその浮かんでくる顔が真美に何かするわけではない。
その長い髪が真美に絡まり悪さをするわけでもない。
それはほほ笑むような顔で浮かび上がってくるだけだ。
ただそれだけの顔だ。
そのことに、そんな顔の存在を真美の両親も知ってはいない。
真美にとってはそれは普通のことで、特に報告するようなことではないからだ。
真美にとってはそれが日常だったのだ。
だが、給湯器の故障により、その日は少し遠くあるスーパー銭湯に家族でいこうとなった日だ。
真美は知っている。
自宅の湯船で、一人でなければお風呂の顔は浮き上がって来ないことを。
なので、
「お風呂の顔、今日は見れないね」
と、真美が口にした何気ない一言から、それは明るみになる。
「お風呂の顔? なにそれ? 真美ちゃんなんのこと?」
母親に不思議そうに聞かれて、真美のほうが不思議そうな顔をする。
「お風呂の顔はお風呂の顔だよ。一人で入っていると浮いてくるでしょう?」
と真美は当然のように言う。
真美のその言葉で、スーパー銭湯へと向かう車内の両親が顔を見つめ合う。
「え? 真美? それはお風呂の窓から…… 覗かれているとかじゃないよね?」
と、父は焦りながら真美に確認するが、
「違うよ、浮いてくる顔だよ」
と真美がそう言ったことで、安心はするものの謎は深まるばかりだ。
「浮いてくる? どこから浮いてくるの真美ちゃん?」
と母が確認すると。
「お風呂の底から、泡と一緒に浮いてくる顔だよ? 何言ってるの?」
と真美は不思議そうな顔をする。
「どんな顔なの?」
母には何のことかまるで理解できない。
そう言ったお風呂のようのおもちゃでもあるのかと思ったけども、心当たりもない。
「笑ってて、髪の長い顔だよ?」
真美がそう言ったとこで、父も再度不審に思い始める。
「髪? 髪の毛? それが湯船の底から浮き上がってくるのか?」
父が想像した限りでは、それはぞっとするような光景だ。
父は不気味に思いながらも、子供ならでは想像の産物なのだろうと思うことにし、笑って答える。
母のほうはかなり不信がり、更にそのお風呂の顔のことを真美に尋ねる。
「その顔に何かされたりするの?」
「ううん、何にもされないよ。だって、あれはお風呂の守り神さんなんでしょう?」
と、真美のほうから逆に聞かれる。
お風呂の守り神と言われて、両親はまた顔を見合わせる。
「その顔がそう言ったのか?」
父も子供のたわごとではないのでは、と思い始める。
「お顔は何もしてこないよ、ただ笑って浮き上がってくるだけだよ? 知らないの?」
「真美ちゃん、それはいつの頃から?」
不思議そうに聞き返してくる真美に母はさらに詳細を知ろうと質問する。
「はじめっからだよ。一人でお風呂入るようになってから、ずっとだよ」
「え? そ、それは男かい?」
そこで父がそれだけはすぐに確認しないと聞く。
「んー、わかんないけど、多分女の人。髪の毛長いから」
髪が長い、と聞いて、両親はさらに不気味な物を感じる。
「え? ええ? 待って、真美ちゃん? それ本当にいるの? 毎日浮かび上がってくるの?」
「うん? そうだよ? 違うの?」
真美としてはそれは普通なのだ。
そう言う日常であり、それが常識だった。
「その顔は真美に何もしてこないんだな?」
父が車を運転しながら、バックミラーで後部座席にいる真美の顔を確認しながら聞く。
「うん、守り神さんだから」
と真美は元気に答える。
その日、一家はスーパー銭湯を楽しみ、家に帰ってから風呂場で真美から詳しく話を聞いた。
聞いたはいいものの、両親はそれを理解することはできなかった。
ただ、それ以降、お風呂の顔は真美の前にも出ることはなくなった。
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