それはそこにいる:04

「これで一安心?」

 と、玲子はお祓いが終わった千尋に話しかける。

「うん、なんか肩も軽くなった気がする」

 千尋も元気を取り戻したようだ。

 その表情も晴れ晴れとしていて、本当に憑物が落ちたように玲子には見えた。

 それでも千尋は念のためと、お守りやらお札までその神社で買っている。

 玲子もそれとなしにお守りを買っていくが、それは交通安全のお守りだ。

「ちょっとした遠出だったけど東京にもこんな神社あるのね」

 広い境内を見ながら玲子はそう言った。

 大きな道路から少し路地に入った場所にある神社で、お祓いで有名な神社とのことだ。

「ね、住宅地の中にもあるものなのね。はぁ、なんかここの空気は新鮮な気がする!」

 そう言って千尋はおもむろに深呼吸し始めた。

 なんとなく神聖な雰囲気を感じていた玲子も、深呼吸する千尋に呆れながらにも似たことは思っていた。

 ここの空気はすごく澄んでいると。

「でも、ほんと飛び込みでお祓いやってもらえて良かったね」

 結局紹介されていたホームページには、ここの電話番号など書かれてはいなく、そこまで遠いと言う訳でもなかったので直接来て無理やり頼み込んでお祓いをしてもらった。

 本来は予約が必要だったらしいが、千尋の必死さと怯えようを見て、特別にお祓いの準備をしてくれた。

「うん」

 と、千尋が良い笑顔で返事をする。

「どっか寄ってく? この辺はよく知らないけど」

 と、玲子がせっかく普段来ない辺りまで来たので、遊んで帰ろうと声を掛ける。

「付き合ってくれてありがとう、でも昨日ほとんど寝れてなくてフラフラなんだ、この埋め合わせは必ずするから」

 晴れ晴れした顔にはなったが、確かに疲れた顔もしている。

 この様子では昨日寝ていないのも確かなのだろうし、恐怖で一晩中震えていたというのなら、疲れもしているだろう。

「あー、はいはい、じゃあ、帰ろっか」

 とはいえ、これで怖い話も終わりと玲子はそう思っていた。

「あっ、あー、お願い、泊まらなくていいから部屋まで…… 送ってってくれない?」

 千尋が帰るにはあの神社の前を通らなくてはならないことを思い出して玲子に頼み込む。

 ついでに今朝は猛ダッシュで神社の前を通り過ぎることで、どうにか乗り越えているし、朝は住宅街と言うこともあり、それなりに人は通っていた。

 ただ、今から帰ってその時間帯に、人通りが多いかと言われるとそんなことはない。

「ええー、まあ、いいけど。じゃあ、暗くなる前に急いで帰ろうよ、私、怖いのほんとダメなのよ?」

 玲子はそう言いつつも、ちょっと話ででていた廃神社とらやを見て見たい気持ちもあった。

 怖い話は苦手だが、その分興味がないわけじゃないのだ。


 千尋はコンビニで今晩のご飯を買い、例の廃神社の前まで来ていた。

 まだ日も傾いていない。そんな時間だ。

 千尋の予想通り人通りはない。

 けど、遠くから見る限りはそんな不気味な感じはしない。というか、相当近づかなければそれが神社だとは気が付かない。ただの雑木林にしか見えない。

 玲子を盾にして、千尋はその肩越しから廃神社を見る。

 そこには何もいない。

 いるわけもない。

 

 千尋は安堵のため息を漏らす。

 盾にされた玲子は苦笑いするだけだった。


 そこで初めて玲子をここまで付きわせて迷惑を掛けたと言うことに千尋は気づく。

「そこが例の神社なの?」

 玲子が少し怖がりながら聞いてくる。

「うん、雰囲気あるでしょう?」

「そうね、なんか怖い」

 と言い通も、玲子にはただの雑木林にしか見えない。

 なんならその鳥居とやらもここからではよく見えない。

 ただ怖がりの玲子は興味はあるが、これ以上近づきたくはない、そんな心境だった。

「前、通るの玲子も怖いよね、ここでいいよ。お祓いもしたし」

 千尋はそう言って、玲子の手を握りしめて感謝を伝えた。

「あっ、うん、ごめんね、私怖いのほんと無理で」

「それなのにここまで付き合ってくれてありがとう、本当にいつかお礼するから!」

 そう言って千尋は笑った。

 その笑顔で玲子も安心する。

「買い忘れた物はない? 暗くなってからはもう通らないようにね」

 一応そう言って千尋に注意を促す。

「うん、そうする。なんなら引っ越しも視野に入れる!」

 そう言った千尋の顔は本気のようだった。

「そこまでなんだ。じゃあ、私帰るからね」

「うん、ありがとー」


 千尋は玲子と別れてアパートまで帰る。

 途中、何度も振り返ったりしたが、昨日見たものはいない。

 それでもすべて夢だったとも思えない。

 昨日のように、玄関のドアを素早く開けて、部屋に入り込み、ドアをすぐ閉じる。

 電気はつけっぱなしだ。

 部屋を留守にするにしても、今日は電気を消すのが怖かったからだ。

 そして、玄関のドアに買って来たお札をすぐに張り付ける。

 千尋にはそのお札がとても頼もしく思える。

 少々予想外の出費だったが、昨日のような思いをしないで済むのなら安いものだと、千尋は思うことにした。

 今日はゆっくりとお風呂につかり、早く寝てしまおう、と千尋はそう思った。





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