九十九物怪取締局
@RITSUHIBI
鰐口 一
おじいちゃんの三回忌だとかで、お寺の中に入った。
目の前にいかめしい、おばあちゃんの家にあるやつを大きくしたような、金ピカの仏壇があって、お坊さんが一人、それに向かってごにょごにょお経を呟いている。
ひんやりとした風が流れ込んできて、体がびくっと震えた。仏壇があるところは畳なのに、僕らが座っているところは木の床だった。座布団の上であっても、木の冷たさが、じわじわ足に来る。
お坊さんのすぐ後ろに、おばあちゃんが座っていた。その横には、父さん。その横の母さんは、克也を抱いているから、克也の機嫌次第で座ったり立ったりしている。
ちょっと前までは、僕が母さんのそばにいたんだけど――。
三月に克也が生まれて、お兄ちゃんになって、自分でやることが増えた。別に、父さんや母さんが、僕を見てくれなくなったわけではない。けれど、どうしたって克也の面倒を見るときの方が長くなっていると、最近では思っている。
だからといって、克也が嫌いなわけじゃない。ずっと欲しかった弟なのだ。可愛くて仕方がない。
うまく言えない、変な気持ちのまま、ひとり座布団に座って、お坊さんがぼそぼそのとなえる、何を言っているのか全然分からないお経を聞いていると、なおさら変な気持ちになった。何だかくすぐったいような、むずむずとかゆいような、いきなり立ち上がって、ぴょこんと飛んでみたくなるような、そんな気持ちだった。
横でごそごそ音がする。母さんが、また立ち上がった。克也がぐずった様子はないから、お乳の時間なのかも知れなかった。
急に、左側がぽっかりと涼しくなった。父さんは何をしているだろうと、周りにバレないように、じろりと目だけを動かして、もっと左の方を見た。
その時、はっと気づいた。
僕らが顔を向けている、金色の仏壇。その手前に机が置いてあるのだけれど、その机の下に、へんてこりんな姿をしたやつがいたのだ。
始めは猫かと思った。猫ぐらいの大きさだった。でも、絶対に猫じゃなかった。
顔は、丸だった。丸く平べったいお椀を二つ重ねたような形をしていた。重そうだ。たぶん、鉄でできている。
体は――トカゲ? 魚? 四本足なのに、魚のようなうろこにおおわれている。四本の足の先には、小さな、とがった爪が生えている。そして背中には、魚のような赤い背びれがついてるのだった。
お寺や神社には、お化けみたいな姿の置物や絵がたくさんある。これも、そのうちの一つだろうと思った。
ところが、そう思ったときに、そのへんてこりんなやつが、するすると音もなく机の下から出てきたのだ。
見間違いじゃなかった。
確かに、それは生きていた。
僕は黙っていた。動けなかった。目だけは、その変なやつをじっと見ていた。
たぶん、僕に見られているのを感じたんだと思う。そいつは、ちょっとだけ首をかたむけ、僕の方に頭の先を向けた。そうして、ゆっくりゆっくり、僕の方に向かって歩いてきたのだ。
誰もそれに気づいた様子はなかった。僕だけが、それを見ていた。
いつしかお経の声は耳からなくなっていた。父さんもばあちゃんも、ばあちゃんの向こう側に並んでいるはずの親戚も見えなくなって、この広いお寺の中で、僕とこいつの二人だけになったような感じだった。
もうすぐで僕の足に触れそうになる、その手前でそいつは動きを止めた。僕は息をするのも忘れて、そいつを見た。
見れば見るほど、変わった姿をしている。頭の円盤は、神社でお参りをするときに鳴らす鐘みたいな形だった。いかにもお寺って感じの不思議な模様が刻まれていた。
僕が見ている前で、そいつは猫のように右の前足を持ち上げた。そうして、長い指を伸ばして、つい、ついと右の方をさした。そこには何もない。あるとしたら、外に出る障子だけだ。
――外に出たいんだ。
頭よりも先に体が動いて、僕は立ち上がっていた。足音を忍ばせて、障子の方に近づき、僕ひとりが通れるくらいの隙間をあけた。そうしておいて、後ろをふりかえることなく、外の光の中に転げていった。誰も、僕たちを見つけた人はいないようだった。
お寺の外は、ここに来たときとはだいぶ、様子が違うように感じられた。
建物の様子や階段、ここに来るのに乗ってきた車、お寺の門……あるものは全部あるのに、何となく、全部が全部違うように感じられた。でも、何が違うのか考えても分からないし、違うからと言って不安になるようなこともなかった。
そいつは前足を伸ばして体を起こし、神社の狛犬みたいなポーズを取っていた。そのポーズで、僕の膝くらいまでしなかった。僕が見下ろすと、そいつはお尻を上げて、お寺のわきの草むらに向かって、ゆっくりゆっくり、時々僕の方をふりかえりながら、歩いていった。
ちょっと嬉しくなった。そいつはどうやら、僕を遊びに連れ出しにきたらしい。あの寒い中で、何を言っているか分からないお経を聞いているよりもずっと良かった。
そいつのあとを追いかけて、草をかき分けていく。草むらは、思ったよりも深くて、ぐんぐん進んでいくうちに、周りが見えなくなっていった。それでも僕は、ただただ進み続けた。あのへんてこりんなやつは、少し行った先で僕を待っている。姿を見失うことがあっても、そいつが歩くたびに周りの草が頭にあたって、さらさらと音を立てるから、見失うはずがなかった。
気づけば草は、僕よりもずっと大きく伸びて、僕におおいかぶさっていた。急に、周りが暗くなったように感じたけれど、不安はなかった。道は、あいつが教えてくれる。僕はただ、進んでいけば良かった。
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