地球は既に宇宙人に支配されている!
綿貫むじな
周辺は既に宇宙人に成り代わられている
ここに一人の高校生が居た。
仮に名前を海江田恭介とする。
彼はある時、突然、雷が脳天に落とされたが如く一つの真実を悟る。
「すでに地球は、宇宙人が蔓延っている」
どこからこの考えに至ったのかはもはやどうでもいい。
妄想と言われるのも致し方ないだろう。
だが、彼の中においては確信めいた予感があった。
例えば家族。
彼には両親の他に弟が一人いるが、どことなくそっけない雰囲気を感じている。
よく言えば当たり障りのない、悪く言えば決して踏み込んでこない接し方。
家族だというのに、他人行儀な会話しかしない。
例えば、母親ならいつも勉強しろ、早く寝なさい、ご飯に呼ばれたら早く来なさいと言った小言が毎日飛んで来るものだったが、いつしかこのような小言も無くなって他人に対して気遣うような言葉遣いになっていたのだ。
父親についても同様で、普段仕事ばかりで家庭をあまり顧みない癖にたまに家にいれば将来どうするんだ、みたいな事ばかり聞いてくるものだったが、最近は仕事も暇なのか定時で家に帰ってきては頻繁に恭介の様子を伺っている。
特に健康状態について。
そこまで神経質に息子の様子を心配した事もないのにだ。
弟については、自分が高校に上がってからは何となく没交渉になっていて特にやりとりもしていなかったが、男兄弟なんてこんなものだと思っていた。
しかし、最近は頻繁に自分の部屋に来るようになった。
やれ、漫画を貸してくれとか勉強を教えてくれとか。
そんなベタベタするものでもないはずなのに。
学校でも、街でも人々の恭介に対する態度は変わらなかった。
どこかそっけないのに、やたらと心配する素振りを見せる。
小さな違和感が彼の中に積層し、やがて一つの岩となって心の中に疑問となって固まって居座るようになっていた所に、先ほどの直感である。
宇宙人の姿を見かけたわけでもない。
宇宙人が居るという、確実な情報を持っているわけでもない。
ただ、彼が持っているだけの確信。
だが彼はもはや、自分の直感を信じる事しかできない。
家族は既に宇宙人に成り代わられてしまっているに違いない。
宇宙人は何故、地球をターゲットにしているのか。
彼の予測に過ぎないが、知的生命体が誕生できる星は奇蹟と言われる程に限られているに違いない。
様々な特撮作品でもある様に、自分の星が何らかの理由で住めなくなったからとかあるのかもしれない。
ともかく、地球は住むには異星人にとっても良い環境なのだろう。
そこに住む知的生命体が居たら邪魔なのは間違いない。
ならばどうするか。
戦争をして徹底的に争い、絶滅させるのも手だろう。
だが、如何に文明の差があるとはいえ、戦争をすれば確実に地球は荒廃する。
手早く支配したいのなら取り得る手段かもしれないが、自らの住居とするならば戦争は良い手段とは言えない。
で、あれば、静かに、少しずつ、自分たちの勢力を広げていくべきであろう。
自分でもそうすると恭介は考えた。
何年かかるかはわからないが、ほとんどの人は違和感には気づかないだろう。
よほどの事が無ければ。
「どうにかして、この秘密を誰かと共有して対抗しなければ」
しかし、誰と、どうやって?
一体どこの誰が本当の人類で、成り代わられた宇宙人なのか全く判別がつかない。
殴ったり切ったりしてみれば体液の色でも違っていてわかるかもしれない。
いやしかし、最近母親が包丁の扱いを誤って指先を切ってしまったのを見たが、あの時の血の色は人間と変わらぬ赤だった。
それ以外に判別方法があるだろうか?
彼には他に思いつくようなものがなかった。
彼は孤独だった。
自分だけが人間とするならば、他の誰もが宇宙人だとするのならば、一体誰に自分が確信している秘密を共有できるというのだろうか。
友人や家族ですら既に偽りであるのなら、もはや信じられるものは何もない。
恭介はただ一人、苦悶していた。
自分すらもいつか宇宙人に成り代わられるかもしれないのに、それを座して待つしかないのか。
それでも日常生活は続けなければならない。
ある朝。
恭介はいつも通りに家を出て、高校に向かった。
電車に乗り、友人を装う者たちにボロを出さないように当たり障りのない会話を交わし、自分の教室に入る。
教室で朝礼を待っていると、一人の見慣れない同級生が教室に入って来た。
容姿自体はちょっと暗めの痩せたオタク風味で、黒い縁の眼鏡をかけている。
それ以外は特筆すべき部分は何もない。
少し遅れて担任が入って、黒板に名前を書いた。
宇川宙一。
「今日は転校生を紹介する。うかわ、ひろいち君だ。まあ手短に自己紹介をしてくれ」
「はい。僕はこの高校でオカルト趣味のすばらしさを広めようと思っています。是非、超常現象や幽霊、UFOなどに興味がある方は語り合いましょう」
この言葉にはクラスメイト全員がそこはかとなく引いていた。
オカルト趣味を持っている人間は確かにいるが、このクラスには誰も居ない。
オカルト研究会にでも足を運ぶべきだろう。
いや、オカルト研究会は最近部員の減少で廃部になっていたか。
「ひとまず席は窓際の一番前が空いてるからそこに座ってくれ」
宇川は勧められるままに席に座り、そのまま授業の流れとなる。
「オカルト趣味、か」
恭介は呟いた。
一つの賭けになるかもしれないが、どうせいつか成り代わられてしまうのなら今も後も同じ事だ。
覚悟を決め、頷いた。
---------------
「それで、こんな所に呼び出したって訳かい」
高校の屋上。
勿論、鍵が施錠されてて立ち入り禁止のはずの場所だが、どこかの誰かがいつの間にか鍵を壊して出入りし放題になっているのを、教師たちはまだ知らない。
恭介と宇川は、屋上のほぼ中央に位置する部分に向かい合っていた。
風でわずかに揺れる金網。
下からは部活に勤しむ生徒たちの掛け声が聞こえる。
先に話を切り出したのは宇川だった。
「僕の趣味に共感してくれたのなら結構な事だけど、わざわざ屋上まで呼び出さなくても適当に下校しながら話すのでも良かったんじゃないか? 親睦を深めるのならそこらのマックにでも行ってポテトでもつまみながらオカルト雑誌を読んで話でもした方が有意義だと思うけどね」
「それじゃダメなんだよ」
恭介の言葉に、わずかに目を細める宇川。
「それじゃダメなんだ」
「何が、ダメなんだい」
「これから話す事は、人類の誰も知らない秘密なんだ。これは俺だけが知っている、俺だけが辿り着いた真理だ。迂闊に誰が聞いてるかわからない場所で話したりはできない」
「なるほどね、そう言う事か」
眼鏡を軽く押し上げ、宇川は姿勢を正した。
「で、君が抱えている秘密ってのは、辿り着いた真理って言うのは何?」
「……宇川君は、オカルトが趣味だと言ってたね」
「そうだ」
「と言う事は、UFO、即ち宇宙人の事も知っているわけだ」
「そうだね」
しばらく、恭介は黙り込んでいた。
本当に話すべきか、やはり口を噤むべきか、まだ迷いの中に囚われていた。
「……踏ん切りがつかないのなら、やっぱり話すべきじゃあないと思うけど」
大丈夫か、と宇川が言おうとした瞬間に恭介は重い口を開いた。
「宇宙人は、地球を狙っているんだ」
しばらくの沈黙。
宇川はその言葉を聞いて、笑うわけでもなく、呆れるわけでもなく、ただ黙って受け入れていた。
「続けてくれ」
「宇宙人は、地球人に成り代わってその勢力を広め、徐々に地球を支配し全てを手に入れてしまおうと目論んでいる」
「面白い説だね。何処から仕入れたの?」
「いいや、自分で辿り着いた」
「ふうん。根拠はないわけだ」
「ないわけじゃない。現に俺の家族は、もう既に別人、いや別の宇宙人に成り代わられている」
その根拠となる出来事をつらつらと話す恭介だったが、宇川は眉の片方を上げるばかりであった。
「色々聞かせてもらったけど、君の家族の変わり様だけでは根拠が弱いな」
「……」
やっぱりダメか、話すべきではなかったか。
となれば、秘密を暴露した「敵」を殺すしかないだろうか。
恭介が懐に隠しているナイフに手を掛けたその時だった。
「だが、君の言ってる事はまるきり事実無根って訳じゃない」
宇川はスマートフォンを取り出すと、とある記事のブックマークを恭介に見せる。
その記事の内容は、恭介が主張する真実と全く同じものであった。
「宇宙人は既に地球に潜んでいるというのは間違いないだろう。アメリカのフロリダに住む〇〇さんの家族のひとりが、実は宇宙人だったという説がある」
「ほ、本当なのか?」
「オカルト界隈では有名なライターが書いた記事だからね、信憑性は高いよ」
恭介は瞬間、自分の体から余計な力が抜けていく事に気づいた。
やっと、信じられそうな人間がここに一人見つかったのだ。
「宇宙人がいよいよ日本にもやって来たって事だよ。君の言う事が本当なら間違いない」
「やっぱりそうなんだな」
「だから、僕たちは情報を共有すべきだと思う」
「俺もだ。宇宙人の支配から、地球を、人類を守らなくちゃならない」
「その為には、レジスタンス組織をいつかは作らないといけないな」
宇川と恭介の会話ははずみ、いつの間にか空は暗くなってしまっていた。
「ヤバい、もうこんな時間だ。早く家に帰らないと最近家族が心配して煩いんだよ。本当の家族でもないってのに」
「気づかれるわけにはいかないからね、お互い早く帰ろうか」
「そうしよう。そうしよう」
宇川宙一。
彼だけが今の所、恭介の味方となる人間の一人だ。
秘密の共有、そして目的の共有。
二つの出来事を一気に成せた事に、恭介は満足気であった。
いつもならまんじりとして眠れぬ夜を過ごすはずだったのに、今日はやけに睡魔に襲われた恭介は、すぐにベッドに入って眠りにつく。
明日はどんなことを話し合おうか。
そして仲間を、どうやって募っていこうか。
恭介の胸中には、密かな希望が芽生え始めていた。
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