第13話 惹かれ逢う心の想い

 幾年もの間、人々の暮らしを見守り平和な世の中を願ってきた姉妹。そんな二人は邪霊を滅する瑞獣ずいじゅうであったため、魄霊はくれい達にはひどくみ嫌われ恐れられていた。ゆえに、白狐びゃっこ黒狐こっこには友と呼べるような存在などおらず、いたのはちぎりを交わしたあるじのみ。


 寂しいと思う感情はなかったらしいが、邪霊を滅し続ければ心折れそうになる日もあるだろう。けれど、人々を守るのが瑞獣ずいじゅう達の運命さだめ。姉妹には休むこと許されず、息つく暇もないほど使命にいそしんだという。


 このように、心など持たず機械のごとく討伐に明け暮れる日々。容赦なく魂を滅する光景は、まるで心をなくした鬼のよう。既に二人の精神は、限界に達していたのかも知れない。


 ――そんな時だった。


 ふらりと神社へ立ち寄る一人の青年。白狐びゃっこ黒狐こっこを見るや否や、突然にも声をかけ近づいてきた。当然ではあるも、人間は魄霊はくれい瑞獣ずいじゅうを認知することはできない。とはいいながらも、駆け寄ってきたというのだから、二人の姿が見えていたに違いない。


 何とも驚いた状況に、姉妹は唖然とした様子で言葉を失った。すると――、青年は囁くように二人へ寄り添い、そっと身体を包み込む。そこから伝わる様々な想いは、今までに感じたことがない心情。


 発せられた言魂ことだまは心に響く優しさ。

 触れ合う掌からは光のような温もり。

 ほんのりと浮かべる微笑みはいつくしみのある表情。


 初めて胸に感じる不思議な情緒じょうしょは、いつしか白狐びゃっこ黒狐こっこの瞳をにじませた。こうして次第に溢れだす涙。ゆっくりと頬を伝いこぼれ落ちるしずくは、いつまでも……いつまでも絶え間なく流れ続けた。


 そんな二人から窺えたのは、安らぎに満ちた穏やかな顔つき。さながらその光景は、天へと帰る魂の輪廻りんね瑞獣ずいじゅう魄霊はくれいのように浄化はしてやれないが、不安を取り除き癒すことなら出来る。


 姉妹を見つめる青年は、場の雰囲気からそう思ったのだろう。再び双方の掌で柔らかく包み込むと、そばでずっと抱きしめたという…………。




「こん。烏兎うと、本当にありがとう。あの時、手を差し伸べてくれたこと。今でも感謝してるわ」

「ごん。烏兎うと、そうだぞ。お前がいなかったら、私は鬼になっていた。だから一応、礼を言っておこう」

 

 過去を想い馳せる白狐びゃっこは、烏兎うとと出会う前の内に秘めた記憶を話す。それは自我を失いかけた切なくも悲しい事柄。思い出すには、心身への影響もあったはず。


 けれども、友と呼べる存在にだけは全てを聞いて欲しい。そんな素振りを見せる姉は、頭を下げながら想いを言葉に込めた。


「僕のほうこそ、君達には感謝してるんだよ。何でも話せる友達って、中々いないからね」


「こん。烏兎うと、そう言ってもらえて、すごく嬉しい」

「ごん。烏兎うと、そんなにも友達が欲しかったのか? じゃあ、もっと感謝しろ」


 丁寧な様子で御礼を伝える白狐びゃっこ。これに対して、黒狐こっこは澄ました顔つきで謝意を求めた。


「そうだね、黒狐こっこのいう通りかも知れない。君達と言葉を交わしていなければ、今でも僕は一人だったかもね。だから偶然のような出会いに、心からありがとうって言いたい」


「こん。烏兎うと、もう大丈夫よ。これからは私達がいる、だから何でも相談してくれていいのよ」

「ごん。そんなに寂しいなら、私が慰めてやってもいいぞ」


「うん。心配してくれて、本当にありがとう。でもね、気にしなくても大丈夫。いまの僕には君達がいるからね。それだけで十分に癒されているよ」


 同じように姉妹との出会いを追想ついそうする烏兎うと。様々な出来事を思い巡らせ、二人を見つめながら頬を緩ませた。


「それにしても、いま思えば懐かしいね。君達を初めて見た時は、二度見したぐらい凄く驚いたんだよ。だってね、猫のような耳はあるし、犬のような尻尾しっぽだってあったからね。コスプレでもしてるのかと思ったよ」


 動物の衣装を身に纏い、境内けいだいの中を歩き回る姉妹。烏兎うとはおかしな二人を見かけた時、近くで何かのイベントがあったのかと思っていた。しかし、いつまで経っても拝殿はいでん前から去らない姉妹。


 明らかに神社へ立ち寄るには風変わりな格好。であるならば、他の参拝客はどう感じているのだろう。周辺を見渡し窺ってみると、どうやら人々に姉妹は見えていない様子。


 狐のたぐいには見えるが、人型の動物霊を見たのは初めてのこと。もしかして、魄霊はくれいのような狐霊これい? 烏兎うとは勝手に想像した名前を付け、しばらく傍観ぼうかんしながら眺めていた。とはいうものの、このままにしておいては不味いまずい


 このように判断した烏兎うとは、すぐさま二人の元へ駆け寄り声をかけたという。こうした当時のことを懐かしく語りながら、白狐びゃっこ黒狐こっこに心の想いを伝えるのであった…………。

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