第11話 君たちは、かけがえのない心の拠り所

 こうして心の想いを祭神へ伝えた烏兎うとは、物思いに過去を振り返りながら感慨に浸る。ゆえに、表情はどことなく寂しげで切なそうな佇まい。願い事を祈り終えた後も、すぐには立ち去ろうとしなかった。


 けれども、窺えたのは傷心した姿ではなく誰かを待っている様子。拝殿前の石段へそっと腰を掛け、しばらく対面の大鳥居を眺めていた。


 すると――。どこからともなく可愛らしい姉妹が現れ、烏兎うとへゆっくりと近づきやって来る。


 風貌ふうぼうから推測できる事は、二人の年齢は中学生の高学年。つまり、十五歳ぐらいには見えるが、それ以上ではないということ。こんな夕暮れ時に、どうして神社へ立ち寄っているのだろう。もしも参拝客がいれば、そんな風に感じたのかも知れない。


 ところが、烏兎うとは不思議に思うことなく平然とした面持ち。少し離れた姉妹に手を上げ、挨拶のような素振りを見せた。という事は、お互いが知り合いなのだと理解はできる。


 とはいえ、こんな時間に幼子と待ち合わせなど不謹慎。烏兎うとに配慮がないように思われるも、何か深い事情がありそうだ。そうした中、徐々に距離を縮めながら歩み寄る二人。やがて目の前まで来ると、足を止め声を掛けてきた。


「こん。烏兎うと、どうしたの?」

「ごん。烏兎うと、悲しいのか?」


 淡々とした口調と表情で、突然にも呼びかける二人。その風采ふうさいは、お互いが黒と白の衣装を纏う姿。凛々りりしくも妖艶ようえんな雰囲気をかもし出す。そんな寄り添う姉妹から魅せられた光景。勾玉まがたまのように重なり合う状況は、まるで太極図のようである。


「やっぱり、分かる? じつは、ちょっと学校で色々あってね。それよりも、今まで何処どこへ行ってたの?」


 顔を覗き込み、気遣う素振りを見せる姉妹。その言葉は聞き取りづらく、片言で話す光景は異国人のよう。からといって、烏兎うとは気にする感じでもなく、普段通りの対応で問いかけた。


「こん。じい御遣おつかいを頼まれていたのよ」

「ごん。そうだぞ、じいは人使いが荒いんだ」


 何の御遣おつかいを頼まれたのかは分からないが、姉妹は疲れた様子で顔をしかめる。


じい……? って、よく分からないけど。人使いはね、人間に対しての言葉。だから、黒狐こっこがいうなら獣使いが妥当かな」


 言葉の意味から分かるように、二人の姉妹は人間ではない。確かなことは言えないが、おそらく人に化けた獣の狐霊これい烏兎うとはこのように推定して、内容を分かり易く言い聞かせる。


 『こん』と高い声を発する方が、白の衣装を纏う姉の白狐びゃっこ。『ごん』と低く濁す言葉の方は、黒の衣装に身を包む妹の黒狐こっこ烏兎うとが心を許している唯一の友達。いつも神社に立ち寄っていたのは、このような理由からである。


「こん。烏兎うと、その言い方は酷いわ」

「ごん。烏兎うと、私は獣だったのか?」


 姉の白狐びゃっこほど、言葉を理解してはいない黒狐こっこ。からといって、全く認識していない訳ではない。烏兎うとの雰囲気や声の抑揚よくようによって、なんとなく状況は分かるもの。これにより、妹は哀しそうな顔つきで、自分が下等生物なのかと問いかける。


「いや、今のは冗談で言ったつもりだったんだけど。その……ごめんね、さっきの言葉は訂正するよ。君達は僕にとって、かけがえのない人間以上の存在だよ」


 先ほどの言葉を深く反省する烏兎うとは、姉妹に頭を下げ本当の意味を話す。


「こん。烏兎うと、それってつまり……」

「ごん。烏兎うと、人間よりも進化した生き物がいるのか?」


 さすがは白狐びゃっこといったところだろう。最後まで言わなくとも、烏兎うとの言葉を理解しているように思える。これに反して、やはり黒狐こっこは意味を履き違えているようだ。


黒狐こっこ、そういう事じゃなくてね。白狐びゃっこは分かってると思うけど、君たちは人間よりも清らかな心を持った存在。僕のことを受け入れてくれた大切な友達だよ」


 烏兎うとは姉妹へ寄り添い手を取り合うと、笑みを浮かべながら心情を語る。

 

「こん。烏兎うとからそう言ってもらえるとすごく嬉しいわ」

「ごん。烏兎うと、それなら私でも分かるぞ。友達は家族ということだろ」


「あはは……黒狐こっこの意味合いはね、ちょっと違うかな。でも、僕は君達のことを家族のように思ってるよ。だからね、これからもずっとそばにいて欲しい」


 黒狐こっこの言葉に首をかしげ苦笑いを浮かべる烏兎うと。内容のすれ違いはあれど、少なからず気持ちは通じていたに違いない。たとえそれが人ならざる者であろうとも、お互いを信じ合う心さえあれば分かり合えるもの。


 深く結ばれた絆は、いつしか信頼へと変わりゆく。そして、彼女達こそ心の拠り所よりどころだと、烏兎うとは内に秘めた心の想いを伝えた…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る