オーパーツ
@d-van69
オーパーツ
地面に穿たれた巨大な穴の底には、均等な間隔でロープが張り巡らされ、きっちりと区画が整理されていた。その中で、大勢の人々が地面に這いつくばるようにしながら土をほじくり返している。
穴のすぐそばに設営された大型テントの中で、J氏はコンピュータの画面を睨んでいた。数日来そこから出土した遺物の数々を、整理分析するためだ。
その時、男が駆け込んできた。発掘隊の1人だ。
「博士、ちょっと見てください」
慌ててテントを飛び出したJ氏は男の後を追った。その先で待ち構えていた彼の助手が、無言のまま地面の一角に視線を移した。そこには薄い円盤状のものが地面に埋もれていた。
そこは大陸の東端に位置する名もない島。とあるコングロマリットが資源調査のためにその土地を掘り返していたところ、何かの遺跡が現れた。即刻調査は打ち切られ、発掘が始まった。そのリーダーとして、考古学者であるJ氏が指名された。
巷間ではかねてから古代文明なるものの存在が実しやかに囁かれていた。我々よりもさらに進んだ文明を持った人類がかつては存在し、核戦争により滅んでしまったのだと。その根拠とされているものは、世界各地の遺跡から発見された品々だった。水晶髑髏であったり、ロケット型のペンダントであったり、その時代にそぐわないそれらはオーパーツと呼ばれていた。
J氏は刷毛と熊手を使って慎重に土を取り除くと、恐る恐る円盤状の物体を持ち上げた。直径は10センチ強で、中央に穴が開いている。片側の面にはそれまで彼が見たことのない文様が並んでいた。反対側は虹色の光を拡散させる鏡のようだ。
「まさか、これは……」
呆然とした様子で言葉を失くした博士の代わりに、助手が口を開く。
「これって、光ディスクみたいですよね」
その言葉にJ氏は「あり得ない」と鼻息を荒げた。
「先日ここから見つかった動物の骨は、炭素年代測定によれば1万年前のものと出たんだぞ?その時代に光ディスク?あるわけがないだろう」
「ですが、どう見たってこれは……」
「偶然の一致だ。大方、祭祀用の道具か、それとも装飾品かなにかだよ」
「しかし、万が一と言うこともあります。よければ僕に調べさせてもらえませんか?もしも光ディスクだとしたら、何か驚くべきデータが保存されているかもしれませんよ。それこそ世紀の大発見だ」
助手の提言にJ氏はしばらく逡巡してから、
「そうだな。可能性を頭から否定しては学者の名が廃る。よし。これは君に任せるとしよう」
2人は出土した何枚もの円盤を丁寧に保管箱へと収めると、テントへと戻った。
「驚いた……本当に光ディスクだったのか……」
目を丸めるJ氏を一瞥してから、その隣で助手が興奮気味にコンピュータのモニターを指さした。
「ご覧のように、発掘された全てのディスクにデータが記録された痕跡があります。ただ1万年も前のものですから、そのほとんどが破損、あるいは読み取り不可能でした」
「じゃあ、どんなデータかはわからんのか?」
「それが修復ソフトにかけてみたところ、3枚のディスクから動画の一部分が抽出できました」
「動画だって?」
「と言っても、ごく短い断片的なものでしかありませんが」
「君は見たのか?」
「いえ、まだです」
「だったら早く、再生しなさい」
「わかりました。ではまず1つ目」
言いながら助手はキーボードを叩く。するとモニターに動画が流れ始めた。
高層ビルが立ち並ぶ街の中、それを超えるような巨大な怪獣が闊歩していた。それを迎え撃つように戦車が砲撃を加えるものの全く効果がなく、逆に怪獣が吐き出した炎であっけなく爆破され……そこで動画は途切れた。
2人は呆然とした顔を見合わせた。
「1万年前にはこんな化け物がいたんですね」
「恐ろしいことだ。この怪物のせいで文明が滅んでしまったとも考えられるな」
「このあと、こいつはどなったんでしょうね?」
「わからんよ。死んだことを祈るばかりだ」
重い空気が流れるなか、助手が尋ねる。
「博士。次の動画を再生しますか?」
「うん。頼む」
その言葉で新たな動画が流れ始めた。
宇宙空間が映し出された。その中をH型の翼をもった戦闘機が縦横無尽に飛んでいる。それを追跡するように飛んでいるのはX型の翼の戦闘機だ。後方からX型が砲撃し、H型は大破した。金色のロボットが歓喜の声を上げたところで、映像は途切れた。
「これって、宇宙戦争ですよね?」
「そのようだな」
「つまり、この戦いに敗れたため、文明は滅んだ?」
「そうだとしたら、この星は異星人に支配されたということだぞ」
「じゃあ、ひょっとしてこの遺跡は宇宙人のもの?」
「どうだろうか。私にはこの遺跡の文明レベルと映像の中の文明レベルがあまりにも違いすぎるような気もするがね」
「だったらこれは、どこの戦争の映像なのでしょうか……」
「わからんよ。とにかく、最後の動画も見てみよう」
J氏の指示で3つ目の動画が再生された。
モニターに突然、狂ったような人間の顔が大写しになった。びくりと戦きながらも、2人は画面を注視する。
それはどうやら何らかのウィルスに感染した者の顔だとわかった。発症者に噛まれることで感染するらしい。噛まれた者はやがて狂暴化し、さらに他の者を噛むことでウィルスは爆発的に広がっていく……。
地獄と化した街並みが映し出されたところで動画はフリーズした。
それをじっと見据えたまま、J氏は生唾を飲み込んだ。
「恐ろしいウィルスだ。きっとこれが文明崩壊の原因だよ。治療法が見つからぬうちに、全世界に広まったんだ」
「と言うことは博士、発掘作業を続けても大丈夫でしょうか?」
「どういうことだ?」
「だって、このウィルスが、遺跡の中でまだ眠っている可能性も……」
それを聞いたJ氏は慌ててテントを飛び出すなり、穴の底に向けて大声で叫んだ。
「発掘作業は今すぐ中止だ!すぐにそこから出ろ!」
作業員たちは何が起こったのだと言いたげに顔を上げた。彼らは大きな板状のもの掘り起こしている最中だった。そこにはこんな形の古代文字が並んでいた。
「T」「S」「U」「T」「A」「Y」「A」
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