vol.18 密室の罠



    [Ⅰ]



 ディアーナの案内で、俺とイアティースは屋敷内のとある部屋へとやってきた。

 そこは美術品などが沢山置かれている広い部屋であった。

 大きさにして50平米くらいだろうか。

 そこには、彫像や絵画に壺、それから甲冑や剣に槍といった武具などが、所狭しと置かれている。

 どれも立派であり、かなり根が張りそうな代物であった。

 おまけに部屋の中央には、大きな台座に乗った白い竜の石像があり、周囲に睨みを利かしているのである。

 それもあり、どことなく、宝物庫のような雰囲気のする所であった。

 だが違和感があった。

 なぜなら、この部屋はあまり荒らされた形跡がなかったからだ。

 それに加え、部屋の中にあるこれらの美術品や武具は、少々、詰め込み過ぎなように俺は感じたのである。

(なんだこの部屋? 美術品とか武具を仮置きしてんのかってくらい一杯あるな。おまけに全然破壊されてないし……。それに、あの中央にある竜の石像の台座だ。乗ってる像に対して大き過ぎじゃね? なんかすっげぇ違和感あんだけど……)

 そう、そこが非常に気になるところであった。

 というわけで、俺は竜の石像がある所へと行き、暫しそれを眺めたのである。

 竜の石像はなかなか立派であった。

 ワイバーンのように大きな羽を持つ竜で、今にも火を噴きそうなほどだ。

 またその下には、俺の胸くらいまである跳び箱のような大きな台座があり、妙に存在感を放っているのである。

 なぜここに来たのかというと、この台座に不自然な存在感があったからだ。

 ちなみにだが、床には台座を動かした形跡があり、以前の位置と思われる跡が、薄っすらと残っていた。

 ただ、この台座と比べると、それは一回り小さい跡であった。

 恐らくは、今あるモノと違うモノが置かれていたのだろう。

 怪しさ満載なので、俺は台座に軽く蹴りを入れてみた。

 すると、コンという軽い反響音がしたのである。

(ふぅん……なるほどね。そういう事か。しかし……ここってよく見ると、荒らされてないよな。ヘリオス将軍達はここに来てないのかな。もしくは、誰もいないとみてスルーしたか。でも、物取りならこういう部屋に、普通は入ると思うんだけどね。メディアス卿も案外馬鹿なのかもしれないな。まぁ壊す勇気がなかっただけかも知れんが……ン?)

 俺がそんな事を考えていると、ディアーナは奥の壁へと行き、こちらに振り返った。


「女王陛下にコースケ殿、この壁に、実は仕掛けがあるのです」

「へぇ、仕掛けですか……ところで、ディアーナさん、アレウス様は今、どちらに?」

「アレウス様は恐らく、屋敷内の別の部屋を見ているのではないでしょうか」

「そうですか……近くにいるのなら、聞きたい事があったのですが、また今度にしましょう」


 どうやら、ワンレンのアレウス様は別行動のようだ。

 いないものは仕方がない。


「では、仕掛けを動かしますね」 


 ディアーナはそう言って、壁際にある胸像へと近付いた。

 だが、俺はそこで待ったをかけたのである。


「ディアーナさん……その前に、幾つか訊きたい事があるんですが、良いですかね?」

「良いですよ。なんでしょうか?」

「ディアーナさん……貴方はメディアス卿に仕えていたとアレウス様が仰ってましたが、本当ですか?」


 俺は竜の石像を眺めつつ、彼女に問いかけた。


「ええ、本当でございます。宮廷魔導師として、メディアス様のお手伝いをさせて頂いた事がありましたので」

「へぇ……そうなのですか。ところで、メディアス卿ってどんな方ですか? 私からすると、頭が悪くて、かなりいい加減なオッサンに見えますけど」


 すると、ディアーナは口元に手をやり、目を大きく見開いたのである。

 暴言を聞いてドン引きしたのかもしれない。


「い、いい加減なオッサン? そんな風に言ってはダメですよ! メディアス卿は素晴らしい方なのですから。大変優秀な方なのですよ」

「へぇ……優秀なんですか。具体的に、どんな感じで優秀なんですかね?」


 ディアーナは少し考え込む。

 すぐに出てこない時点でお察しである。


「メ、メディアス卿はダラムの権威なのです。非常に財務の知識も豊富な方ですので」


 ダラムとはこの国の通貨単位の1つである。

 要は金って事だ。


「あのオッサン、金貨とか好きそうですもんね」

「いや、そういう意味で言ったのでは……」


 俺の暴言に対し、ディアーナは少し焦った感じであった。

 イアティースはポカンとしながら、俺達のやり取りを見ている。


「そうですかね……私は今まで色んな方々を見てきましたけど、メディアス卿はたぶん、強欲な変態親父ですよ。ああいう輩は、色と欲に塗れてますからね。ディアーナさんは、お尻や胸を触られたりしませんでしたか?」

「え? お尻と胸ですか……少しだけ触られたかも……」


 ディアーナは少し顔を赤くしていた。

 触られてたんかい! と突っ込みを入れそうになったのは言うまでもない。

 するとイアティースが若干赤面しつつ、俺の隣に来たのである。


「あの、コースケ殿……ここでそういう話はやめましょう。今はメディアス卿の安否が先ですよ」

「そうでしたね。メディアス卿の手癖の悪さなんて、心の底からどうでもいいですもんね。変態親父の事は今は忘れましょう」


 するとそこで、どこからともなく、「カタッ」と音が聞こえてきたのであった。


「ン? 今、何か音が聞こえませんでしたか?」


 イアティースはそう言って、周囲を見回した。


「陛下、恐らくどこかに、大きなネズミがいるんでしょう」


 俺達がそんなやり取りしていると、ディアーナは硬い笑顔で壁を指さした。


「あのぉ……ところで、仕掛けの方はどうしましょうか?」

「ああ、どうぞ。やって頂いて構いませんよ。ディアーナさん、続けてください」

「わかりました。では……」


 ディアーナは近くにある胸像を横に動かした。

 するとその直後であった。

 なんと白い壁が横にゆっくりと動いたのである。

 壁は石の壁のようで、かなり分厚い。

 見た感じだと、50cm以上は優にあるだろう。

 これだけ厚みがあると、相当重い筈である。

 どういう仕掛けなのか気になるところであった。

 よくこんな仕掛けを施したモノだ。

 そして、動いた壁の向こうには、奥へと続く通路が伸びているのであった。


「か、壁が動いた。コースケ殿、これは……」

「隠し扉ってやつですね、陛下」


 ディアーナはそこで俺達に振り返った。


「この通路の先に、そこそこ大きな部屋が幾つかあるのです。どうされますか?」


 イアティースは不安そうに俺へ視線を向けた。


「コースケ殿……どうしましょう。行きますか?」

「とりあえず、行きましょうか。ですがその前に……」


 俺はそこで、付近にあった紐を使い、竜の像を近くの像や棚と頑丈に固定したのである。

 これでたぶん大丈夫だろう。

 理由は勿論、ネズミに出て来られると困るからだ。


「あの、コースケ殿……なぜそのような事を?」


 イアティースは首を傾げていた。

 今は理由を言いたくないので、俺は適当に答えておいた。


「魔除けです。私の住んでいた所では、こういう威圧的な像を縛り上げて祈祷する風習があるのですよ」

「そ、そうなのですか。変わった風習ですね」


 だが、俺の行動を見ていたディアーナは、口元をヒクつかせていたのであった。

 ディアーナは少し青い顔をしていた。

 この表情を見る限り、俺の予想は当たりのようだ。

 そして、俺はそんなディアーナに対し、優しく声を掛けたのである。


「ディアーナさん、さぁ行きましょうか。案内お願いします」

「は、はい……では」――



   [Ⅱ]



 俺とイアティースは、ディアーナが持つエンギルの光というのを頼りに、通路を進んで行く。

 ちなみに、エンギルの光とは、魔法陣のようなモノが描かれた透明のガラス瓶に水を入れ、その水を魔法の力で発光させるという仕組みのモノであった。

 これはイアティースから教えてもらった情報である。

 しかもこのエンギルの光、物凄い明るさであった。

 LEDの照明並みなのである。

 そんなすごい照明器具なのだが、イアティース曰く、コレを扱えるのは、ある程度熟練の魔導師じゃないと難しいとの事であった。

 なので、ディアーナが優秀だというのは、こういうところからも垣間見えるのである。

 まぁそれはさておき、通路を少し進むと、地下へと続く階段が現れたので、俺達はそこへ降りて行った。

 すると程なくして、俺達は開けた部屋へと到着したのである。

 見たところ、先ほどの宝物庫みたいな所より、更に広い。

 だが、おかしな事に、そこには化け物の石像や、騎士の石像しか置かれていなかったのだ。

 しかもその数、13体。一種異様な空間であった。

 おまけに、この奥にも扉が2つあり、まだ部屋がある感じなのである。


「ここがメディアス様のお屋敷の隠し部屋でございます。メディアス様はこの場所に大事なモノを仕舞われているそうです」


 ディアーナはそう言って周囲を見回した。

 だが違和感ありまくりであった。

 なぜなら、ここに置いてある石像は、どれもこれも見た事あるモノばかりだったからだ。

(この石像……これって、まさか! チッ……)

 するとその時であった。

 何かの警告のように、ゾワッと悪寒が走ったのである。

 そして、その直後、後方からナニかを引きずるような音が聞こえてきたのであった。

 俺はそこで慌てて振り返った。


「アッ!? おいおいおい……なんでだよ。あの台座は動かないように括り付けてきたのに……」

「コースケ殿……い、入口が……塞がれてしまいました」


 イアティースもそれを目の当たりにし、驚きの声を上げた。

 そう……なんと、この部屋の入口が、石の壁で塞がれてしまったのである。

 これは非常に不味い状況であった。

 するとそこで、ディアーナが慌てて、閉ざされた入口に行き、ドンドンと壁を叩いたのである。


「なッ!? なぜ私まで! メディアス様! なぜ私まで閉じ込めるのですか! 出してくださいッ!」


 この非常事態に、ディアーナは我を忘れて、壁を叩き続けた。

 すると馬鹿笑いが、向こうから聞こえてきたのである。


「グハハハ、ディアーナよ、よくやったぞ。褒めて遣わす。これで、忌々しい、イアティース女王陛下とアシュナの護衛を纏めて始末出来るというモノだ。だが、お前の役目はここまで。ここから先は、女王と運命を共にするが良いぞ。グハハハハ」

「始末って……そんな話は聞いてませんよ、メディアス卿! 私はここに閉じ込めるだけとしか!」

「ディアーナ、お前は優秀な宮廷魔導師だったぞ。南部のニューク出身のお前が、ここまでこれたのだからな。その胸をもう見れぬのが寂しいが、お前には新しい時代の犠牲になって貰うとしよう。さらばだ!」

「ちょっと、メディアス様ッ! ふ、ふざけんな、ジジイッ! いつも私の胸を触ろうとしてきやがってッ! 開けろッ! 開けろぉぉぉ!」


 しかし、言葉は返って来なかった。

 メディアス卿はもう撤収したんだろう。

 というか、やはりこの女は、メディアス卿の手駒だったようだ。

 最後は用済みとして、切られてしまったみたいである。

 まぁそれはともかく、これは想定外であった。

(アチャァ……しまったな。俺の見通しが甘かったか。メディアス卿はなんとか台座から脱出できたのかもしれん。さて、どうしよう……ン? ええ……ここでそれかい……)

 そして、更に事態は悪化してゆくのである。

 なんと、全ての石像にヒビが入り、パラパラと音を立てて表面が崩れ落ちてきたからだ。

 それはまるで、卵の殻を破る雛のような現象であった。


「キャァ! せ、石像がッ!」


 それを見るなり、イアティースは取り乱したように慌て、急いで俺の傍に来た。


「コ、コースケ……どうしよう。この石像……全部、悪魔とか化け物よ。こんなにもいるなんて……」

「イアティースは俺の後ろへ、早く」

「う、うん」


 入口に視線を向けると、ディアーナは尚も壁を叩き続けていた。

 そんな中、石像達は程なくして完全体になり、徐々に動き始めたのである。

 頭が2つあるライオンみたいなのや、スケルトンみたいな骸骨の剣士、それからコモドドラゴンより大きなトカゲ、そして隣国の鎧を着たニューフェンの兵士達が。

 するとその時であった。

 ニューフェンの兵士達は黒い霧に包まれ、またあのガーゴイルみたいな悪魔へと変貌を遂げたのである。

 すべてが化け物と化した瞬間であった。


「なによ、これ……聞いてないわよ。こ、こんなに悪魔がいるなんて……」


 ディアーナに視線を向けると、壁を叩くのをやめ、臨戦態勢に入っていた。

 流石にこの辺は宮廷魔導師といったところである。

 とはいえ、少しビビっているのか、腰が引けていた。

 まぁそれはともかく、大ピンチである。

(はぁ……溜息しか出てこない展開だ。どうすっかな……とりあえず、奴等の体勢が整う前に、先手必勝で行くか。まずはあの魔法を試してみよう……前回使った時は対象がいない時だったから、これで真価がわかる……)

 俺は行動を開始した。

 両手を胸の前にやり、鳥が翼を広げるかのように俺は組んだ。

 そして、呪文を唱えたのである。


「アン・エンギル・ウードゥー・ディギル・エアーナ・エル・イシュタルト」


 その直後、俺の周囲に小さな光が無数に集まり、繭のように包み込んでいった。

 続いて俺は、自分の腕を翼の如く、勢いよく広げたのだ。

 すると次の瞬間、俺を包み込んでいた光は大きな翼と化し、閃光を発しながら暴風を巻き起こした。

 そして、光の翼は俺から解き放たれ、全ての化け物に容赦なく襲い掛かったのである。

 化け物は光の翼によって、勢いよく吹き飛ばされ、「グギャ」「ドベェ」「あべし」「ひでぶ」「ブヴォ」「ウンコ」「オメコ」「ティンポ」「たわば」「オマーン」などと、個性的な悲鳴を上げながら、次々と壁に激突していった。

 実験は大成功であった。

 イメージ通りの魔法と言えよう。

 そう、この光の翼は、広範囲にエンギルクラッシュみたいな衝撃をぶちかます、ある意味、反則的な魔法なのである。

 瞑想で俺が求めていた、まさに、多勢に無勢用の魔法なのであった。


 話は変わるが、この間、この光の翼をイアティースが見てみたいというので、試しに女王の寝室でしたら、周囲の棚やベッドを壁際に吹き飛ばしてしまったのだ。

 その為、後始末が大変だったのである。

 そして、イアティースに「二度とこの部屋で、その魔法は使わないで!」とお願いされた魔法でもあるのだ。

 まぁそんなわけで、気軽に試す事ができない魔法だったのだが、今回、初めてその効果を目の当たりにしたので、大変満足しているところであった。

 今後は護衛で使う機会が増えそうである。

 つーわけで話を戻そう。


 壁に激突した化け物共はモゾモゾ動き始める。

 予想していた事だが、やはり、これで倒す事はできなかったようだ。

 瞑想のイメージでも、道を強引に切り開く為の魔法だったからである。


「な、何よ、その魔法……貴方一体……」


 ディアーナの驚く声が聞こえてきた。

 とりあえず、放っておこう。


「コースケ……その魔法、こういう時は凄いね」


 イアティースは俺の後ろでそう呟いた。

 たぶん、寝室で使った時の事を思い出したのだろう。 

(さて……ここで畳み掛けないとな。水分消費がかなり増えるが、イアの術で身体強化しつつ、光の剣を使うとしよう……)

 俺は体勢が整わない今が好機と考え、すぐに光の剣を行使した。


「エル・イシュタルト」


 青白く輝く光の刃が、柄の先から出現する。

 そして俺は、化け物を一撃で仕留めるべく、素早く奴等の所へ移動し、急所目掛けて容赦なく攻め立てたのである。

 光の刃は、化け物共の首を次々と一閃してゆく。

 その刹那、化け物共は断末魔の悲鳴を上げることもなく、次々と息絶えていった。

 だが、全部は流石に無理であった。

 10体は始末できたが、3体は討ち漏らしたのだ。

 残りはガーゴイルが1体と、2つの頭を持つライオンが1体、骸骨剣士が1体であった。


「コイツ……なんて奴だ……あれだけいた仲間をこんなに殺しちまいやがった……クソッ」


 あっという間に10体始末した俺に対し、化け物共はかなり警戒していた。

(容赦せずに急所攻めしたのが、効果あったようだ。しかし……このイシュタルトの力を得てからというもの、本来の自分なら躊躇するような攻撃も、平然と出来てしまうな。ここ最近、自分が時々怖いわ。敵と認識すると躊躇いがなくなるというか……まぁいい、後だ)

 化け物共は間合いを計るかのように、ゆっくりとこちらに近づいて来た。

 俺は剣を中段に構える。


「おい、ディアーナさん……ここはひとまず助け合いで行こうじゃないか。この件については、生き延びたら聞かせて貰うよ」

「そう……で、私は何をすればいいの?」

「その前に、コイツ等と戦った事は?」

「ないわよ……私は戦いが好きじゃないの」

「じゃあ、どんな魔法使えんの?」

「炎は得意よ。それと眠りの霧も」

「じゃあ、それで支援して」

「わかったわ」


 そうと決まったところで、俺から動いた。

 俺はとりあえず、一番近いガーゴイルみたいな奴から始末することにした。

 その際、俺は奴の動きを縛る為、間合いを詰めると、エンギルの力で床に強引に押さえつけた。

 とりあえず、イメージ的には重力魔法のような感じだろう。

 奴は苦しそうに、そこから抜け出そうと必死にもがいていた。


「グッ……これはイアの術か! オノレェ」


 そして俺はもがく奴に近づき、そこで首を刎ねたのである。

 断末魔もなく、静かに奴は息絶えた。

 これで1体完了である。残り2体。

 するとその時であった。

 2つ頭のライオンが俺に向かい、飛び掛かろうとしていたのだ。

 だがしかし、そこで火炎放射のような炎が、化け物に襲い掛かったのである。


「ギアヴィルの炎を喰らいなさい!」


 汚物は消毒だぁ! とでも言わんばかりに、ディアーナは火炎放射していた。

 化け物の体毛は一気に燃え上がり、火達磨となって暴れ狂っていた。

 中々強力な炎の魔法であった。

 毛が燃える独特なニオイが辺りに漂い始める。

 流石に、優秀と言われる宮廷魔導師といったところだ。 

 するとディアーナは、続いて、骸骨剣士にも火炎放射を見舞ったのである。


「お前もよ!」


 骸骨剣士は炎を浴びて動きが鈍くなっていた。

 程なくして化け物は動きを止め、煤のようにこんがりと焼け落ちたのである。 

 これで粗方片付いた感じだ。

 ライオンみたいな化け物の方は、全身に火傷を負い、虫の息といった感じで床に横たわっている。

 この感じだと、もう起き上がる力はないだろう。

 俺はそこで光の剣を仕舞い、経口補水液を口に運んだ。

(ふぅ……結構きつかったな。エンギルの力を多用したから、仕方ないか。まぁでも……こういう状況だと意表突かないとやられる可能性があるからな。とりあえず、なんとかイアティースも俺も無傷で終われたし、これで良いだろう)

 俺はそんな事を考えつつ、周囲を見回した。

 この空間は凄い有様である。

 化け物の死骸と焦げた異臭で埋め尽くされているからだ。

 するとそこで、イアティースが俺の胸に飛び込むように、抱き着いてきたのであった。


「さすが、コースケね! こんなに一杯いたのに、あっという間に倒しちゃうんだもん。凄いよ。大好き、コースケ」


 イアティースは今の状況を忘れてるようだ。

 化け物を見たショックでパニクってるのかもしれない。

 俺は第三者がいる事を耳元で囁いた。


「イアティース……後ろ後ろ」

「あッ!?」


 するとイアティースは即座に反応し、俺から慌てて離れたのである。

 後ろには、俺とイアティースのやり取りをジィーと見ているディアーナがいた。

 その表情は『なんなの、コイツ等……』といった感じだ。

 なんか気まずい雰囲気だったが、とりあえず、俺は礼を言っておく事にした。


「ディアーナさん、助かりましたよ。お陰で、コイツ等をすんなり倒せましたから」

「貴方……一体何者なの? あんな魔法……私、宮廷魔導師をそれなりに長い事やってるけど、今まで見た事ないわ。それに、イアの術も凄い練度だし。光の剣もそうよ。貴方、一体何者なのよ」

「何者ねぇ……その言葉は、そっくりお返ししますよ、ディアーナさん。貴方こそ、何者なんです?」

「そ、それは……」


 痛いところを突かれたのか、ディアーナは俺から目を逸らした。


「ディアーナさん……先程のやり取りを聞く限り、貴方はメディアス卿と結託して、俺と女王陛下をここに監禁しようとしていた……そうですね?」


 ディアーナは渋々ではあったが、首を縦に振った。


「そうよ……でも、私まで閉じ込められるなんて思わなかったわ。それに、こんなに悪魔共がいるとも聞いてなかった……」

「ディアーナ……貴方とメディアス卿はなぜこんな事をするの?」


 イアティースは思い詰めた表情で、ディアーナにそう問いかけた。

 するとディアーナはブンブンと頭を振ったのである。


「女王陛下……私は頼まれただけで、詳しい事は知らないのです。ただ……メディアス卿は以前、こんな事を言ってました。オルフェウスは何百年も小国のままだ。そろそろ変わらないといけない。次の新しい時代の為に、今の王族には退いてもらわねばな、と……」


 どうやら、革命染みた反乱のようだ。

 だが、根っこの部分は違う気がした。

 もしそうなら、辻褄の合わない部分があるからだ。

(革命と言えば聞こえはいいが、悪魔の手を借りてまでする事だろうか……下手すると隣国のように、国そのものが無くなるかもしれないのに。もしかするとメディアス卿は、得体の知れない何かに操られているのかもな……たぶん、そいつが黒幕な気がする)

 俺はなんとなく、そう考えていた。 

 

「なるほどね。要するに貴族の反乱みたいなものか。まぁ大体の経緯はわかりましたけど、メディアス卿の家族や召使いはどこにいるんです? この屋敷にいるんでしょ?」


 ディアーナは奥の扉を指さした。


「あの扉の向こうで眠っているわ。私が眠らせたの。ちょっとやそっとじゃ目覚めない……深い眠りの魔法を」


 なんというか、俄かには信じがたい情報であった。


「はぁ!? あんな所にいるのかよ。よくそんな所で、俺達を襲わせようとしたな……あのオッサン。色々と行き当たりばったり過ぎだろ」

「隠し部屋はここしか無いからよ。はい……コレあげるわ」


 ディアーナは意気消沈した表情で、俺に小さな鍵を差し出してきた。


「これは?」

「あの部屋の鍵よ……アイツ、私が鍵を持っている事を忘れてたみたい。あのジジイも、それだけアンタを恐れていたのかもね。私達の負けだわ……」

「じゃあ、確認させてもらうよ」――


 で、確認したところ、扉の向こうには確かに、眠らされた者達が何人もいたのであった。

 だが、ここに眠らされている者達がいるという事は、その内、またあのオッサンもここに来るに違いない。

 というわけで、俺達はその時まで、暫し待つ事にしたのである。

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