vol.2 鏡の会談
[Ⅰ]
衝撃的な出逢いではあったが、とりあえず、俺達は互いに自己紹介をした後、冷静に話をしていった。
とはいえ、ちょいと違和感がある会談であった。
なぜなら、衛星放送のように互いの話し声に遅延があったからだ。
こういう状況なので些細な問題だが、テンポが悪いので、若干もどかしい気分になる会話であった。
まぁそれはさておき、彼女の名前はイアティースというらしい。
彼女曰く、オルフェウスという国の女王だそうだ。
年は18歳との事である。
長生きしそうなファンタジー種族の見た目だが、俺達と寿命はそんなに変わらないようだ。
とはいえ、向こうの1年が、こっちと同じとは限らないので、あくまでも参考データとして考えた方が良いだろう。
それとニューフェンという種族だと言っていた。
よくわからんが、エルフではないみたいである。
というか、「エルフって何?」と、逆に聞き返されたので、一般的な名詞ですらないのかもしれない。
おまけに俺を見て、貴方は「アシュナの民なの?」とか言ってたのが気になるところであった。
もしかすると、こういう顔つきの者達もいるのかもしれない。
話は変わるが、イアティースが今いるのはオルフェウス城にある【聖なる鏡の間】という所らしい。
大昔からの掟で、国王以外立ち入り禁止の聖域だそうである。
なんでも、遥か昔、聖なる鏡から悪しき存在を打ち払うイシュタルトが現れたという言い伝えがあるそうだ。
ちなみに、イシュタルトとは向こうの古代語で、希望の光という意味らしい。
まぁなんというか、お約束な
もはや、現代に至っては、かなり使い古されたネタと言えよう。
二番煎じのRPGが多い昨今にあっては、「はいはい、またですか。どうせ、勇者とか魔王とかいるんでしょ? で、中途半端に精霊とか神様が介入してきて、事態を面倒にするんだろ? もうお腹一杯だよ」と言いたくなる伝承である。
おまけにイアティースの話だと、オルフェウスの歴代国王は、その鏡に向かい、毎日朝昼晩と礼拝する慣わしがあるそうなのだ。
なんとまぁ御苦労な話であった。
鏡に執着し過ぎやろ! とは思ったが、異世界の話なので部外者は黙っておくとしよう。
それに、よく考えたら日本も、クリスマスとか、バレンタインとか、ハロウィンとか、神社参拝とか、お寺参りとか等々、別々の宗教イベントに全員参加してる状態を考えると、ある意味健全なのかもしれないと思う、今日この頃なのである。
つーわけで話を戻そう。
俺は彼女に生活様式とかもザックリ訊いてみたが、話を聞く限り、かなりファンタジーな世界のようであった。
魔法のような力があったり、凶悪な怪物や悪魔も沢山いるそうである。
そして、彼女の国は今、そういった奴等に攻められていて、危機に瀕しているとの事であった。
つーわけで、彼女の話が事実ならば、この水鏡の向こうには、剣と魔法のファンタジー世界が広がっているのである。
ちなみに俺は、彼女の話をある程度は肯定的に受け止めていた。
なぜなら、今のこの状況がそれを感じるに値するからだ。
どう考えても常識では計れない現象が起きているので、彼女の話も御伽噺とは思えないのである。
とはいうものの、彼女が御伽噺に出てくる人を騙す悪い妖精という可能性もある。が、その場合は、スルースキル発動で乗り切る予定であった。
まぁ別の可能性として、銀の器に秘められた催眠や暗示の効果により、俺が幻覚を見ている線もあるが、何れにしろ、原因はこの器なので、その場合は問答無用で厳重に封印する予定である。グッバイってな感じだ。
「私の方はこんな感じね。だから……今、我が国は……大変な事になっているのよ。さっき話したけど、不死の王が率いる亡者の軍勢が……オルフェウスに迫ってきているわ。だから、それに対処するには、父の時代にあった鏡の予言にあるマーシアス様の力が必要なの……でも、貴方は知らないんでしょ? もう終わりだわ……」
イアティースはそう言うと、また泣きそうな顔になり、ガクっと肩を落としたのであった。
この表情を見る限り、かなり切羽詰まっているのだろう。
不死の王が率いる亡者の軍勢という文言が、かなり嫌な響きだったのは言うまでもない。
(100%信じるわけにはいかないが、不死の王に亡者の軍勢ねぇ……。もしかして、RPG系に良く出てくるヴァンパイアロードやリッチみたいなのがいるんかもな。ま、水鏡の向こうの話だし、俺には関係ないか。とりあえず……話は聞くけど、深入りは禁物だな、こりゃ。会社でも面倒に巻き込まれて、俺はヒドイ目にあったし。可哀想だが、傍観に徹しよう。それはともかく……さっきのイアティースの話はどういう事なんだろ……訊いてみるか)
というわけで、俺は引っ掛かっている疑問を口にした。
「塞ぎ込んでいるところ悪いんだけど、さっき君、先代の王がこの鏡から予言を受けたと言ってたよね? どういう事?」
「その言葉の通りよ。だって、お父様が死の間際に、それを私に伝えてくれたんだから。お父様は言ってたわ、『聖なる鏡が答えてくれたよ……この国を救ってくれるのはマーシアス様だ』って」
「ふぅん……鏡がねぇ。で、君のお父さんが亡くなったのっていつなの?」
すると、イアティースは当時を思い出したのか、目を潤ませ、悲し気な表情になった。
地雷を踏んだかと思ったが、なんとか話してくれた。
「お父様は1年前……死の病で亡くなったわ。それで私は……この若さで……女王になってしまったのだから」
「1年前だって……最近じゃないか。君も大変だったんだな」
「そうよ……本当に、大変なんだから……」
イアティースはそう言って涙を拭った。
若くして女王に即位したので、色々と気苦労が耐えないのかもしれない。
まぁそれはさておき、これは聞き捨てならない話であった。
なぜなら、色々と相続の件で引っ掛かる部分があったからだ。
(こちらの世界で1年前というと、まだ風間の祖父さんが、病院に入院していた頃だよな。って事は、風間の家に保管してあったこの銀の皿を誰かが使ったという事になる。どういう事だ? 風間の祖父さんは手紙で、何も知らないような書き方だったが……)
あくまでも、向こうとこっちの1年が同じサイクルならばという前提の話だが、これは腑に落ちない点である。
(これは……もしかすると何かあるかもな。後で叔父さんに確認しておかないと。さて……それはともかく、腹減ったな。色々と不思議体験したから、昼飯食うの忘れてたわ)
というわけで、俺はそこで立ち上がった。
イアティースは眉を顰める。
「ん? どうしたの、急に立ち上がって?」
「ああ、なんでもない。お腹空いたから、何か食べ物を持ってくるだけだよ」
するとイアティースは、軽蔑するように、半眼で俺を見たのである。
「ちょっと……貴方、失礼だと思わないの。こっちの気も知らないで……。この状況で良くそんな事できるわね。どういう神経してるのよ」
「俺もまさか、こんな状況になると思わなかったからね。今日は勘弁してよ。それに、俺の国じゃ、腹が減っては戦はできぬとも言うんだよね。そういうわけで、ちょっくら、待っててくれるかい」
俺はそこで席を外し、壁際に置いてある買い物袋から、うすしおのポテチを取り出した。
続いて、冷蔵庫から飲み物を取り、またローテーブルに着いたのである。
テーブルの上にある水鏡には、面白く無さそうにムスッとこちらを見るイアティースがいた。
「ふん……貴方みたいな無礼者は初めて見たわ。女王である私に対して、敬意の欠片も見えないし。なんて男なの!」
「まぁそう言わないでよ、イアティースちゃん。俺もどういう事態か、まだ飲み込めてないんだよね。失礼だったなら謝るよ」
「ああ! イアティースちゃんですって! なによ……貴方まで、私の事を子供扱いして!」
どうやらお気に召さなかったようだ。
若さゆえ、執務にも色々と弊害が出てるのかもしれない。
とりあえず、謝っとこう。
「ゴメンゴメン、そんな意味で言ったんじゃない。こっちだと、可愛い女性には、そうやって呼ぶ場合もあるんだよ」
「え? 可愛い? ま、まぁ、そういう事ならいいわ……あまり納得はできないけど」
イアティースは恥ずかしそうに、プイっと目を反らした。
満更でもないようだ。
「ま、気楽にいこうよ。イアティースちゃんは女王様かもしれないが、俺は君の家臣ではないからね。おまけに住んでる世界も違うから、どちらかというと、対等の関係だよ。だから、イアティースちゃんは、俺の事を遠慮せずに耕助って呼べばいいぞ」
「確かにそうね……貴方はどこにいるかわからないし、それに、ただの話し相手ってだけだものね。うん、わかったわ。じゃあそう呼ばせてもらうわよ。ではコースケ、私からも言わせてもらうけど、対等なんだから、貴方もイアティースって呼んでよ。ちゃんはやめてよね!」
「ああ、そうするよ。じゃあ、イアティースって呼ぶね」
とりあえず、呼び方の交渉が纏まったようだ。
少しづつではあるが、打ち解けてきた感が出てきた。
というわけで、俺はポテチの袋を破り、早速、口の中に放り込んだのである。
イアティースは首を傾げていた。
「それ、何を食べてるの? コースケは変な物を食べるのね」
「ああ、これか? まぁ保存食みたいなもんだよ」
俺はそう言って、更に口に放り込んだ。
ポテチのしょっぱさとカリカリ感がたまらない。
するとイアティースは口を尖らせた。
「ああもう……コースケが美味しそうに食べてるの見てたら、私までお腹空いてきちゃったじゃない。むぅ……」
「じゃあ、イアティースも食べてきたらいい。俺はここで待ってるからさ」
「そ、そんな事できるわけ無いじゃない。私は仮にも女王なのよ。それに……今はいないけど、私の回りにはいつも、護衛の兵士や侍女が付いてるんだからね。今はただでさえ大変な時なのに、そんなみっともない真似は出来ないわよ。簡単に言わないでよね!」
「へぇ、そうなの。なら……そこに見える果物を食べたらいいんじゃね?」
俺は供物台に見える果物を指差した。
「何言ってるのよ、これはマーシアス様に捧げ……」
イアティースはそこで言葉を切り、俺を見た。
色々と思うところがあったのだろう。
とはいえ、やはり手前にあるのは供物だったようだ。
「ふぅん……なるほどね。でも、俺みたいな奴に捧げモノは要らんぞ。だから、食べれば良くね?」
「ダ、ダメよ……それは出来ないわ。それに、これは貴方に捧げた物じゃないんだから。か、鏡に……そうよ、鏡に捧げたのよ」
なんというか、結構なツンデレ少女であった。
まぁとりあえず、そういう事にしておこう。
何でも言うと後が面倒だからだ。
それはさておき、供えられている果物は色艶がいいので美味しそうであった。
林檎に似たのや、赤い葡萄のようなモノ、それから梨や柑橘系っぽい果実が、高級感ある大きな器に、山になって盛られているのだ。
ただ、見たことがない果物ばかりなので、ちょっと食べてみたい気分になったのは言うまでもない。
(しかし……初めて見る果実だけど、新鮮な色艶してるよなぁ。手を伸ばしたら取れたりして……って、まさかな。でも……こんな超常現象起きる器だし、まさかって事もあるかもしれん。……やってみっか)
つーわけで試してみた。
俺は衣服の袖を捲り、水鏡に右手を入れる。
するとその直後であった。
「キャッ……って、え? か、鏡から手が……」
イアティースは口元を押さえて驚くと共に、少し後ずさった。
驚いているのは俺もである。
なぜなら、俺の手は有り得ない深さまで、ズブズブと器に入っていったからだ。
水深3cmくらいなのに、もう肘の辺りまで入ってるのである。
そして目的地に到達した俺の右手は、果物皿から林檎っぽい果実を掴んだのであった。
俺は腕を戻し、果実をこちらの世界へと持ってきた。
その果実は黄色っぽいので、どことなく青林檎のような感じだが、大きさはグレープフルーツくらいあった。
なので、林檎にしては大きな果物だが、それは間違いなく、水鏡の向こうに見えていた物であった。
これが意味する事は1つである。
そう、向こうと繋がっているという事だ。
「マジすか……え、なんで? どういう事? もしかしてこの水鏡……向こうと繋がってんのか?」
水鏡に目を向けると、そこには俺と同様、驚きのあまり言葉をなくしたイアティースの姿があった。
彼女も予想外だったようだ。
俺達は暫し無言であった。
そして、俺は思わず、彼女に問いかけたのである。
「なぁ、イアティースさん……今のってどういう事だと思う?」
「そ、そんなの知らないわよ。私が聞きたいくらいだわ。何よ、今の……」
「だよね……」
「だわよ……」
この水鏡は異世界を映すだけじゃなく、そこと繋がっているようだ。
しかし、俄かには信じられないのも事実であった。
だがそうは言っても、繋がっていないと出来ない事が起きてしまったのだ。
これは由々しき事態である。
ちなみに俺はこの時、ちょっと恐怖を憶えていた。
当たり前である。皿に水を張っただけで異世界と繋がるなんて意味不明だからだ。
俺は確認の為にイアティースに訊いてみた。
「なぁ、イアティース。君の所は鏡になっているんだろ? 変なお願いするけど、手が入るかどうかやってみてくれる?」
「え? わ、わかったわ。やってみる」
イアティースは恐る恐るこちらに近づき、そして手を伸ばした。
だがしかし、こちらにイアティースの手が来る事はなかったのである。
「ダメね。こちらからは何も起きないわ。どうやら、コースケの方からだけみたい。どうなってるのよ……」
「駄目か。って事は、こちら側が一方通行で繋がってるだけなのかもな。どういう事なんだろうね。イアティースは、お父さんから何か聞いてない? イシュタルトの話以外で」
「知らないわよ、そんなの。あッ、でも……そういえば以前、お父様に、この鏡の先にあるという泉の伝説を聞いた事があったわ……」
「へぇ、泉ね……で、どんな話なの?」
「私が覚えているのは、鏡の向こうには知恵と知識が得られる泉があるという話よ。その水を飲めば、凄い知識が得られるってお父様は言っていたんだけど……そんなわけないもんね。コースケ見てたらそう思ったもの」
「そうそうそう、凄い知識得られるなら、こんなアホな男が出てくるわけない……って、ほっとけや。まぁでも、イアティースの考えは正しいと思うよ。俺は銀の器に水を注いだだけだからな。これは断じて、泉ではない」
「え、そうなの? こっちからだと、水の中にいるように見えるから、泉にいるのかと思ってたわ」
「違うんだな。これは水鏡ってやつだよ。しかし、知恵の泉ねぇ……」
俺はイアティースの話を聞いて、北欧神話に出てくるオーディンを思い出した。
それは勿論、オーディンが知恵を得ようとして飲んだという、ミーミルの泉の話だ。
とはいえ、幾らなんでもそれはないだろう。
目の前にある銀の器をみれば、一目瞭然である。
泉ではない上に、とても知恵を得られそうには見えないからだ。
「ただの言い伝えだから、コースケも気にしないでいいわよ。お父様も実際に見たわけじゃないし」
「ま、言い伝えなんてものは、長い年月でコロコロ変わるもんだしな。それはともかく、折角だし、コレの味見をするかな。つーわけで、頂きま~す」
俺は果実を噛じってみた。
すると思いの外、甘い果汁と林檎のような風味が、口の中一杯に広がってきたのである。
というか、典型的な青林檎の味であった。
但し、極上の美味しさである。
今まで食べた林檎の中でも1,2を争う美味しさだ。
「コレ、メッチャ美味いやんか」
「でしょうね。オルフェウス王家に献上されたモノですから、美味しいに決まってるわよ」
「へぇ、王室献上品なのか。そりゃ美味しいわけだ」
「そうよ。だからコースケはもっと光栄に思わないとね。感謝しなさい。それはそうと、コースケの住んでいる所にはエンギルの力なんてないって言ってたけど、本当なの?」
エンギルの力とは、向こうの世界で使われている魔法のような技能の事らしい。
なんでも、エンギルの契りというのをすれば使えるそうだ。
とはいえ、才能があればだそうだが。
なので、使えない者も当然いるらしい。
というか、使えない者の方が圧倒的に多いそうだ。
向こうの世界の魔法使いは、こっちの世界で言う希少な技能や資格をもったエリートなのだろう。
「ないよ。まぁ俺が知らないだけで、そういう事ができる人は、もしかすると、いるのかも知れないけど」
「ええ、そうなの? ……なら、大変じゃない? 火を起こしたり、水を凍らせたりとか出来ないじゃない」
「いや、こっちにはそれに変わる便利な技術があるんだよ。だから不便ではないよ。まぁ昔は大変だったろうけどね」
「ふぅん……よくわからないけど、上手くいってるのね。じゃあ、魔獣や悪魔とか死霊とか、どうやって退治するのよ。エンギルの力もなしに」
「俺の住んでる所にはそんなのいないよ」
「ええ! 本当に! いいなぁ……コースケの所は平和そうで……」
イアティースは羨ましそうにこちらを見た。
「平和ねぇ……どうなんだろな。とはいえ、見せかけの平和かもしれんけどね」
「でも、争いもなく平穏なら、それだけで良いじゃない。こっちは……本当に大変なんだから」
と、まぁこんなやり取りをしながら、暫し会談は続いたのであった。
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