第22話 エスタ城

 フルートたちの馬車が城に到着すると、跳ね橋の前で馬に乗った二人の男が待っていました。

 関所の衛兵と同じ制服を着ているので、エスタの近衛隊員に違いありません。

「金の石の勇者フルート殿ですな」

 衛兵たちはそれだけを確認すると、馬車を城の中へと先導しました。


 馬車は城の前庭を走り抜け、やがて、城の入り口のひとつに着きました。

 正面玄関ではありませんが、大きな階段があり、ライオンや馬や人の彫刻で飾られています。

 その階段の下に、鮮やかな青い服を着た男の人が立っていました。近衛大隊長のシオンでした。


「フルート殿!」

 馬車が停まるのももどかしく、大隊長が駆け寄ってきました。

 フルートの家を訪ねてきたときより身なりは立派ですが、げっそりとやつれて病人のような顔をしています。

 フルートは馬車から飛び下りました。

「シオン隊長、遅くなってすみません!」

 ただの隊長ではなく大隊長だったとわかっても、つい今までの呼び方になります。


 すると、大隊長はフルートに飛びつき、まるで息子か孫でも抱くように、しっかりと抱きしめました。

「よくぞ……よくぞご無事で……! よく、ここまでおいでくださった……!」

「なんか、前とえらく対応が違わないか?」

 ゼンが馬車から降りながら、不思議そうに言いました。

 フルートの家で会ったときには、こんな子どもが本当に金の石の勇者なのかと疑っていた大隊長が、今は涙を流さんばかりに歓迎しています。


 すると、続いて馬車から降りたポチが、鼻をひくひくさせて言いました。

「ワン、ここです。このお城の中から、すごく興奮した人たちの匂いがしています。喜びと期待の匂いだ。何が起こっているんですか?」

「恥知らずどもの茶番劇だ!」

 大隊長は突然怒りの顔になって歯ぎしりをすると、先に立って城の階段を上がり始めました。

「こちらだ。早く。陛下が待っておられる」


「ちょ、ちょっと待ってください」

 フルートはあわてて馬車に駆け戻ると、ポポロを連れてきました。

「ぼくたちのもうひとりの仲間です。名前はポポロ。彼女は魔法使いです」

 大隊長は驚いたように少女を見ましたが、すぐにうなずくと言いました。

「では、こちらに来られよ。陛下は大広間においでなのだ」


 シオン隊長は、子どもたちを連れて城の中を歩いていきました。

 通路という通路には分厚い絨毯が敷き詰められ、いたるところに見事な彫刻や美術品が飾られています。

 たくさんのシャンデリアが頭上から城内を真昼のように照らし、扉の純金の飾りを輝かせています。

 エスタ城は、庶民が聞いたら目を回すような大金をつぎ込んで作られた、世界で最も立派な城のひとつなのです。


 けれども、フルートたちはそんな城の様子をじっくり見ている余裕などありませんでした。

 シオン隊長がほとんど走るような勢いで進んでいくので、後をついていくのがやっとだったのです。


 足早に歩きながら、大隊長はこんなことを言っていました。

「わしはもうそなたたちに会えないのかと思っておった……。わしはエスタに戻ってから、すぐにそなたたちを迎えに使いをやったのだが、その者たちがとんでもない知らせを持ち帰ってきたのだ。フルート殿たちはエラード公の刺客に追われて南に逃れていった、とな。急いで助けを出そうとしたところへ、今度は、勇者の一行が闇の森に入っていった、という知らせだ。闇の森に入り込んで生きて抜けだしてきたものは誰もおらん。あそこは怪物と死だけが巣くう魔の森だ。いかに金の石の勇者でも、そこを通り抜けて来られようとは思わなかった……」


 シオン隊長はふいに足を止めて振り返ってきました。

 埃にまみれ傷のついた装備の子どもたちを、涙のにじんだ目で見つめます。

「本当に、よくぞ生きてここまでたどり着かれた。わしは今後もう二度とそなたたちを疑うことはせん。誰が何と言おうと、どんなに見た目は幼くとも、そなたたちは真に金の石の勇者たちだ」

 その口調があまりにも真剣だったので、子どもたちは逆に面食らってしまいました。


 すると、その時、通路の向こうから、わーっという大勢の声がわき起こりました。城中を揺るがすような大歓声です。

 シオン隊長は鋭く振り返ると、厳しい顔になって言いました。

「あの茶番をやめさせねばならん。急ごう!」

 何故急ぐのか、城で何が起こっているのか、フルートたちにはまるで分かりませんでしたが、とにかく大隊長が先を行くので、子どもたちは必死で後を追いかけていきました。


 大広間の入り口で、数人の兵士が扉を守っていました。

 大隊長の直属の部下ではないのか、行く手に立ちふさがります。

「なりません、シオン殿! もうどなたも通すなというご命令です!」

 けれども、兵士の抵抗を押し切って、大隊長は大広間に入っていきました。

 その後について入り口をくぐった子どもたちは、びっくりして思わず立ちすくみました。


 そこは、広間の前の、一段と高くなっただん上のはずれでした。

 壇の奥に分厚いカーテンが何枚も下げられ、エスタ王国のシンボルである、銀の百合の旗が掲げられています。

 旗の前には王座があって、王冠をかぶった太った男性が座っていまいた。エスタ国王です。

 優しそうな、と言えば聞こえはよいのですが、どちらかというと優柔不断そうな雰囲気を漂わせています。

 そして、同じ壇上には獣をつれた男たちが何人もいて、大広間に詰めかけた大勢の貴族から、やんやの喝采かっさいを浴びているところだったのです。


 居合わせた者たちは、初め、壇上の隅に現れたフルートたちには気がつきませんでした。

 口々に何かを叫び、熱狂的に拍手をしています。

 国王も向こうを向いて拍手をしていました。

 シオン隊長は子どもたちを自分の近くに招くと、頭をそらして深く息を吸い込みました。

 背筋が伸び、痩せてしまった体が、ぐっと一回り大きくなったように見えます。

 大隊長は声を張り上げました。

「陛下、お待たせいたしました! まことの金の石の勇者とその一行が、ただいま到着いたしました!!」


 とたんに拍手や喝采が停まり、大広間が水を打ったように静かになりました。

 居合わせた人々の目が、いっせいに大隊長と子どもたちに集まります。突き刺さるような視線です。


 ところが、次の瞬間、どの人もとまどったように視線を外すと、頼りなげに壇上の他の場所を見回し始めました。

 どこにその真の勇者がいるのだろう、と考えたのです。まさかそこにいる薄汚れた子どもたちが勇者の一行だとは、誰も思いつきません。

 ざわざわと不審そうなささやきが大広間に広がっていきます。


 けれども、エスタ国王だけは、灰色の瞳をシオン隊長に向けると、おっとりした口調で言いました。

「そういえば、シオンよ、そちはずっと言っておったなぁ。金の石の勇者は少年なのだ、と……。もしかして、そこにいる子どもたちが、その勇者の一行だと言うのか?」

「さようでございます、陛下」

 大隊長は、深々と頭を下げて答えました。


 とたんに、大広間はものすごい騒ぎになりました。爆笑と野次やじの嵐です。

 居合わせた貴族たちが、大隊長や子どもたちをあざ笑いました。大声で非難したり、口汚くののしったりする人もいます。

 その様子にポポロはすっかりおびえて、フルートやゼンの後ろに隠れてしまいました。


 フルートは心の中でため息をついていました。

 以前ロムド城でも同じような目にあっていますが、何度経験しても、あまり気持ちの良いものではありません。

 隣ではゼンが歯ぎしりしていました。

「ったく……やってられるかよ、こんなの」

 それでも、フルートたちを置いて自分だけ出て行くわけにもいかないので、なんとかこらえてその場所にいるのでした。


 けれども、シオン隊長だけは少しも悪びれずに堂々と言い続けていました。

「ここにいるフルート殿とその仲間たちは、西の国境の闇の森を抜けて、我が国まではるばる参ったのです。どうぞ彼らにも謎の殺人鬼を捉えるご命令をお与えください」


 闇の森を抜けてきた、と聞いて、また別のざわめきが大広間に広がりました。

 エスタの国民には、闇の森はよほど恐ろしい場所として語られているようでした。

 一方、フルートもはっとしていました。

 「彼らにも」殺人鬼を捉えさせろ、と大隊長は言いました。

 ということは、他にも同じ命令を受けている人たちがいるということです。


 すると、エスタ国王がひとりのんびりした調子で言いました。

「これはこれは、面白い状況になったものだのぅ……。金の勇者を名乗る者が、これで三人も現れたことになる。はたして、どの者が真の勇者であるのかのぅ」


「三人!?」

 子どもたちは驚いて、思わず声を上げてしまいました。

 国王にそんなふうに聞き返すのは失礼極まりないことだったので、居合わせた家臣たちはいっせいに顔色を変えましたが、エスタ国王は気にする様子もなく言い続けました。

「そう、三人じゃ。それ、そこにも金の石の勇者たちがおる」


 国王が視線を向けた先に、大人の男たちが立っていました。

 二人のこびとと白いライオンを連れた大男と、小柄な男と大きなオオカミを従えた青年です。

 大男はたくましい体に黒い鎧をつけ、青年はフルートと同じような銀の鎧に身を包んでいました。


「金の石の勇者オーダ殿と、同じく金の石の勇者ライオネル殿だ」

 とエスタ国王が言います。

 フルートたちはあっけにとられて、何も言えなくなってしまいました。

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