第21話 馬車
ゼイールの町の宿を出た後、フルートたちは馬車で王都に向かいました。
王都カルティーナまでは馬で約五日の道のりです。
安い乗合馬車もあったのですが、乗り合わせた他の客から余計な
がらがらと車輪の音を響かせて走る馬車の中では、誰からも話を聞かれる心配がありません。
子どもたちは、ゼイールの町で出会った怪物について思い切り話し合っていました。
「あれは風の怪物だったよね。犬のような姿をしているけれど、本体は風なんだ。たぶん、風の勢いで切り裂いてくるんだろうな」
とフルートが言ったので、ゼンは驚きました。
「風にそんなことができるのかよ」
「父さんが言ってたんだ。世界には風で攻撃してくる怪物がいるんだって。それに襲われると、鋭い刃物に切られたみたいに、人や馬の体が傷を負うらしいんだ」
「ワン、かまいたちですね。遠い東の国にいるって言われてる怪物ですよ」
とポチが言いました。
「ただ、あれはかまいたちじゃないと思います。かまいたちは普通三匹が組になって襲ってくるというし、傷もかすり傷程度らしいですからね」
「てぇことは、かまいたちよりもっと強力な風の怪物ってことか。風じゃ剣でも矢でも手応えがなかったのは当然だな」
とゼンがため息をつきます。
「どうやってあいつを倒すかが問題だな」
とフルートは考え込みました。
ゼンとポチは、そんなフルートを見つめてしまいました。
魔法の鎧には鋭い刃物で切り裂いたように傷がついています。今までどんな攻撃からもフルートを守ってきた鎧が、今回の敵には役にたたないのです。
魔法の剣や弓矢も、まったく効果がありません。
こんな敵といったいどうやって戦ったらいいのか、子どもたちには皆目見当もつかないのでした。
すると、それまで黙っていたポポロが、おずおずと口を開きました。
「あの……あのね、みんな」
「うん?」
少年たちは赤い髪の少女に注目しました。
そういえば、ポポロの声を聞いたのは久しぶりのような気がします。前の晩の事件から後、ポポロはずっと何かを考えるように黙り込んでいたのです。
少女は、少しの間ためらってから、思い切った様子でこう言いました。
「あのね……あたし、あれを知っていると思うの……。あれはきっと、風の犬だわ」
「風の犬?」
少年たちは繰り返しました。見たままという感じですが、聞いたことがない怪物の名前でした。
「もしかして、ポポロの国の怪物なの?」
とフルートが尋ねると、ポポロはうなずきました。
「ええ、そう……。でも、本当は怪物じゃないのよ。とてもおとなしくて、主人の言いつけをよく聞く魔法の生き物なの。国王様や貴族の方たちが乗り物に使うのよ」
「あれに乗るのか!? だって、風だろう!? あんなもんに乗れるのかよ!?」
とゼンは目をまん丸にしました。
「あたしもどうしてかは、よくわからないんだけど……でも、お城の貴族が風の犬に乗って空を飛んでいくところは見かけたことがあるわ。とても優雅で綺麗で……偉い方々にしか飼えない高貴な生き物なのよ。本当に、人を襲うような恐ろしい生き物なんかじゃないのよ……」
それを聞いてフルートは考え込みました。
「ってことは、こうかな……? 風の犬の中に、何かの原因でおかしくなってしまったのがいて、ポポロの国を飛び出してエスタの国の人々を襲うようになった」
「何かの原因って、なんだ? それにヤツは夜しか出てこないんだろう? 昼間はどこにいるんだよ?」
とゼンが突っ込みますが、フルートもポポロも答えることはできません。
すると、ポチが言いました。
「ワン、ぼくはあの風の犬の目を見たけれど、あれは正気じゃなかったですよ。何かに操られているみたいな目をしてました」
子どもたちは思わず唸ってしまいました。
「そうだった。フルートの金の石が目覚めたんだよな。ってことは、世界中がやばいくらいの危険が迫ってるってことなんだよな。そういや、エスタ国王のお抱え占者たちも、見えない力でぺしゃんこにされたし……。ちぇ、ただ風の怪物を倒せばいいってわけじゃないのか」
とゼンが頭を抱えます。
「風の犬の後ろには、それを操っている真の敵がいるってことなんだね」
とフルートも言って、鎧の中からペンダントを引き出しました。
魔法の金の石は、ペンダントの真ん中で、きらきらと輝いていました。まるで「そのとおり」と言っているようです。
子どもたちは、誰からともなく馬車の窓から外を眺めました。
街道は森と荒野が連なる中にずっと続いていて、行く手遠くに山脈が見えています。
エスタ国の王都カルティーナは、その山のまた向こうにあるのでした。
「まずは、とにかくカルティーナに着かなくちゃ。そして、近衛隊長とエスタ国王に会わなくちゃね」
とフルートは、つぶやくように言いました。
フルートたちの馬車がカルティーナに着いたのは、それから六日後のことでした。
馬車は馬ほど早く走れないのですが、それでも最大限急いでもらって、ようやく到着したのでした。
カルティーナはとても大きな街でした。
ロムド国の王都ディーラより大きいのです。
周りを八つの丘に囲まれていて、丘と丘の間にはひとつずつ門があります。
フルートたちの馬車は南西の門をくぐりましたが、そこにあった関所でひっかかってしまいました。
「どこへ行く。名前と身分は? カルティーナに入る目的は?」
口ひげをたくわえた衛兵が、じろじろと馬車の中のフルートたちを見て尋ねました。
立派な箱馬車の中に子どもと犬ばかりというのは、どう見ても不自然だったからです。
フルートは衛兵に聞き返しました。
「あなたは近衛隊の隊員ですか?」
「いかにも」
衛兵がふんぞり返って答えると、フルートは言いました。
「では、シオン隊長にお伝えください。ぼくの名前はフルートです。遅くなりましたが、金の石の勇者が参りました、と」
とたんに、衛兵はなんとも言えない表情になりました。
口が「馬鹿な!」と子どもたちを叱りかけて、何かを思い出したように声を呑み、まじまじと見つめてきます。
それから、あわてて関所の奥の建物に走っていくと、上司らしい
「来たのです! 本当に来たのです、連隊長! 大隊長のおっしゃっていたとおりでした! 本当に子どもだったんです!」
興奮した衛兵の声が馬車まで聞こえてきます。
フルートたちは思わず顔を見合わせました。
連隊長がなにかそれに答えていますが、声の調子からみて、何を馬鹿なことを、と部下を叱りつけているようでした。
衛兵の声がまた聞こえてきました。
「ですが! 大隊長のおっしゃるとおりなのです! 金の石の勇者を名乗る子どもです! ドワーフのような少年も、白い犬もいます! そして、フルートと名乗っているのです!」
連隊長がまた何かを言いました。
部下の話がどうしても信じられないようで、部下の訴えに耳を傾けようとしません。
しびれを切らしたゼンが、とうとう馬車から飛び下りました。
「おい、おっさんたち! シオン隊長から話は聞いてるんだろう!? こちとらロムドの国からはるばる呼ばれてやって来たんだ。とっとと、ここを通して城に行かせろよ!」
「ゼン」
フルートも急いで馬車から降りました。
さらにポチも降りてきて、くんくんと風の匂いをかぎました。
「ワン、なんだか都の中からすごく興奮した人たちの匂いがしますよ。お祭りでもやっているのかな?」
衛兵と連隊長は、子犬が口をきいたので、ぎょっとあとずさり、改めて子どもたちを穴があくほど見つめました。
シオン隊長から、もの言う犬のことを聞かされていたのに違いありませんでした。
そこへ馬車からポポロが降りてきたので、フルートはそれに手を貸してから、衛兵たちに言いました。
「金の石の勇者とその一行です。エスタ国王の招きでカルティーナに参りました。陛下にお目通りを願います」
衛兵と連隊長は、ぽかんと口を開けて、子どもたちを見つめました。
と、連隊長が急に大きな声を上げて額を押さえました。
「なぜ……何故もっと早く来なかった! そうすれば、大隊長もあれほど苦しいお立場には……! いや、だがそなたたちが姿を見せれば、やはり同じことか。そなたたちは、どうしても勇者には見えん! 本当に、そなたたちは金の石の勇者の一行なのか?」
「天と地に誓って」
とフルートは答え、厳しい表情になって尋ねました。
「何かあったんですか? シオン隊長に何か困ったことでも?」
「大ありだ。今頃、大隊長は陛下からお役目を取り上げられておいでかもしれん」
「ぼくたちがなかなか到着しなかったから……?」
フルートは思わず唇をかみました。
追っ手を避けて闇の森を通り抜けてきたので、シオン隊長がフルートの家を訪ねてきてから、すでに三週間が過ぎていました。
その間に、シオン隊長は金の石の勇者をつれてこられなかったと勘違いされ、国王から叱責を受けたのに違いありませんでした。
「急いで城へ行け! 今ならまだ間に合うかもしれん!」
と連隊長はどなり、かたわらの衛兵に言いました。
「おまえは先触れに城に走れ! 全速力だぞ!」
「はっ!」
衛兵は詰め所に駆け込むと、馬に乗って飛び出してきて、風のような勢いで城へ走っていきました。
「急げ! 急ぐんだ!」
と連隊長は子どもたちを馬車に押し込みながらどなり続けました。
「おまえたちが本当の金の石の勇者でなくてもかまわん! とにかく、大隊長をお助け申してくれ! 我らの隊長は、あのお方しかおらんのだ!」
フルートたちにはかなり失礼なことばでしたが、連隊長の気持ちは伝わってきました。
近衛隊の隊員たちはシオン大隊長を信頼していて、大隊長が国王からおとがめを受けることを心から心配しているのです。
がらがらと車輪の音を響かせながら、馬車が城に向かって走り出しました。
丘の関所を越えると、その先は下り坂です。眼下に美しく整備されたカルティーナの街が見えてきます。
街の中央に雪で作られたような純白の城が輝いていました。
エスタ国王の居城です。
馬車は、そこをめざしてひたすら走り続けました――。
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