勇者フルート物語2・風の犬の戦い

朝倉玲

プロローグ 人形劇

 くるり、くるり、くるり。


 二つの人形が回ります。


 くるり、くるり、くるり。

 くるり、くるり、くるり。


 ひとつは金紙でできたよろいを着た戦士の人形。

 もうひとつは戦士の何倍もある大男。


 戦士人形の手には木でできた剣。

 大男人形の手にはくぎを埋め込んだ太い棍棒。

 くるりと回って、重なり合う武器。


「えい! カキーン!」

「なんの! ドシーン!」


 出るはずがない音を口で出しているのは、人形つかいの男でした。

 合間にナレーションも語ります。

「敵は荒くれ者の大男だが、金の石の勇者は少しもひるまない。大男はじりじりと追い詰められていく。あと少しだ。もう少しで敵を倒せるぞ──ところが!」


 ぱっ。

 大男の人形が突然舞台下に消えたので、子どもたちは、はっと息を呑みました。

 代わりに現れたのは、巨大な黒い怪物です。

 たじろぐ勇者の人形に怪物が大口を開けました。

「ぐぁおー!!」

 黒い布が口から飛び出してきます。

 後ずさる勇者。


「黒い霧が迫ってきたぞ。これは毒の霧だ! 危ない、金の石の勇者! 霧に巻かれたら死んでしまうぞ!」


 子どもたちは目を見張りました。

 泣きそうになっている子もいます。

「がんばれ、金の石の勇者!」

「負けるな、勇者!」

 かわいい応援が飛んできます。


「そこへ!」

 人形遣いの口上と共に、舞台に新しい人形が現れました。

 青い服の小人を乗せた、大きな白いライオンです。

「勇者、助けに来たぞ!」

 小人が言うと、ライオンは怪物に飛びかかりました。

「ぐあぉー、がおぉー、ぐぁーー!!!」

 もつれ合う人形たち。

 ライオンに押されて怪物がのけぞります。


「今だ!」

 勇者は駆け寄って怪物に剣を突き刺しました。

 大きな悲鳴を上げて、黒い布と共に舞台から消えていく怪物。


 歓声と拍手の中、人形遣いは蕩々とうとうと語り続けました。

「こうして怪物は倒され、黒い毒の霧も消えて、ロムド国に青空が戻ってきました。ありがとう、金の石の勇者たち! ありがとう、ありがとう!」


 舞台の背景の黒い布が落ちて、青い布に変わると、子どもたちの歓声と拍手がいっそう大きくなりました。

 勇者と小人とライオンの人形が、観客に応えて手を振ります。



 小さな町の小さな広場は、人形劇を観る子どもたちでいっぱいでした。

 子どもたちの後ろでは、大人も大勢眺めています。

 半年前に自分たちの国を黒い霧がおおった事件を、彼らはまだよく覚えていました。

 霧を発生させていた敵を倒して青空を取り戻したのは、金の石の勇者です。

 金の石の勇者の物語は、どこの町や村でも大人気でした。

 人形劇だけでなく、吟遊詩人の歌や俳優による演目にもなっています。



 最前列で観ていた子どもが、人形遣いに尋ねました。

「ねえ、おじさん。金の石の勇者は子どもだったって父さんから聞いたんだけど、それって本当?」

 ああ、と人形遣いはすまなそうに笑いました。

「確かにそんなうわさもあるなぁ。うん、坊たちとしちゃ勇者が子どもだったら嬉しいよなぁ。でも、考えてごらんよ。国中に毒の霧をまき散らすような恐ろしい怪物を、子どもが倒せるはずがないだろう? 金の石の勇者は、すごくたくましい大人の男の人だったんだよ。ごらん、かっこいいだろう?」

 人形遣いが勇者人形を高く掲げたので、子どもたちはまた歓声を上げました。

「かっこいい!」

「うん、大人だから、すごくかっこいい!」

 後ろで眺める大人たちも、当然という顔でうなずいています。


 すると、また別の子どもが尋ねました。

「ねえねえ、戦いの後、勇者たちはどうなったの? 王様のお姫様と結婚した?」

「いやいや、この国の姫様はまだ十歳だからな。結婚は無理だから、王様からたくさんご褒美ほうびをもらって故郷に帰ったよ」

「金の石の勇者の故郷ってどこ?」

「ここからずっとずっと西にある、シルって町だと聞いてるなぁ──」



 そんな様子を、大人たちのさらに後ろから見ている男がいました。

 長い旅をしてきたのでしょう、全身ほこりまみれでマントもぼろぼろです。


 男は気だるく人形劇を眺めていましたが、金の石の勇者の故郷が話題になったとたん、ぴくりと反応しました。

 町の名前が出ると、疲れてよどんでいた瞳にみるみる生気が宿ります。

「シル……そうか、シルか」

 自分だけに聞こえる声で繰り返すと、男はすぐに馬にまたがりました。

 広場を離れて向かったのは、西へとびる街道でした──。

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