第8話

「ふむ、これで二十人くらいになったか」


 目の前の令嬢達を目算し皇太子は呟いた。


 ここからようやく舞踏会らしいことが始まるのかと思いきや、皇太子はまだこの切り捨て方式を続けるらしい。


「じゃあそうだな、次は髪色が暗い者にもお帰り願おうか。黒色や私のような寒色系髪色の人は帰ってくれ」


 先ほどの皇太子の冷たい声から、自分たちの命は彼次第という事を思い出したのか、今度は誰も声を上げることなく、また半分くらいの人が会場から去っていった。


 残りは私を含めて十人となった。


 金髪で赤いドレスを着たリゴール嬢の姿もあり、向こうもどうやら私に気が付いたのか、敵意の眼差しを向けつつ、扇子で口元を隠した。


「十人か、もう少しだな。では、最後は扇子、またはアクセサリーが黒や寒色系の人は帰ってもらおう」


 私の扇子の色は白で、アクセサリーはエメラルドの緑だ。中性色で寒色とは言えない。


 隣でサファイアのネックレスを付けていた子は私のネックレスを見て

「お願いです、交換してください!」

 と言って来たが私が断るより先に

「ズルはしない方がいい」

 と皇太子の低い声がした。


 皇太子が衛兵を呼び、サファイアの彼女は

「離しなさい!」

 と抵抗したが、引きずられるように両親と共に会場から出て行った。


 まさかここまで残るとは思っていなかった私は一番左側に立ち、右目で残った人数を数えると、残りは私を含め四人でその中にはガーネットの姿もあった。


「このままでは本当にただの選別会になってしまいますね。最後くらいは舞踏会らしくしましょう」


 そう言って一番右端のリゴール嬢の前に立ち、右手を差し出した。


「では、まずはあなたが私と踊っていただけますか?」


 一番最初に選ばれたリゴール嬢は嬉しそうに口角を上げ

「はいっ」

 と花が咲いたような可憐な声色で返事をした。


 リゴール嬢は女の私から見ても華奢で可愛らしい人だ。


 どうすれば自分が可愛く見えるのかもよく知っているのだろう。


 私の中で彼女には負けたくないと思う気持ちと、彼女みたいになりたいと思う気持ちが混同する。


 これが嫉妬心というものなのかどうかも分からないが、彼女と私は正反対だ。


 他の令嬢達もそうだ。


 綺麗で上品な令嬢達の中に紛れ込んでいる私の本当の姿は、辺境の世間知らずで、手に豆が出来るほど剣を振り、食料確保のために狩りにも出るし、馬糞の掃除もする。


 今の私は外に出るときは日傘を差し、音楽鑑賞と刺繍が趣味の箱入り娘のように振舞っているのだから笑ってしまう。


 選ばれたい人に選んでもらうには自分を偽る事も必要なのだろう。


 良く見せた自分が本当の自分だと思えば、それが本当の自分なのだ。


 今朝リリーに言われた事を、ふと思い出しながら考えていた。



 皇太子は短い曲のダンスを順番に踊っていき、最後は私の番になった。


「お待たせしました。どうぞ、手を取っていただけますか?」


 私は短く

「はい」

 と言って、急に緊張してきたのか小さく震える左手を、出された右手に重ねると、皇太子は優しく包むように手を取った。


 皇太子に手を引かれ会場の中央まで移動し、初めて間近で向き合い、目を見つめた。


 仮面をつけているが、その奥のブルーの瞳がとても綺麗で一瞬息を飲んだ。


 そして、ほのかなラベンダーの香りに気が付いた時には曲が始まってしまい、皇太子の動きに合わせて一生懸命足を動かした。


 前の三人はとてもダンスが上手く、足を踏むようなことも無かったが、もし私が皇太子の足を踏んでしまった場合許してくれるのかどうかの前例が無いため、絶対に失敗は許されない。


 皇太子の顔を見る余裕も考える余裕も無くなり、余程こわばった顔をしていたのだろう。


「……緊張していますか?」


 突然上から声がかけられた。


 余裕はないが、声の主に目を向けないわけにもいかず、ちらちらと視線を動かしながら、消えそうな声で

「はい」

 とだけ答えると、皇太子は

「実は私も、緊張しています」

 と、こっそり耳元で囁くように返事をした。


 私はそんなわけあるかと心の中で悪態をついていることがばれないように、貼り付けたような笑顔を返した。



 しばらくお互い無言で踊って、そろそろ曲の終盤に差し掛かる頃、皇太子は再び口を開いた。


「手袋で分かり難いですが、手のひらが固くなっていますね。普段何かされているのでしょうか。例えば、剣を握るとか」


 私は隠していた部分を見透かされた恥ずかしさと、慣れないダンスに精一杯で

「はいっ……おっしゃる通り、です」

 と不格好に言葉を返す。


 その様子を見た皇太子がクスリと笑うと、またラベンダーの香りがふわりと漂った。


 二回目となると、さすがに気のせいではないと確信するが、そもそもラベンダーのようなポピュラーな香りは人と被ることが良くあるものだ。


 あの魔法使いとは関係ないと考えている途中で皇太子は私の腰をさり気無く引き寄せ、顔を私の耳元に近づけた。



「そういえば、もう生意気な少年には会われましたか?」


 昨日も聞いた色っぽい声が鼓膜を震わせる。


 反射的に皇太子の顔を見上げてしまった。


 皇太子の口角は優しく弧を描いており、横を向いたときの輪郭が街で会ったマントの男を思い起こさせた。


 香りや雰囲気や声など、思い当たる節は多くあるが、髪色はまったく違うし、何より、自分自身がそんなことはあり得ないと否定しようとしている。


 しかし、どう足掻いても無駄だと言うように皇太子は言葉を続けた。


「その様子だとまだのようですね。今日は私からのプレゼントを身に着けてきてくれてありがとうございます。おかげでだいぶ手間が省けました」


 この発言を聞いて私は昨日のマントの男が皇太子だと認めざるを得なくなった。


 曲はもうクライマックスで、私の中で鳴る警鐘が何に対してなのか、逃げるにはどうすればよいのか、そもそも本当に逃げたほうが良いのかも考えられなくなり、どうにでもなれと思う自分は、少なくとも目の前のこの男が悪ではないように感じているからだろう。


 曲が終わり、皇太子は放心状態の私をエスコートして元の左端の位置まで連れ戻した。


「本日はありがとうございました。以上で本日の日程は終了となります。結果に関しましては、後日お知らせ致します」


 混乱している私をよそに皇太子は事務的に挨拶をし、守衛に会場の出入り口を開けるように指示すると、そのまま参加者を見送りもせず足早に退出した。


 シンとしていた会場の外には退出を命じられた参加者達がまだ出られず残っているのか、扉が開くとともにがやがやとした話し声が急に溢れ返る。


「舞踏会というより、本当に選別式でしたわね」

「選別というよりもくじ引き大会のような気分ですわ」

「鉱山はいったい誰のものになるのかしら」

「殿下は本当に女性に興味が無いのかしら」

「恋愛も政治的な要素も含まない結婚なんて……」


 様々な声を聞きながらしばらく立ち尽くしていると

「セレーネ!」

 という声がして我に返る。


 お父様が私に駆け寄り、お母様も優しく手を握りしめ、足早に私を会場から連れ出した。


 そこから宿に帰るまでの事はほとんど覚えていない。


 今日の選別で私が残ったのは意図的だったのか? とか、それは昨日皇太子と会ったせいなのか? とか、そもそも会ったのは偶然だったのか? とか、毎回聞いてくる「もう少年に会った?」という質問の意図はなんなのか? とか。


 髪色は?

 魔法使い?

 顔を隠す理由は?

 本当に皇太子は危険な人なのか?

 と、絶えず考え事をしていたら、いつの間にか寝間着を着てベッドに寝ていたのだ。


 そういえば、ごはんを食べて、リリーに化粧を落としてもらって、お父様とお母様に今日はしっかり休んでと言われて今に至るような気もする。


 ベッドに入ったのは何時間前だったかしら?


 今は何時か分からないけれど、静かだからもう皆寝静まった時間なのだろう。


 一向に眠気が来ない私のもとに、昨夜同様コンコンコンと窓を叩く音が聞こえた。


 昨日の今日なので、それほど驚きはしなかったが、一応警戒しつつ窓に近寄ると、カラスではなく人影だったため、驚き、硬直した。


 窓を見上げると、月明りに照らされていたのは、マント姿で黒い髪の見知った顔だった。


 おそるおそる窓を開けると、その人物は音も無く宙を滑る様に近づいて窓枠の前で止まった。


 目線の先には黒い革靴を履いた足があり、その足元には何もなく、空中でふわふわと浮いている。


 やはり彼は魔法使いなのだ。


「こんばんは、レディー。夜遅くにすみません。どうしても今日会っておきたくて」


 前回と違ってマントのフードを脱いでいるため、肩まである黒い髪の毛が柔らかく揺れ月明りがキラキラと光るように見えた。



「よかったら少し、話をしませんか?」

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