第3話

 翌朝領地を旅立った私達は予定通り舞踏会前日には首都に到着し、今夜は予約していた宿に泊まることができそうだ。


 今、首都には多くの令嬢から護衛までが集っており街はまるでお祭り状態。


 いや、実際に婚約者選定という祭りなのだろう。


 大通りにはたくさんの屋台や大道芸人で溢れ返っていた。


「お父様!まだ日没まで時間がありますし、少しだけ街を散歩してきてもよろしいですか?」


 ベッドに腰かけてくつろいでいるお父様に話しかけると、いつも通り心配そうな表情をしたが、私の想定内だ。


 私が満面の笑みでここぞとばかりに手首のブレスレットを指差すと、お父様はやれやれと言った表情で「騎士を一人連れていくなら」と了承してくれた。


 


 初めて来た首都ドゥンケルハイトは皇帝の名から名付けられている。


 名に恥じない前衛的で活気のある街だ。


 代々皇帝は強い力を持ってこのドレスト帝国を統治しており、より強い者が統治者に相応しいとして、皇帝の子は皆後継者候補となる。


 しかし、帝国の七百年の歴史上、第一皇子以外が皇帝になった事は一度もない。


 そのため、第二皇子である今の皇太子がこのまま後の皇帝になるというのはかなり希少なケースだと家庭教師の先生が熱弁していたのは記憶に新しい。


 ただ、先日お母様から聞いた皇太子の噂であったり、内乱の詳細であったりと、都合の悪い歴史は公には記載されない。


 本に書かれている事は検閲されたものであって、事実はそれが全てではないという事も頭の片隅に残しておくべきだと思っている。



「ねぇ、ラホール卿。ラホール卿は首都に来た事ある?」


 護衛に志願してくれたラホール卿は私の訓練にもよく付き合ってくれる。


 少し前に成人したばかりの面倒見の良い人だ。


 若くして騎士の称号を得た天才肌というのか、何を考えているか分かり難いところが難点である。


「侯爵様の護衛で一度来たことがあります」


「じゃあ陛下にお会いしたことは?」


「遠目で一度だけ。ですが、皇太子殿下にはお会いしたことはございません」


 私の質問の先を読んでラホール卿は返事をした。


 いつものラホール卿はもう少し砕けた話し方をするが、今は仕事中という認識だからか、少し緊張感と私との距離感をおいて歩いている。


 宿から少し歩いた通りには貴族達の繁華街があった。


 田舎娘丸出しでキョロキョロ忙しく顔を動かしながら歩いていると、右肩に軽い衝撃があり、慌てて振り返れば、煌びやかな長い金髪と、透き通るような白い肌の可愛らしい同年代の女性が私を上から下まで見定めて蔑むような目をして立っていた。


「あ、ごめんなさい」


 私がぶつかった女性に謝ると、女性は眉間にしわを寄せ金切り声を上げた。


「この無礼者!ごめんなさいで済むと思って!?」


「あ……ええと、どこかお怪我でもされましたか?」


 予想外且つ初めての反応に私がしどろもどろ聞くと、女性は金色の髪の毛を後ろにかきあげながら、どこからか取り出した扇子をこちらに突きつけ更に声を上げた。


「あんたね、謝り方ってものを知らないの?私は伯爵家の娘よ?その手首切り落とされたくないなら地面に頭をこすりつけなさいよ」


 都会の貴族ジョークかと思ったが、相手の表情を見るに本気で言っている。


 彼女の後ろにいる若い騎士の右手は腰の剣のグリップに触れ、指示があればいつでも抜くという姿勢だ。


 私はどうしようかと、ラホール卿と目を合わせた。


 お母様がどこへ行くにしてもドレスコードを守れと言っていた意味が理解できた。


 長距離の馬車移動でも疲れにくい地味で動きやすい服ではなく、この貴族の繁華街に相応しいドレスを着ていれば避けられた戦いだったのかもしれない。


「あの、さすがに土下座は私も難しいので、後日正式に謝罪をさせて頂きたいと思います。失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいですか?申し遅れました、私はセレーネ・メンシスと申します」


 丁寧に受け答えをしているが、会話が通じない相手ではこの戦法は意味を成さない。


 果たして彼女はどちらなのか。


「あなたその身なりで貴族だったの?私の事を知らないなんて、どこの辺境の弱小貴族か知らないけど。私はガーネット・リゴールよ!」


 そう言って扇子を顔の前で広げたので、口元が見えなくなったが、目つきは先ほどと大差ない。


 自己紹介後も変わらない高圧的な態度に、円満な解決は無理そうだと助けを求めるようにラホール卿へ目配せした。


 ラホール卿は私の視線に気付いているのか気付いていないのか、相変わらず落ち着いた様子で両手を下ろしたまま状況を見ている。


 ここは武力で抑えるところではないとの判断なのだろう。


 そういえばお母様から聞いたことがある。


 社交界では直接的な物言いを避けて遠回しに言葉のナイフをぶつけ合うのだそうだ。


 直接的過ぎると剣を抜いたのと同じく、攻撃の意思は無いとの言い訳が難しく、戦争の正当な理由に発展しかねないからだとか。


 だとしたらリゴール嬢の私への態度はどう考えても宣戦布告である。


 名を名乗ってしまった以上、メンシスの名に恥じない戦いをしなければならない。


「あぁ、リゴール伯爵家でしたか。魔石関連ではお世話になっております」


 リゴール伯爵領は魔石の産地だ。一般的に魔石は加工しなければ使い道は無く、加工技術を持つ者は少ない。


 魔石を使った道具を持っているかどうかが貴族のステータスにもなっていたりする。


 中でも魔石を加工し、大規模な軍事施設に利用しているのはルナーラくらいでその技術は極秘扱いだ。


 リゴール家の魔石のほとんどはメンシス家が活用しているといっても良いだろう。


 このまま家を巻き込んでの喧嘩になってしまったら、我が家は魔石が買えなくて困るし、リゴール家としても魔石の貴重な売り先が消えて困る。


 私たちの関係性を察してくれれば良いが、この事を理解しているのはリゴール嬢の後ろの騎士だけのようだ。


 剣に携わる者ならメンシスの名を知らない者はいないだろう。


 明らかに動揺した様子で、どうすべきか迷っているように見える。


 言葉が通じる相手がいた事が私にとっての勝機。


 私の目線はリゴール嬢ではなく、彼女の騎士へ向けていた。


「確かに我がルナーラ領は辺境にありますが、武力的に言えば控え目に申し上げても弱小とは言えないと自負しております」


 あなたのところの領地くらいなら半日で蹂躙できるわ。という言葉はさすがに飲み込んだ。


 これ以上続くと私も苛立ちが隠せなくなると思い始めたところでリゴール嬢の騎士は剣から手を離し、彼女を控え目に制した。


 その行為に半狂乱で怒りを表すのは彼を従える立場のリゴール嬢である。


「ちょっと!騎士の分際で私の前にしゃしゃり出てくるなんてどういう了見ですの!?」


 怒りに震えるリゴール嬢の前に騎士は跪き、目を伏せたまま恐る恐る諫言した。


「お嬢様、ルナーラ領のメンシス家といいますと、かの戦争の英雄であるメンシス侯爵のご令嬢と思われます。メンシス家との諍いは伯爵様も喜ばれないかと」


 私は震えながら言葉を選ぶ騎士を見ていられなくなり、二人の会話に割って入った。


「リゴール嬢、先ほども申し上げましたが正式な謝罪は後日させて頂くという事で、この場は勘弁して下さいませ」


 お互いに家の七光りで口喧嘩している現状も正直言って恥ずかしい。


 これ以上は勘弁して欲しいというのは心からのお願いだ。


 まだ言い返したそうなリゴール嬢だが、騎士が代わりに

「失礼しました」

 と言って頭を下げたため、わなわなと怒りを握りしめたまま無言で騎士をおいて立ち去って行ってしまった。


 リゴール嬢の騎士も申し訳なさげに何度も頭を下げ、足早に去る彼女を追いかけて行った。


 私は二人の後ろ姿を見送った後、身体中の気が抜けた様にどっと疲れを感じた。


 護衛する気があるのか無いのか、終始無表情を貫いたラホール卿に

「帰りましょ」

 と声をかけると、ほんのり笑った様な気がしたのだが気のせいだろうか。

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