第23話 ミリオシア王国 サイレウス4

◆◆◆◆


 サイレウス・タートル子爵は指定された時間にその木賃宿に到着した。


 身分を偽るため、できるだけ衣服は簡素なものを選び、念のためフード付きの外套を上から着こむ。当然供もつけず、馬は別の木賃宿に金を払って預けていた。


(……なんとしても王太子殿下より先に、アルテイシア様を見つけなければ……)


 この前、王太子ユーウッドと対面して確信した。

 彼はアルテイシアを見つけ、聖女の秘密を聞き出して殺すつもりに違いない。


(そんなことになれば、この国はとんでもないことになってしまう)


 サイレウスは王太子に手紙を渡して父を連れ戻したあと、必死になって情報を集めた。


 できるだけ各地に足を運び、いろんな人物から話を聞いた。


 そしてふたつのことを知った。


 ひとつは、いまだにアルテイシアを慕うものがいるということだ。


 アルテイシアのことについて質問すると険しい顔をして警戒するのだが、サイレウスが家門を名乗ると、『あのマーガレット様の……』と態度を軟化させる。そして『できることは協力しよう』と申し出てくれた。


 たぶん、アルテイシアが追放された当初もひそかに彼らが行動を起こして助けていた可能性がある。


 そしてふたつめ。


 やはり魔獣が増えている。

 噂は本当だったのだ。


 魔境付近の住民たちは、憤懣やるかたないとばかりにサイレウスに不満を訴えた。


 汚染された泉もふたつ、見た。


『あなたのような貴族様からぜひ神殿に訴えてください。早く浄化を。でなければここを放棄しなければならなくなる』


 新聞にはこのようなことは報じられていない。

 神殿と王太子が情報統制を敷いている可能性がある。


(このままではいけない。魔境が広がるばかりだ)


 サイレウスはフードの先を引っ張って目深にすると、木賃宿の扉を開く。


「らっしゃい」


 すぐそばのカウンターから塩辛声が聞こえてくる。

 なにやら小汚い帳面に書き付けている男がちらりとサイレウスを値踏みするように見ていた。


「イーロンと待ち合わせている」

 ぼそりと伝えると、興味なさそうに顎ですぐそばにある階段を示した。


「二階の5号室だ。行きな」

 ぶっきらぼうに命じられ、サイレウスも無言で応じる。


 一階は食堂になっているようだ。古い油のにおいが鼻を刺す。床を歩くとき、足裏がにちゃりと粘着的な音をたてるのも不快だった。


 昼食の時間を過ぎてがらんどうの中を、サイレウスは足早に階段に向かって歩いた。


(5号室……)


 ぎしぎしとうめき声のような音を立てて階段を上がる。

 二階はさらに暗い。

 窓はあるが、空気孔程度にしか考えられていないらしく、光がまったくささない。

 よからぬ者同士が会うにはこの薄暗がりが重宝されるのだろうかとも想像した。


(ここか)


 5号室は突き当りにあった。

 木板を打ち付けただけのような扉には、5の文字が半分かすれていて判読が難しい。もともと薄暗いせいで不安になったが、念のためとなりの部屋を確認すると4と書かれている。


「約束した者だ。イーロンはいるか」

 ノックをしたあと、小声で話しかける。


「入ってくれ」

 応答はすぐにあった。


 一応外套の下には剣を佩いている。

 が、そもそもこんな天井の低い小部屋ではどう戦えばいいかわからない。それに実戦経験もなかった。

 威嚇用でしかない剣を、外套の上から押さえたのは、自分でも少し恐怖があったからに他ならなかった。


 サイレウスは無言で扉を開け、その明るさに目を細めた。


 室内はやはり相当狭い。

 ベッドに小さなテーブル。椅子が2脚。

 それだけでいっぱいだ。


 窓はしめられていたが、窓枠とテーブルにランタンが2つずつ置かれている。その光源だけで部屋は随分と明るい。


(ふたり……?)


 サイレウスは足をすくませた。

 事前の話では、イーロンという男ひとりのはずだ。


 室内には男がふたりいる。

 ひとりはベッドに座り、もうひとりは椅子に座っている。


 ベッドの男は顎髭がやけに目立つ。革のベストと相まって、いかにも猟師を生業にしていると想像できた。


 もうひとりの男は、サイレウスと同じくフードを目深にかぶっている。

 が、姿勢の正しさやフードの質を見るに、かなり裕福な暮らしをしている男のようだ。


「あんたと同じことを尋ねに来たんだ。二回もおんなじ話をするのは面倒だから一緒にいてもらうことにした」


 ベッドに座っている男が顎髭をしごきながらサイレウスに言う。

 視線をフードの男に移すと、かすかに会釈をされた。

 ということはやはりベッドの男がイーロンということだろう。


「座ってくれ」


 イーロンに促され、サイレウスはおそるおそる空いている椅子に座る。


「俺はあんたたちの素性を聞かない。その代わり、顔を見せてもらう。それが条件だ」


 椅子に座るや否や、イーロンが前のめりになった。


(顔……か)


 一瞬迷ったのは確かだ。

 匿名性はできるだけ保ちたい。


「かまいませんよ」


 だが、もうひとりの男はあっさりフードをとった。


 中から現れたのは、予想外に若い男だ。サイレウスより少し若いか。いや、同じぐらいだろうか。


 片眼鏡をかけた、隣国の容姿を色濃く残す青年だ。フードは外したが外套は脱がないらしい。ちらりと見た限りでは剣はもっていなさそうだ。


「顔を見られたところでどうってことはないでしょう。そもそもここにいるみんなは、住む世界が違う」


 青年は片眼鏡を押し込んで、陽気に笑った。

 その言葉にも隣国の訛りが少し混じっていた。


「……わかった」


 サイレウスも観念したようにフードを取る。

 イーロンからの視線は強く感じたが、青年は無関心のようだ。


「早速ですが、質問をしたいです。あなたが聖モンテーニュ侯国から持参した手紙ですが……」


「聖モンテーニュ侯国⁉」


 サイレウスは素っ頓狂な声を上げ、中腰にまでなった。


「は⁉ あの手紙は……隣国から⁉」

 青年はきょとんとした顔を向けたが、イーロンは重々しく頷く。


「そうだ。俺の情婦いろがよ、聖モンテーニュ侯国にいるんだわ。で、そいつの知り合いってやつが、ミリオシア王国のとある貴族さんのお宅に手紙を届けてほしいって言っててな」


 わしわしとイーロンは頭を掻き、片足を組んだ。


「さすがにお貴族さんのところには行けねぇから、それは俺の別の知り合いに頼んだ」

「それは業者かなにかですか」


 青年が小首をかしげる。


「そうだ。食品卸だな。お貴族さんのところに契約しておろしている」


 サイレウスは「あ」と小さく声を上げて、急いで口を閉じる。

 そして椅子に座った。


(家令の言う通りだ……)


 手紙はどうやってタートル子爵家にたどり着いたのか。

 サイレウスは家令にしらべさせた。


 結果、もともとは厨房の使用人が業者から受け取ったらしい。

 業者は卸の商人から受け取り、その卸の商人は……。


『イーロンという猟師から受け取った』 

 という。


 たったこれだけのことに相当な時間がかかったことにサイレウスは焦れ、直接、イーロンという猟師に会うことにしたのだ。


 屋敷に呼び寄せることも考えたが、こちらの動きを王太子に知られることは避けたい。


 そこで自分なりに変装をし、イーロン自身のテリトリー内で会うことにしたのだ。


 もちろん、情報提供料をそれなりに支払って。


(しかし……。隣国とは……。みつからないはずだ)


 サイレウスの父や神殿の神官たちは国内ばかりを探していた。


 出られるはずがない。

 そう思い込んでいたし、実際、国外に逃れたような形跡はなかった。


 だが、よく考えればアルテイシアも母も上級貴族出身だ。隣国の言葉は教養として学んでいる。国外に出たとしても困ることはない。


 処刑を逃れようとしたら、すぐにでも国を捨てるのが普通ではないか。


(国外……か。支援者が……?)


 支援者が多いのは事実だ。

 いまでもアルテイシアについて何も語らない神官はいるし、そもそも王が「マーガレット忠義なり」と言っているのだ。


 その支援者たちが『国内は危ない』と彼女たちを隠密に国外に逃した可能性はある。いや、厄介払いしたのかもしれないが。


(支援者もつてもない外国で、母とアルテイシア様はどうやって生活を……。支援者たちが国外で支えているのか? いやまさか。そんなことをすればきっと王宮にも連絡が入るはず)


 目まぐるしく考えていたサイレウスだったが、青年の質問に身体を硬直させた。


「では、その食品卸の業者は貴族のどなたさまのところに手紙をお届けしたんでしょうか。ぼくはそこが知りたいんですが」


「は……っ⁉ え⁉」


 目を白黒させてサイレウスは再び椅子から立ち上がった。


(この男は……我が家を探している……?)


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